3.無才の男、挑戦者となる。
そこは真っ白な部屋だった。
ダンジョンに放り込まれたはずのジークは、そのダンジョンのイメージとは異なる小部屋に居た。
調度品は一切なく、ダンジョンの入り口と同じような先の見通せない暗闇に満たされた出入り口が一つあるだけだ。
『久方ぶりの訪問者だね。』
不意に声が聞こえる。
部屋全体から発せられたような、どこから声を掛けられたかわからないような声だ。
辺りに注意を向けていると、この部屋唯一の出入り口の前に人が現れる。
いや、人と表現したがよく見ると人族ではないようだ。
中性的な顔立ちで男女どちらであっても美人と言われるのは間違いないが、瞳には光がなく、見ているだけで不安感を煽られる。
そして細身の体躯の背中には3対の黒い羽根が生えていた。
『自己紹介から始めようか?私はルシフェル。このダンジョンのマスターだ。』
ルシフェルと名乗ったその人は混乱する僕をよそに何かを説明し始める。
すぐに襲われるようなことはないようだが、油断はできない。
『まずは君の事を視させてもらうよ。難易度をカスタマイズしないといけないからね。』
ルシフェルがそういった瞬間、ジークは何とも言えない奇妙な感覚を覚える。
体の中を何かが走ったような、悪寒に近い感覚。
蔵書庫で調べた中では、鑑定スキルを使用されると感じる感覚に近いように思う。
『これは…!!ジーク君、君は面白いね。まさかカースを受けていない子が来るとは思っていなかったよ。』
「…カース?」
『ん?ああ、そういえば前の子の時も通じなかったな。えーと、君たちでいう【才能】の事だよ。それは神サマが授けた【呪い】さ。』
意味が分からなかった。
【呪い】というからには良くないものなのだろう。
だが、それがあるおかげで人より突出した能力を得ることができる。
人生をより豊かにするための指針であると教育を受けてきた。
『やっぱり【わからない】って顔をするんだね。今外ではどんな教育をされてるんだか…。よく考えてみてごらんよ。君たちは【才能】に縛られている。【才能】以外の能力を封じられ、与えられた役割をこなすだけの駒になっているんだよ。』
ルシフェルは呆れたと言わんばかりの表情でそう説明した。
正直、理解が追い付かない。
何が正しいのか、僕にはわからない。
だが、そう思いながら自分が【無才】であったことが良かったことなのではないかという期待感が膨らんでくるのを感じていた。
『…君はその【呪い】を与えられていない。故に望むまま成長することができる。【呪い】を与えられた人はその代償として、その分野で成長ボーナスを得られるが、デメリットの方が大きいよ。』
【無才】と【才能】のある人がその分野で戦っても【無才】に勝ち目はないという事だろうか。
ダメだ。また混乱してきた。
『まぁ話はこれくらいにしよう。まだダンジョンの説明が残ってるしね。』
変な所で切り上げられてしまった。
何かすごく大切なこと言っているような気がするのに理解しきれていない。
だが、僕は次のルシフェルの言葉でより一層の混乱状態へと落とされる。
『君にはこのダンジョンを踏破し、最奥にいる私に殺されてもらうよ。』
◇◇◇◇◇
ジークは白亜の壁に背を預けて頭を整理していた。
その部屋にはもうルシフェルの姿はない。
・ダンジョンは100階層からなる。
・10階ごとにボスを設け、ボスを倒せばレアスキルを得られるようにする。
・ボスを倒せばそのボス部屋とこの部屋がリンクされる。
・この部屋はジークの体調をニュートラルに戻す力がある。
・100階層にはルシフェルが居て、ルシフェルを倒せばダンジョンから脱出できる。
・このダンジョンは外界から次元的に切り離されていて、時間の概念がない。故に飢えて死ぬことはない。
話されたことを要約するとこんなところか。
このダンジョンは神サマと袂を分かったルシフェルが、その後の暇つぶしの為に作ったものらしい。
目的はダンジョンを通して自身を倒し得る力を手に入れた者と戦い、スリルを味わう事。
そのため、ダンジョンに来た者に合ったダンジョン設定・報酬を準備するためにこうして鑑定しに来ているとのこと。
丸腰の僕の為に木刀と転移石(割るとこの部屋に戻れるらしい)を与えてくれたところからも、すぐに死んでもらっては困るという意図は伝わってくるが…。
「これまでの数百人の来訪者の全てが100階に辿り着いていない。ってか…。」
気持を整理するのにもう少し時間が必要そうだ。