154.踏破者、色欲竜と戦う。
岸辺に積み上がっていた触手はきれいに焼き払われた。
【焦熱地獄火炎】。
炎系統の魔法の中でも最上位級のものだ。
それを詠唱や魔法陣のサポートもなく放てるシファの能力の高さに改めて驚かされる。
俺は土壁から跳躍する。
【焦熱地獄火炎】によって敵ももろとも焼かれたシュラの元へ。
砂地に着地した瞬間ジャリと変な音がする。
どうやら砂の一部が結晶化しているようだ。
『うう、我は生きているのか…?』
「ああ、お前が頑丈で助かったよ。刀剣化は可能か?」
『いや。しばらくは無理だな。指一本動かせぬ。』
「じゃあ少し離れた所に移動させるな。」
そう言うと俺はシュラを掴むと剛力を使用して片手で放り投げた。
『なんでじゃ-!!??』
シュラはそのまま空中を飛び、土壁のそばに不時着する。
『ぐふぅあ!!』
着地が変な体勢になって呻き声が発せられる。
…一応言い訳はしておこうか。
「いや、お前その姿だとデカくて抱え上げるとか無理だろ。話した感じまだ余裕ありそうだったし。」
『そんなわけないじゃろうが!?下手すれば今ので死んでおったぞ!?』
「そこで休んでろ。もう終わる。」
俺はそこで一方的に会話を打ち切り、湖面へと視線を移す。
先程まで無数の触手が蠢いていた湖はしんと静まり返り、今や波の一つもない。
だが普段通りの湖の状態かと言うとそうでもない。
静かになった湖面から、鱗の皮膚に覆われた女性の上半身が生えるように浮かんでおり、こちらをじっと見ているのだ。岸辺からは30m位の位置だろうか。
その上半身だけで3m位はある。
実物を見たことはないが、恐らくあれが【色欲竜】の本体だろう。
シファが【焦熱地獄火炎】を放った直後から水上に現れ、直接こちらを観察しているようだ。
さぁどう出るかな?
しばらくにらみ合いが続いたが、その時間は【色欲竜】が動くことで終わった。
その口から咆哮が発せられると同時に再び大量の触手が岸辺へと這い出てくる。
それと同時に【色欲竜】の本体は水中へと潜行する。
「ちっ。これだから知能のある奴は。」
この行動は退避だろう。
そのまま本体が岸まで攻めて来てくれるのが理想だったが、こいつは触手を捨て駒に逃げるつもりだ。
いま攻め落とすにはリスクがあると判断したという訳だ。
「【圧】。【無重力】。」
俺は重力魔法を二重発動する。
俺に向かって襲い掛かってくる触手の群れは【圧】で足止めを。
若干威力が高くなり過ぎたのか、効果範囲内に入ってきた触手が片っ端から潰れていくがそれらはとりあえず無視だ。
もう一つ発動した【無重力】。
こちらの魔力操作に神経を集中させる。
発動場所は【色欲竜】が居たあたりの湖面。
範囲は直径で20mほどの球形。
次の瞬間、湖が一部盛り上がり、水球が湖の上空に浮かび上がる。
水面に水滴を落とした光景を逆再生したような現象が重力魔法により起こる。
そしてその水球の中には狙い通り【色欲竜】の本体が居た。
女性の上半身に下半身はパニエ付きのドレスのように蛇が無数に生えている。
見ればその下半身の蛇は常に本体から千切れてはまるで意思を持ったかのように泳ぎ出し、千切れた本値の下半身はすぐに新しい蛇が生えだしている。
あの速度で触手が量産されるとなるといくら触手を処理しても追いつかない。
やはり本体を叩く必要があるようだ。
俺は【圧】と【無重力】を維持したままタイミングを計る。
水球に隔離された【色欲竜】も最初は驚いたようだが、やがてその空間内でも移動が可能と理解すると水球の下部に向けて泳ぎ出す。
そう、【単眼悪魔】の時とは違い、水ごと浮かび上がらせているのでそこには足場があるのだ。
つまり、奴としては泳いで無重力空間から飛び出すことで逃れることが出来るのだ。
だが、その大気中に逃れる一瞬が【色欲竜】の本体がむき出しになる絶好の機会になる。
今!!
「【終焉の息吹】!!」
【色欲竜】が水球から湖に飛び出した瞬間を見計らい【圧】と【無重力】を解除、同時に高火力魔法である【終焉の息吹】を放つ。
崩れる水球の水が降り注ぐより早く、【終焉の息吹】の光線が【色欲竜】に襲い掛かる。
途中でこちらの攻撃を察知していたか、触手が斜線を遮るように湖面から飛び出してくる。
だがそれらの触手では【終焉の息吹】を止めることは叶わない。
片っ端から触手を蒸発させたその光線は、狙い違わず【色欲竜】の本体に直撃する。
「【神の盾】」
【色欲竜】を中心とした大爆発が発生するより一瞬早く、シファの放った魔法により俺の眼前に光の壁が出現する。
耳をつんざくような爆発の轟音と炎が周囲にまき散らされるが、少し距離があるのが幸いしたか岸辺へは【神の盾】により被害が出ることはなかった。
やがて煙が消えると、湖は静けさを取り戻していた。
湖面に動かなくなった大量の【海洋巨蛇】もどきと、上半身が消し飛び、残った下半身も黒焦げになった【色欲竜】の死骸が無ければ感動的なシーンなんだがな。
「無茶するわね。この距離で【終焉の息吹】を使うなんて。」
いつの間にか岸辺に降りて来ていたシファがこちらに歩いてくる。
「【神の盾】は完璧なタイミングだったな。助かったよ。」
とりあえず礼を言う。
前打ち合わせはしていないのであれはシファのアドリブだ。
「息が合ってきたって事でしょ。」
ふふんと胸を張るシファ。
本来ならここで多少のスキンシップも許される場面のような気もするが、そのシファ越しに嘔吐している王女とズタボロの鬼人が視界に入ってくるせいで会話に集中出来ない。
非常に残念だ。
因みに最後のティアさんはジークさんの周りで潰れていく触手を見て気持ち悪くなったようです。
お食事中の皆さま、ごめんなさい。
もう少し読んでみてもいいと思っていただけましたら評価、ブックマークよろしくお願いします!!