176.踏破者、魔族軍指揮官と話す。
カタは一瞬で着いた。
森の中からなのでその様子は確認できていないが、鬼神の雄たけびと魔族軍の悲鳴が交錯し、あっという間に魔族軍の声が聞こえなくなった。
うーんヤバい。
魔族ごときにやられるようでは困ると思っていたが、これは戦力過剰だな。
配下にするのは十二神将のうち一人だけで良かったかもしれない。
でももう今更だよなぁ…。
魔族軍殲滅の命を受けた因陀羅以外の十二神将が次の命を期待する目でこちらを見てきている。
どいつもこいつも自身が有用であることの証明をしたくて仕方ないという顔だ。
いや、今他に仕事ないんだけど…。
『指揮官を連れて来ました。』
配下の鬼神を追って森へ入って行っていた因陀羅が魔族の男を1人捕まえて戻ってきた。
俺はその男を見て思案する。
「ベリルじゃないな。」
俺の言葉に反応する魔族の男。
だが、言葉は発せずにちらりと因陀羅の方を確認する。
『主がお望みだ。発言を許可する。』
え、何今のやり取り。
『少々煩かったので、主が不快にならないように少々躾を。時間がなかったので身体に言い聞かせるようにしてあります。』
因陀羅さん怖い!!
「貴様は…。」
発言しようとした魔族を因陀羅が睨む。
少なくない殺気のおまけつきだ。
「ひっ…。あ、貴方はベリルを知っているのか?」
「質問するのはこちらだ。お前が今回の魔族軍侵攻の指揮官か?」
「…はい。」
「名乗れ。」
「…魔族軍四将軍が一人、【歪みのゴルド】…です。」
一瞬名乗るか迷ったようだが、この状況で抵抗は無駄と悟ったか正直に話しているようだ。
…なにせさっき俺を貴様呼ばわりしたところで因陀羅以外の十二神将まで殺気を放っている。
因陀羅と同格の鬼神たちに囲まれて生きた心地はしていないだろう。
「ベリルと同じ四将軍の一人か。」
「…私はベリルに入れ替わって四将軍の地位に着きましたので、奴は今将軍ではありません。」
「今は違うという事は、生きてはいるんだな。…そうか。」
俺の発言にハッとするゴルド。
ベリルが死にかけていたことを知っているという所で俺とベリルのつながりを察知したのだろう。
面倒なのでベリルをやったのは俺じゃないとか説明する気はないが。
「他に聞きたいことはないな。…解放してやれ。」
この言葉に因陀羅が訝しげな顔をする。
対照的にゴルドの顔には生気が灯る。
『…宜しいのですか?』
「ああ。ここで何が起こったかが奴らに伝わらないとまた侵攻してくる可能性があるからな。まぁ、こいつを逃がしたことで、俺の知らない所で人族が殺されるようなことがあっても気持ち悪いが…。」
ここで俺は因陀羅に首根っこを掴まれ、膝立ちになっているゴルドの前でしゃがんで視線を合わせる。
そして無造作に頭を掴んで引き寄せる。
「今回は見逃してやる。ただし、次はない。もし人族に害をなすようなことがあれば必ず貴様を殺す。わかったな?」」
先程の因陀羅が発したものとは比較にならない殺気と共に、出来るだけ穏やかに話しかける。
ゴルドは股間に染みを作りながら何度も頷く。
「行け。」
俺の言葉と共に因陀羅が手を放す。
ゴルドは震えながらもなんとか立ち上がり、森へと駆け出す。
見えなくなるまでに1回転倒していたが、魔族領までちゃんとたどり着けるだろうか。
ゴルドの姿が見えなくなってから俺は十二神将に向き合う。
「お前ら十二神将同士で離れていても会話ができる念話みたいなことって出来たりするか?」
『可能かと思います。』
因陀羅が代表して発言する。
俺はその回答に頷く。
「波夷羅、ゴルドの後を付けろ。人族に牙をむきそうなら殺せ。しばらく様子を見て敵意が無くなっていると判断出来たら戻ってこい。」
『御意!!』
そう言って十二神将の一人が姿を消す。
今命を下したのは波夷羅。
弓を武器として使う隠形に特化した鬼神将だ。
『懸念があるのでしたらその魔族とやらを根絶やしにすればよいのではないでしょうか。我らなら命じていただければすぐにでも実現させれます。』
因陀羅の物騒な発言に俺は首を振る。
「お前等なら可能だというのは分るがな。それは人族の為にならない。俺の望みは支配者になることではなく、人族の一人立ちだ。ついでに言えばその後ハンターとして世界を見て回ることだな。」
『それは…我が浅はかでした。』
「そんな畏まらんでいい。あ、波夷羅にも言っとけよ?」
『ハッ!!』
ふと城塞都市モールドの方を見ると、防壁の上で国防軍だろう人々が右往左往しているのが確認できた。
魔族軍の侵攻については向こうでも確認できているだろう。
説明の必要もあるし一旦帰るか。
と、そこで腰が軽いことに気付く。
ん?シュラどこいった?
俺は周囲を見渡す。
訝しがる十二神将の後ろで小さくなっているシュラが見える。
「シュラ、何してんだ?帰るぞ?」
『…我は今以上に出番が少なくなることを憂いておるのだ。』
…どうやら十二神将が新たに配下に加わったことで自信の立場がまた揺らいでいるのを案じているようだ。
確かに同じ鬼神で多数の配下を持ち、自信も一芸に秀でた武将たちだ。
シュラは確かに戦力としては要らないかもしれない。
だが、付き合いも長いしそれだけで捨て置くつもりもない。
だいたい、俺の刀でもあるだろうに。
どうやらここにも別方向に気を遣わなければならない鬼神が居るようだ。
俺は深くため息をついた。
因みに【歪みのゴルド】の歪は「ゆがみ」と言う設定です。
ルビ振り忘れですね。
まぁもうすぐいなくなるのでいいかなぁと思っています。
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