189.踏破者、鍛錬の成果を発揮する場を模索する。
今日の分の鍛錬を終えて頞儞羅の作る異空間から戻ってきた。
この毎日100時間の鍛練は俺の能力にも劇的な変化をもたらしている。
最近は十二神将の持つ個別の技術を得ながら、それを組み合わせたり元俺が持っていた技術と組み合わせたりとアイデアが湯水のように沸いてきて試すのが大変だ。
やはり時間が足りないので頞儞羅にもっと異空間持続時間を伸ばすよう要求したら顔が引きつっていた。
鍛練の時間を延ばすのはそう簡単ではないらしい。
「まだ鍛錬したりないの?これ以上伸ばされると流石に私も読書で時間潰すの限界なんだけど?」
俺が若干不満げな顔をしているのを見たシファが声をかけてくる。
頞儞羅に時間を延ばすよう要求した時も一緒に居たのでまだ鍛錬し足りないと感じていることは知っているのだ。
「いやなぁ。やりたいことが盛りだくさんなんだよ。特に今は重力魔法と他の属性魔法の掛け合わせが何かできそうな感じなんだよ。」
「気持ちはわかるけど、そんな魔法を開発して誰に使うのよ?」
「む。」
確かにその問題もある。
これも俺の不満の一つだが、俺が全力を出せる相手と言うのが居ないのだ。
十二神将は各々が得意としている1点においては俺より高い技術を持っているが、本気で戦えば火力と速度でゴリ押しして倒せるような相手だ。
「やっぱりシファに相手してもらうしかないか。」
「嫌よ。」
即答された。
「あなた、自分の恋人を手にかけるつもりなの?」
「いや、何も殺そうなんてしてないんだが!?」
シファはふーっと細くため息をつく。
あなたは何も分かっていないわねと言わんばかりの態度だ。
「あなたは何も分かっていないわね。」
言うのかよ。
「いい?あなたが全力を出せる相手なんてそうそういないわよ。人族や魔族じゃ相手にならないし、神族、魔神族でも中位以下じゃ相手にならないわ。」
「んなこと言われてもな…。シファが知っている限りで一番強いのって神さまなんだよな?ちょっと戦いに行ってみるか。」
「そんなピクニックに行くような感覚でそんなこと言うの!?」
「待ってても向こうから手を出してこないじゃないか。いい加減待ちくたびれただろ?」
「いや、あなたのそれ完全に思い付きよね!?いや、私の目的はそれだから喜ぶべきなのかしら…。でも私がなし得ないことをそんな暇だからみたいな理由で達成されると何というか…うーん…。」
シファは難しい顔をして唸っている。
「もしくは本気を出せるような相手を創るとかかな?この間貸してもらった本に【人造魔導人間】ってのが載ってたんだよ。」
「何サラっと禁忌に触れようとしてるのよ!?それ前にも言ったけど禁書よ!?」
「禁止されると手を出したくなるのが人間ってもんだ。」
「何を自己肯定しようとしてるのよ。ジークより強い【人造魔導人間】なんてもの造って制御に失敗したらこの国、いや、世界が終わるわよ…。」
そんな雑談を交わしながら領主邸の裏庭から正面玄関へと戻ってくる。
そこには1時間前にはなかった荷馬車が止まっていた。
「あ、おかえりなさい。シファお姉さまの悲鳴みたいなものが聞こえていましたけど破廉恥なことをしていなかったでしょうね。」
馬車横に立っているティアが声をかけてくる。
…何だ破廉恥なことって。
俺は屋外でそんなことをする趣味はないぞ?
「シファお姉さま。何か変なことをされませんでしたか?何でしたら少し私の部屋へ行きませんか?癒して差し上げましてよ?」
「結構よ。」
そっけなく断られて肩を落とすティア。
もう慣れたものなので放って置く。
「この荷馬車はムーカルから来たのか?」
そう思った理由は一つ。
荷馬車に乗っているのが巨大な水槽で、その中には生きた魚が何匹も泳いでいたからだ。
この辺りで生きた魚が得られるのは川魚を除けばムーカルの町のマグカル湖しかない。
「ええ、アルカディア魔道具研究所から試作馬車が届いたので試用していたんですの。結果は見ての通りですわ。」
もう一度水槽の中をまじまじと眺める。
水揚げされた直後のものと変わらない活きの良い魚に見える。
「なんでも馬車のタイヤの連結部分に魔道具を仕込むことで未舗装路でもほとんど衝撃なく走ることが可能になったものだそうですわ。」
言われて馬車の下を覗き込む。車軸と馬車本体の間に筒が重なったような魔道具が見える。
試しに馬車の一部に体重をかけてみると、その筒の重なる部分が多くなるようにスライドしているのが分かった。
馬車から手を離すと筒は元の位置に戻る。
「面白い機構だな。」
「ええ、中に風魔法を保持できる機構が組み込まれているとの事ですわ。なんにしてもこれを量産すればシュタイン領各地で生魚を扱った食事を提供できるようになりますわね。次はどんな料理を提供するかを考えないといけませんわね。そのあたりの知見のあるものが私の周りには居ませんので…。」
『へぇ。なかなかいい魚ですね。』
いつの間にか頞儞羅が水槽を覗き込んでいた。
「ひょっとしてだが、頞儞羅は生魚を使った料理とか心当たりあるか?」
『はい?私たちの世界は島国が多いので知ってはいますが。どうかしましたか?』
「ちょっと作れたりとかする?」
『この魚を使っていいのであれば可能ですよ?』
ティアに目配せすると彼女も頷く。
「よし、頼んだ。」
『分かりました。腕によりをかけて作っちゃいましょう。数が多いので応援に安底羅呼び出してもらえますか?活きが良いので活造りにしちゃいましょう。』
そう言いながら頞儞羅は袖をまくって台所へと消えて行った。
この魔道具はいわゆるエアサスですね。
この世界では圧倒的な乗り心地でこの後バカ売れして一財産築くことになるとかならないとか。
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