184.元領主代行、決意する。
「ミリガルド帝国は既に国境を越え、真っすぐこの街へ向かってきています!!ご指示を!!」
「し、指示だと…!?」
目の前で兵士と第二王子が問答している。
見た限り第二王子は思考が追い付いていないのかオロオロするばかりだ。
「宣戦布告があったと言いましたね?内容は分かりますか?」
「…マクヴェル??」
私が口を挟んだことに第二王子が驚いたようだが、もうそんなことにかまってはいられない。
このようなことになってしまった責任は私にもある。
思えば私が権力に屈し、民に負荷をかけたばかりにこの領地の力を失わせていたのだ。
しかし漸く覚悟が決まった。
最後位は貴族らしく民を生かす道を探ろう。
「はい…。内容は『ミリガルド帝国の軍門に下れ。抵抗しなければ命は保証しよう。抵抗するなら実力で排除する。』というものです。」
厄介な内容だ。
その言を信じても命以外は保証してくれないともとれる。
良い所奴隷としてこき使われる未来しか見えない。
いつの時代も敗戦国の民に明るい未来はない。
「…国境警備隊は?」
「…既に全滅しているかと。先の内容の宣戦布告があった旨と攻撃を受けているという報があった後音信不通となっています。」
「…敵兵力は?」
「すみません。国境もかなりの混乱具合で、全容は掴めておりません。」
今の国境警備は300人位だったはずだ。
どのくらいの人数が戦線に出たかは分からないが…。
国境からここまで騎馬兵で30分、歩兵だと2時間かからないくらいか?
流石に時間がない。
「…逃げるぞ。」
その声にハッとして顔を上げると、そこには多少落ち着きを取り戻した第二王子が険しい顔をして立っていた。
「こんなところで死ぬわけにはいかん。おいお前。俺の護衛の兵士と人数分の早馬を準備しろ。」
この男は!!
「逃げたいのなら勝手に逃げなさい!!」
思わず大きな声が出た。
第二王子も兵士も驚いているようだ。
「ハンターギルドに事情を説明して住民の避難を始めて下さい。…兵は全て東防壁へ。私が敵兵と交渉して時間を稼ぎます。」
「し、しかしこの街の兵力では!!」
「知っています。士気が低いという事も。申し訳ないですが、防壁へ行くのは私と一緒に死んでくれる兵のみで構いません。他の兵にはハンター達と一緒に住民の避難を手伝ってもらえるように指示ください。」
「お、おい!!勝手に命を下すな!!市民なんぞより俺の命の方が価値があるだろうが!!」
「あなたの命に価値なんてありませんよ。」
私は自分でもゾッとするような冷たい声を発する。
「行ってください。出来るだけ急いで。」
そう言うと兵士は頷いて部屋を出て行った。
…私も防壁へ向かわなければ。
「どこへ行く?」
部屋を出ようとしていたが、後ろから声をかけられたことにより足が止まる。
振り返ると第二王子がこちらを見ていた。
「勝手なことをしおって…。」
「もうあなたの指示には従いませんよ。相手の目的が貴方なら喜んでその首差し出していたでしょうね。でも安心ください。もう貴方にかまっている余裕はありませんからどうぞお逃げ下さい。」
「もちろん逃げるさ。俺は王族だ。こんなところで死んでいい人間じゃない。ただし、お前を殺した後でだ。」
そう言って第二王子は後ろ手に持っていた長剣を抜く。
「…なんのつもりで?」
一歩後ずさる。
残念ながら私は武術の心得がない。
「なに、逃げる前に俺の事をコケにした馬鹿な男に制裁を加えるだけだ。オラァ!!」
私の意識は第二王子が剣を振るうのと同時に切れてしまった。
◇◇◇◇◇
気が付くと私は床にうつぶせに倒れていた。
辺りは血の海だが一体何が起こったのかは分からなかった。
確か王子が剣を取り出して…。
必死に意識がなくなる前の記憶を呼び戻す。
「はっ!?」
時間を確認する。
どうやら侵攻の報を受けたあの時から1時間半ほどが経過しているようだ。
こうしている場合ではない。
急いで防壁へ向かわなければ。
私は血まみれの衣服にかまわず部屋を出た。
第二王子に切られたであろう部位の衣服は裂けていたが、体の傷が塞がっていることには気づいていなかった。
防壁へ向けて歩く。
いつもの街並みだが、今日は人っ子一人居ない。
完全な廃墟だ。
…おかしい。
人数は減ったとはいえ、まだかなりの人数が住んでいたはずだ。
それがこの短時間で避難しきるなんて…。
まるで予め逃げる準備が出来ていたようだ。
だがその疑問にも深く考え込むことが出来ない。
貧血だろうか?
先程の血の海を思い出す。
私はただひたすら防壁に向かって足を動かす。
防壁から外に出ると、自軍の兵士が100人程もいた。
まだ、この国の為に死んでも良いと、使命を果たそうとしてくれる兵士がこんなにいることに嬉しいという感情が沸く。
だが、感傷に浸る暇はない。
防壁から少し離れた所には既に敵国の兵士たちが陣を組んでいたのだ。
数も桁違いだ。
ゆうに万は超えている。
私の姿を見て兵士たちが驚いている。
血まみれなのでそれは仕方ない。
それに、今はそんなことを気にしていられる状況でもない。
私は兵士たちの間を縫って前へ出ると声を張り上げる。
「貴公らがこの地の住民に危害を加えないと約束するのであれば我々は降伏を考えている!!しかし、略奪をするのであれば我々は決死の抵抗をする!!答えや如何に!?」
これで対話に乗ってきてくれれば少しは時間が稼げるかもしれない。
そう考えていた自分は浅はかだった。
敵将と思われる男が無言で右手を上げ、そして振り下ろす。
それを確認した兵たちが一斉に進軍を開始した。
「こちらの話は聞く耳を持ってもらえませんか。」
私は首を垂れる。
「まだですぞ。ここで1秒が稼げればそれで助かる命があるやもしれません。」
気が付くと兵士の一人が私の横に立ち、剣を一本差し出してきていた。
「…その通りだ。」
私はその剣を掴み、そして抜き放った。
「…差し出がましいですが、少しは剣を嗜んだ方が良いかと。」
私が剣を構えたのを見て兵士が言う。
「来世では真面目に取り組もう。」
お互い、笑顔だった。
「来世とは言わず、これから取り組めばいい。」
どこからかそんな声が聞こえる。
その一瞬後だった。
空から凄まじい速度で何かが落下してきて爆発ともとれるような爆風が吹き荒れる。
土埃が晴れたその先には、一人の男が立っていた。
マクヴェル男爵は権力に屈するダメな(ある意味正常な?)人ですが、正しい心を持った人でもありますね。
作者は熱い人も好きなんです!!
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