2.無才の男、追放される。
僕がいないものとして扱われてもうすぐ一年が経つ。
母親が小さい時に亡くなっていたこともあり父子二人だけの親子であったが、あの鑑定式依頼、父の声は聞いていない。
幸いにも食事は使用人と同じものが与えられていたので飢えるようなことはなかったが、誰にも声を掛けられない生活に慣れるのには苦労した。
少しでも自分にできることをと思い、一人蔵書子で勉強しては木剣を振って体力をつけるという事を繰り返してきた1年間だった。
もう自分の身の振り方は決めている。
どの職に就いたところで才能のない僕は食うに困る生活になることは目に見えている。
であれば多少の危険はあれどハンターとして生きていくのが良いように思う。
ハンターは言ってしまえば何でも屋だ。
街中の掃除や探偵業務のような仕事もあれば、ダンジョンや魔境へ潜るような仕事もある、後者では危険も大きいが、反面、資源やお宝を手に入れて大金を得ることも出来る。
運が良ければ一攫千金も狙えるのが才能のない僕でも成功を夢見られるポイントだ。
ハンターギルドの登録は16歳以上なので、そろそろ家を出ていこうかと思っていたタイミングだった。
父から呼び出しを受けたのは。
◇◇◇◇◇
父の執務室に入ると、そこには父、シルバ執事長、そして見知らぬ少年が立っていた。
父は若干嬉しそうに、シルバは悔しそうに見える。
少年は金髪金眼、整った容姿だが自信満々な表情からは傲慢な印象を受ける。
「紹介しよう。この度、新しく我がフレンブリード伯爵家に加わることになったアレンだ。」
「よろしく、義兄さん。」
その言葉に僕は返事をすることが出来なかった。
どことなくまずい話の流れになっていると感じ、この先の展開に注視していたためだ。
「…アレンはお前より一つ年下で、先日鑑定式で【魔法剣】の才能があると話題になった子だ。」
僕の返事がないとみて説明を始める父。
【魔法剣】はレアな才能で、剣術、一般魔法術が使え、更にそれらを融合させた魔法剣という技術を扱うことができるものだったはず。
武才を求める父の要望を満足していると言っていいだろう。
「アレンを養子として迎え入れ、フレンブリード家の後継ぎとする。…ジーク、お前はフレンブリード家から【アビス】送りとする。」
「ジーク。短い付き合いだったけどさようなら。フレンブリード家は俺がより繁栄させるから安心して行ってくるといいよ。」
アレンの態度の豹変ぶりにも思うところはあるが、それより【アビス】送りという単語の方に焦りを覚える。
【アビス】とはフレンブリード家が管理している冥級ダンジョンだ。冥級というのは、帰還者がおらず、難易度が不明なものに付けられるランクである。
【アビス】送りというのは…つまりは実質的な殺処分となる。
「父上、僕が不要であることは理解しました。ですが【アビス】送りだけはご容赦を。フレンブリード性を名乗ることはせず、この地に関係のないところで静かに暮らしていきます故、何卒…。」
「ならん。フレンブリード家から『無才』の者が出て、追放処分としたという事が広まれば少なからず家名に傷がつく。お前は『無才』ではあったがダンジョンの解明に尽力し、そして帰らぬ人となったということにする。」
僕の必死の訴えも父に一蹴される。
もうストーリーは組みあがっており、変更の余地はないという事が伝わってくる。
僕は自身の顔から血の気が引いていくのを感じていた。
「騎士団長、入れ。連行しろ。」
父の呼びかけと共にフレンブリード家が有する騎士団員が数名執務室内に入り僕を拘束する。
そのまま執務室を引きずり出される。
アレンの嗜虐的な笑みが視界の端に映ったような気がした。
◇◇◇◇◇
「ここが【アビス】…。」
三重の封印を解除して到着したダンジョンの入り口は、簡単に言えば地面が崩落してできた巨大な穴だった。
ただし、その中はこの世のものとは思えぬほど黒く、先が全く見通せない。
蔵書子で見た資料では、異次元の空間に繋がっているようだと記載されていた。
帰還者が居ないので推測の域を出ず、最悪はダンジョンですらなくただ触れた者を吸い込むだけの事象である可能性すらある。
「入れろ。」
父の無慈悲な言葉が最後だった。
僕の意識は浮遊感を感じるとともに切れた。




