9.無才の男、無双する。
「漸く我のところへ辿り着いたか。」
俺はの目の前には不気味な人型の魔物が立ちはだかっている。
人型とはいってもそのフォルムは人とは異なる。
まず顔。
こちらを覗き込む顔は能面のように感情が読み取れない。
そしてその顔は3面ある。
残り2面は正面からでは造形をはっきりと確認はできない。
次に腕。
肩から先が左右それぞれ3本に分かれている。
つまり6本の腕がある。
それぞれの腕に刀を装備している。
「どうした?…ここまで来て怖気づいているわけではあるまい。」
「いやなに、他人と話をするのが久しぶりでな。まさか魔物に話しかけられるとは思っていなかったので驚いていたんだ。」
この場所は40階。
つまり目の前のこの魔物はボスだ。
「くくく、十全な状態のようで安心したぞ。戦いはお互い最善を尽くしてこそ価値がある。」
「…意外だな。その意見には完全に同意するよ。」
「我は闘神【阿修羅王】!!ゆくぞ!!我を楽しませてみせよ!!」
阿修羅王は名乗りを終えると刀を振り下ろしてくる。
俺はその踏み込み、剣速、太刀筋をしっかり見て……
落胆した。
ガキィン
金属音と共に宙を何かが舞う。
その舞っていた物体が俺のはるか後方に落ちる。
地面に突き刺さったそれは折れた刀だ。
阿修羅王の能面顔がわずかに歪む。
「な、なにが起こった…?」
俺は戦闘開始から一歩も動いていない。
斬撃を受けた今も何事もなかったかのようにそこに立っている。
どころか指の一本も動かしていない。
つまり阿修羅王の斬撃は俺にしっかり当たりながら、傷一つ付けることも出来なかったのだ。
「…はぁ、がっかりだよ。弱すぎる。【鉄壁】を打ち破れるレベルにないぞ。」
【鉄壁】は30階層ボス、ベヒーモスの討伐報酬として入手した【瞬間防御力強化】を2段階進化させたもので、もちろんLv.MAX.である。
「【鉄壁】だと?瞬間的に防御力を跳ね上げる代わりに多大な魔力を消費するスキルではないか。であればそうそう乱発はできまい?たった1撃防いだくらいで勝ち誇るには早いのではないか?」
阿修羅王は歪んでいた顔を元の能面に戻し、余裕を取り戻したようだ。
だが、乱発できない…か。
「悪いが【鉄壁】は数日位使用しっぱなしにできるぞ?【剛力】と併用でな。」
「なぁ!?」
阿修羅王の顔が今度は驚愕のものに変わる。
なんか見てると面白いな。
「お前も言っていただろう。最善を尽くしたうえで戦う。俺はこのダンジョンでスキルを得るたびにそのスキルを昇華させ、実践の中で使用感や弱点を確認するため1階層からの繰り返し攻略を行っている。そのスキルを確実に自分のものにするためにな。」
阿修羅王は…今度は言葉を発することもできないようだ。
「それに比べてお前はどうだ?さっきの一撃、踏み込みからの斬撃。下半身と上半身の連動がうまくいっておらず、力が伝わっていない。体重の使い方も甘い。太刀筋にもブレが見える。」
「…っ!!し、仕方あるまい!!我は6腕の闘神!!バランスのとり方や腕同士の干渉など人族より難しい点が多いのだ!!」
言い分け始めたぞこいつ。
「…それで最善を尽くしたと言えるのか?自分のものにできていない能力なんてない方がマシだ。」
「ぐっ!!…言わせておけば!!」
阿修羅王が再び俺に肉薄し、6腕を駆使した斬撃を切れ間なく浴びせてくる。
それを俺は微動だにせず受け続ける。
もちろん俺は傷一つつかない。
…そろそろ終わらせよう。
俺は阿修羅王の斬撃の一つに合わせて一歩踏み込み、【剛力】を乗せた斬撃を放つ。
腕周りは40cmくらいだろうか。
ミノタウロスよりかは細いが、それでも人のそれよりはるかにたくましい腕の一本が宙を舞う。
俺の斬撃は闘神サマに届くらしい。
「がぁ!?」
あ、こいつ今の動き見えてなかったな。
明らかな修行不足だ。
「…結局知能があるだけの雑魚だったな。」
この後腕をすべて切り落としたところで阿修羅王は大人しくなった。
「…無念。」
「最善を尽くさなかったからだ。」
「…一つ頼みがある。」
「ん?」
「我を其方の剣として配下に加えてもらえぬか?」
「お前みたいなデカいの邪魔だろ。ダンジョンの通常フロア入れないじゃん。」
「言葉通りの意味だ。我は【刀】になることができる。これでも闘神。切れ味はこの世のどんな業物より優れているし、強度はオリハルコン-アダマンタイト合金より硬い。その鈍よりはるかに使い勝手は良いはずだ。」
「ほう。刀になれるのか。」
確かに今の刀は25階層の敵が持っていたもので、お世辞にも良いものではない。
悪い話ではないな。
「いいだろう。だが、お前はそれでいいのか?」
「良い。我は其方と共に戦いに身を投じてみたい。其方の最善を学ばせてくれ。」
俺は阿修羅王に右手を差し出す。
「よろしく阿修羅王。名前長いからシュラと呼ぶな。俺はジークだ。」
「ああ、よろしくジーク。…あと、其方が腕を全部切り落としたから握手はできない。」
「…。」
こうして俺は武器を手に入れた。