150.踏破者、海洋巨大蛇の異常行動を目にする。
「ジーク。少し様子がおかしい。」
その異変を察知したのはシファだった。
将来の商業像とその課題を話し合っていた俺たちの会話が止まる。
「学者先生がケガでもしたか?」
俺の問いに、しかしシファは首を振る。
「ううん。外の方。陸近くに複数の【海洋巨蛇】が集まってきてるみたい。」
「…様子を見に行こう。」
そう言って俺は立ち上がる。
「私も行きますわ。」
それにティアも続く。
爬虫類が苦手で【海洋巨蛇】も見るだけで気分を悪くしている風なのに、こう言う所は責任感からか他人に任せっきりにしたくないようだ。
家を出て岸に向かう。
「どのくらい集まってるんだ?」
「動き回ってって正確には分からないけど、500はいそう。」
「500!?」
思わずシファを見やるが、彼女は首を縦に振るだけだった。
岸辺近くになると、慌てた様子の漁師がちらほら見えるようになる。
どうやら肉眼で異常は察知できるようで、漁師たちは少しパニックになっているようだ。
岸辺に着くとそこには異様な光景が広がっていた。
【海洋巨蛇】がこの岸を取り囲むように一定の距離を保って水面を覆いつくしていたのだ。
「なんだこりゃ?」
「お、おいあんたたち!!何か魔物の様子がおかしい!!今湖に近寄っちゃいかん!!離れるんだ!!」
【海洋巨蛇】の群れを眺める俺たちに話しかけてきたのは漁師の一人だった。
彼も慌てた様子で避難している所だったのだろうが、俺達を気にして声をかけて来てくれたようだ。
「この湖では【海洋巨蛇】のあのような行動はたまにでも見られるものなんですか?」
「え?いや、俺も漁師暦は10年を超えるがこんなことは初めてで…って王女殿下!?こ、これは失礼を!!」
慌てて跪こうとする男をティアが制止する。
「今は緊急事態ですので普段通りで結構ですわ。それより、こういった事象は今回が初めてなのですね?」
跪くのを止められた男は、それでもどうしていいのか分からず、ぴしりと直立して答える。
「は、はい。【海洋巨蛇】は普段岸辺からは見えても2匹程度です。あのように群がって現れることはオラの知る限り初めてです。あ、でも船を出すと数十匹の【海洋巨蛇】が群がって襲い掛かってくるという話は聞いたことがあります。」
「ありがとう。私たちは構いませんので避難してください。」
ティアに促された男は少し申し訳なさそうにしながらも岸辺を離れて行った。
「ジーク殿はどう思います?」
「そりゃ初めてだって言われたら、何かきっかけがあったと思うわな。何がきっかけかって言ったらさっき2匹仕留めたことかな?」
「という事は復讐とかでしょうか?私は魔物には詳しくないのですが、【海洋巨蛇】と言うのは仲間意識が強い魔物なのですか?」
おれは問われて首を横に振る。
「俺の知識は書物のものなので実際とはズレがあるかもしれんが、一般的に魔物は個体が強くなるほど群れを作ったりと言うことは無くなる。群れを作り、集団行動するのは【小鬼】や【小狼】なんかの弱い魔物だけだな。」
「ではあれは…。」
ティアが視線を湖に移す。
「動いた。ジーク、群れの中から4匹岸に向かってきてる。」
シファが湖を指さす。
俺も湖を凝視する。
確かに群がっている【海洋巨蛇】の中から数匹が岸側へと近づいてきているようだ。
…と思ったら、その数匹もUターンして再び群れの中へ消えると、それを待っていたかのように【海洋巨蛇】たちは散り散りに沖へと泳いでいき、群れは消滅した。
あっという間の出来事で、今はもう静かな湖面が映し出されているだけとなる。
「いったい何だったのでしょうか?」
俺は答えを持ち合わせてはいない。
だが、そのヒントはすぐに出てきた。
「…ない。ジーク。群れから離れた【海洋巨蛇】」がUターンした辺りって、さっきジークが【海洋巨蛇】と戦ってた所なの。でそこから【海洋巨蛇】の死骸が無くなってるわ。」
「さっきの【海洋巨蛇】が持って行ったって事か?んで、それで解散したと?」
「ますます意味が分からなくなりましたわね。」
ティアも困惑顔だ。
普段群れで行動しない【海洋巨蛇】が集団行動をとり、仲間の死骸を持ち去った。
何のために?
そしていったいどこへ?
「ティア王女殿下!!」
そのタイミングで陸の方から声がかかる。
振り向くとそこには息を切らした学者先生がいた。
どうやら何かあって家から飛び出してきたようだ。
見た所怪我という訳ではなさそうが…。
「どうされましたか?」
ティアが学者先生に近づき声をかける。
学者先生は息を整えてから答える。
「先ほどの生け捕りにした【海洋巨蛇】ですが、生物ではありませんでした。」
「はい?」
思わず変な声を出すティア。
だが俺も同じ思いだ。
生物ではないというのはどういう事だろうか。
学者先生は困惑顔のティアの事はお構いなしに説明を続ける。
「というかあれは【海洋巨蛇】ですらなかったんです。あれは【触手】です。」
【触手】という言葉を聞いて俺も閃く。
同時に厄介なことになったという気持ちも抱く。
そして学者先生は最後にその正体を告げる。
「あれは【色欲竜】の触手だったんです。」
学者先生が断定した魔物の名は【色欲竜】。
【暴食竜】と同じく大罪の名を冠したSランクの魔物だった。
水面に蠢く蛇の大群…。
想像してはいけません。
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