ようこそ!不思議の国へ!(1)
「……」
「…アリス様?どういたしました?」
………どうしよう。全然状況が理解できない。
少年、アレクはただ混乱している。
どうしてこんな見知らぬ場所に…?
周囲を見回せば緑、緑、緑。
彼はいつの間にか森の中にいる。
「アリス様?」
目の前で心配そうに声をかけるこの女性。
薄茶……よりももっと明るめの色をした、二つ結びをした腰まである長い髪。
まるでマジックショーでも行う人かのような黒ベスト、Yシャツにはネクタイの代わりにか時計型の飾りにリボンを付け、赤いスカートに茶色のブーツを履いている。
ここまで見ただけでは、アレクと同じなのだが………問題はその身なりよりも、
(…耳、耳だよね……?)
耳、というのは、顔の横にある肌色のあの耳ではなく、
(…………………なぜうさぎの耳?)
白うさぎのような白いあの可愛らしい耳の事である。
よく見れば小さな白い尻尾まで。
自分は何故こんな場所にいて、何故この女性と一緒にいるのだろうか?
アレクは先程起こった事を思い出す事にした。
ーーーーーーーーーー
…あれは遡る事数時間前。
「よし、買い忘れはなしっと♪」
良樹と別れた後、メイの命日というのもあり、彼はメイが好きだった野菜や果物を買いに行った。
人参に小松菜、林檎など、小さな口で美味しそうに食べていたあの可愛い小さな白うさぎ。
今では思い出としてしか残ってはいないけれど、それでもあの姿はいつでも思い出せる。…うん、本当に可愛かったよな。
アレクの表情はそれを思い出すだけでとても明るい。
あ、そうだ。
あとよくメイが使っていたお気に入りのクッションとかも用意しないと!
あとは帰るだけ、少しだけいつもの明るさと元気を取り戻したアレク。
そんな彼の前に、『その子』は現れた。
「ーーー…!」
目の前に横切った"何か"。
一瞬何を見ているのか理解が追いつかなかった。
でも、…確かに"そこにいる"。
そこに、
ーーー『ピンクのリボンをした白うさぎ』が。
「メ…っ………!」
メイ、そう名前を呼ぶ前に、その白うさぎは走り出す。
あぁ、そりゃそうだ。
あの子はメイではない。
メイはもういない、いないのだ。
そう、あれは………近所のうさぎで、きっとたまたま似ているというだけ。
あの白うさぎの姿があまりにもメイに似ているせいか、アレクは驚きと戸惑いが隠せない。
違う、きっとそうに違いない。
頭では分かってる。
…………否、そう言い聞かせる。
手汗が止まらない、心臓の音がドクンドクンとうるさい。
メイじゃない、違う、違う、違う。
………でも。
「…っ、………まっ、待って…っ!」
その瞬間、彼自身も不思議なくらい体が勝手に動いた。
気になって仕方がなくて、あの白うさぎがメイなのかそうではないのか確認したくて仕方がなくなった。
アレクは走る。
走って走って、あの白うさぎを追いかける。
全力で、走る………走っているはずだ。
「は、早…っ」
元々うさぎという生き物はこんなにも早く走れる生き物であっただろうか。
走りには自信のあるアレクでさえ、すぐ息が切れる程にその走るスピードが速い。
でも不思議な程距離が開く訳でも縮まる訳でもない。
一定の間がただ空いてるだけかのようで。
「!」
しばらく白うさぎとの追いかけっこをしていると、突然白うさぎが立ち止まりこちらに振り向いた。
視線が合う。
(あぁ…やっぱり似てる)
視線に入るその瞳の色さえ、メイに似ているだなんて。
こんな偶然あるのだろうか。
それに不思議とその瞳から目が放せない。
と、…今更に気がつく。
………今いるこの場所は、一体『何処』かを。
周囲は光の道とでも言うのだろうか。
先程まであったはずの道路が、建物が、空が、…………目の前にいる白うさぎと光の道以外が…今は何もない。
その疑問に更に追い打ちをかけるように、…誰かの声がした。
ーーー『…迎えに来たよ、……アレク』
「えっ!?」
誰の声、それさえ考える暇もなく、今度はアレク自身が。
…否。
(こ、これって…!?)
いつも首にかけていた一つの"鍵"が、突然光を放ち出す。
突然の事に彼は驚きを隠せなかった。
けれど光はどんどん強くなってアレク自身をも包み込んでいく。
そんな眩い光、目を開けられない程に放つ光に彼は目をギュッと瞑った。
ーーー『さぁ行こう』
あぁ、また誰かの声がする。
ーーー『世界を……………………ーーー』
けれど、最後までは………聞こえなかった。
ーーーーーーーーーー
といった感じで今に至るのだが。
「………。
(だ、駄目だ。
何回思い出しても全く持って分からん…)」
思い出してみても、何故ここにという疑問は解決できない。
逆に意味が分からず落ち込んでいく彼の様子に、女性は女性で理由が分からずに「本当にどうされたんですか!?」あわあわと心配し始めた。
アレクとしては大丈夫ではないが、あわあわとする女性の姿に「あーなんでもないよ」と若干棒読みではあったが返事をしておく。
今の所分かっているのは、白うさぎを追いかけていたら、突然"鍵"が光って知らない場所、この森にいたという事。
(この"鍵"、一体何なんだろ)
ただただ持っていただけの"鍵"。
昔いつだったか、今はいない父親から渡された、少々ファンシーというか…女の子が持ってそうな可愛らしい形の"鍵"。
単に父親の形見のようなものだから持っていたという…何の変哲もないものだったはずだけど。
(…考えた所で何もわからないよなぁ)
考えても埒がないと思い、とにかく目の前の女性とは会話は出来るし、聞きたい事を聞いてみるのもいいかもしれない。
そう思うと、彼は女性に視線を向けて、
「えっと…オレは来栖川アレックス。アレクって気軽に呼んで?」
「……アレク…様?」
うん、と彼女に分かるように頷く。
「君に聞きたい事があるんだけど…ここは一体何処なの?
オレはどうして救世主とか、アリスって呼んだの?
それと…君は一体誰?」
一気に聞いてしまった感があるけれど…でも今必要な情報はとにかく聞いておきたい。
そんなアレクの言葉に彼女はハッとする。
「そ、そうでした!
会えた事が嬉しくてすっかり忘れていました…」
「……。」
わ、忘れてたって…。
どうやら自分の名を名乗る事も、この場所についても、話すというのを忘れていた様子だった。
それに、
(嬉しくてって………)
初めて会うはずなのにそう言われて、アレクはアレクでちょっぴり恥ずかしくなっていた。
…っていやいや、今はそれは関係ないって!
それより今は彼女の話を聞かないと。
「申し訳ありません!
改めて失礼します。
初めまして、アレク様!
私の名前はルーア・ルーナ。
気軽にルーアでもルーちゃんでもお好きに呼んでくださいね!」
『ルーア・ルーナ』、そう名乗った彼女はまた嬉しそうにして笑った。