4.無才の男、負ける。
「そろそろ行くか。」
混乱していた頭もだいぶ整理が出来てきた。
ルシフェルは『このダンジョンを通じて成長してもらう』みたいなことを言っていたし、一足飛びに行かなければ滅多なことにはならないんじゃないだろうか。
ここに留まっていてももう何も貰えそうにないしね。
「それにしてもこの扉…ダンジョン入口と同じようなものかな?次元が切り離されてるとか言ってたかな。」
すぐ目の前まで来てもその扉の先は真っ暗になっていて見通せない。
正直不安の方が大きいが、この先以外に行く場所もない。
思い切って扉を通る。
その先は坑道になっていた。
壁の天井付近には松明が灯っていて、それが通路に等間隔に配置されている。
床もある程度均されていて、明らかに自然発生したものでないことが分かる。
「洞窟型ダンジョンってことかな?」
独り言を呟きながら慎重に歩を進める。
ダンジョンと言えば自然発生するトラップもそうだが、やはり魔物の存在に気を付けなければいけない。
一本道の坑道をゆっくりと進む。
トラップを警戒し、通路に不自然な点がないか確認しながらなので速度は上げられない。
「実地経験がないのが痛いな…。ダンジョンのトラップについてはもっと調べておけばよかった。」
言いながら、こんな状況に陥るなんて想像できないし無理だな。と考えて少し頬が緩む。
人間、極度の緊張状態を長時間維持することはできない。
休憩しようかと考え始めた時だった。
何の前触れもなくそれは現れた。
ジークの居る通路の先。
ジークからは良く見えないが側道があったようで、通路の側面から人型の何かがヌッと出てくる。
何かを警戒する素振りも見せず現れたそれは、2メートルをゆうに超える筋骨隆々の巨体に、赤黒い肌と頭部には一対の小さな角が生えていた。
「…オーガ…。」
蔵書子で得た知識の中からその魔物の特徴を思い出す。
魔物ランクとしてはCランク上位。
魔法は使わないが、俊敏な動きと人並外れた膂力を持つ非常に好戦的な魔物。
群れは作らず、単独行動を好む。
大抵は武器を所持しており、その武器によってはBランク相当となる。
ジークは息をひそめてオーガを見る。
その手には一本の刃物が握られていた。
ブロードソードくらいの長さだが細身の片刃、波を連想させる模様。
あの武器は刀だな。
「…っ!!」
ジークの考察が完了したのを待っていたかのようにオーガが首だけを回してジークを認識する。
隠れる場所のない一本道の坑道なので、戦闘は避けられないと分かってはいたが、それでも初めて遭遇する魔物と迫る命の危険に足がすくむ。
オーガは躊躇なくジークへと突進してきた。
もう一度言うが2メートルを超える巨体が突っ込んでくるのだ。すさまじい恐怖がジークを襲う。
眼前まで迫ってきたオーガは刀を両手で握るとそれを振り上げる。
キンッ
何かの金属音がしたが、構うことなくオーガはその刀をジークに振り下ろす。
ジークは咄嗟に手にしていた木刀を水平に構えてそれを受けようとする。
ザシュ
「!!!!っっっっっっっぐああああ!!!!」
結果は悲惨なものだった。
オーガの振るった刀は、木刀ごとジークの左腕を切断した。
左腕から噴き出す血液。
神経をむき出しにして熱湯をかけられているようなこの世のものとは思えない痛み。
完全に思考が停止するジークだが、それが回復するのを待ってくれるような魔物はいない。
オーガは刀を真っすぐジークの喉元へと突き出し、その刃を突き立てた。
グシュ
今度は悲鳴も出ない。
口から血の塊を吐き出したジークに待っているのは死だけ。
激しい痛み、熱さ。もう呼吸をすることもできない。
ジークの意識が切れるその瞬間。
カン
また金属音がした。
◇◇◇◇◇
ここは…どこだ?
真っ白な部屋…。
何をしているんだっけ…?
意識が徐々に覚醒する。
「!!!」
飛び起きて自分の状態を確認する。
左手、ある。
喉、異状ない。
「何だったんだ?…夢??にしてはリアルすぎる…。」
しばらく呆けていたが、可能性の一つに行き当たりポケットの中を確認する。
「…ない。」
最初のボーナスでもらった転移石。
それが無くなっていた。
あの瞬間。
死の瀬戸際にあったタイミングで運よくポケットから転移石が落ち、そして割れたんだろう。
最後に聞こえた金属音が転移石が割れた際のものであったなら辻褄が合う。
そしてこの最初の部屋は僕の体調をニュートラルに戻す力があると言っていた。
つまり、この部屋に治療されたのが今の状況ということか。
一命は取り留めた…。
でも…。
これからどうすればいい?
最初に出会う魔物がオーガレベルでは、はっきり言って詰みだ…。