144.護衛隊長、国防軍訓練を見学する①
私は重い足取りで憲兵団事務所に帰り着いた。
打ち合わせスペースにあるソファに座りこむ。
自然と大きなため息が出た。
「帰ってくるなりどうしたんですか?」
そう言いながらお茶を差し出してきたのは憲兵団で事務職に就いている女性だ。
よく気が利いて明るい性格で、憲兵団員からの人気が非常に高い人だ。
「国防軍の拠点に訓練を見に行ったんですよね。憲兵団員の戦力を強化するために訓練に混ざらせてもらおうって話でしたっけ?」
「そう…だったんだけどね。」
「だった?ですか?」
首をかしげる女性。
それはそうだろう。
私も何も知らずに今の私を見ればどうしたのかと首をかしげる。
「実は、さっき見てきた国防軍の訓練がね…予想以上でね。」
「というと、憲兵団員では混ざれないくらいという事ですか?確かに国防軍の最近の成長具合には凄まじいものがありますけど、憲兵団員だって日々鍛錬を積んでるんですよ?そんなレベルが離れているなんてことないでしょう?」
彼女のいう事は最もだ。
というかさっき国防軍の拠点を訪ねるまでは私もそう考えていた。
とりあえず、先ほど見てきた内容を女性に伝えてみた。
◇◇◇◇◇
ネレウス元将軍に案内されて国防軍拠点の中を歩く。
今は訓練所へ向かって移動している最中だ。
不意に声を掛けられる。
「ランドール殿もジーク様の手ほどきを受けておられるのですか?」
見るとネレウス元将軍はこちらを羨望の眼差しで見ていた。
「いえ、私は元々姫様の護衛をしていて、ジークさんの陣営とは違うのです。その強さを目の当たりにすることはあっても、指導を受けたりという事はこれまでありませんでした。」
「そうなのですね。ここで戦闘指南をしていただいているレクシア様が…その…凄まじい強さで…聞けばジーク様に直接指導いただいていたと言うので憧れがあると言いますか。どのようなものか気になっていまして。」
「? それはレクシア殿に聞けばいいのではないですか?」
「それが、聞くと耳を疑うような内容のものばかりで…他に指導を受けた人が居ればその人にも聞いてみたいと思っていたのです。」
「なるほど。何となく察しました。」
一般人の感覚では理解できない内容なのだろう。
残念ながら私はその内容を知らないが、知らないままの方が良いような気がした。
「着きました。ここが筋力トレーニング場となっています。」
最初に案内された部屋は筋力トレーニング場。
国防軍では訓練設備が筋力トレーニング場、道場、演習場の3カ所ある。
筋力トレーニング場ではその名の通り筋力トレーニングが行われている。
筋力トレーニング場に入ると異様な熱気に包まれる。
「な…。」
そこでは300人ほどが汗を流していた。
まず目を奪われたのはスクワットをしている兵士たち。
彼らが肩に担いているのは鉄製の棒だった。
そしてその棒の両端には同じく鉄製の円盤が取り付けられている。
これまで、筋力トレーニングに負荷をかけるための道具としては丸太が一般的につかわれているが、見るからに重そうなその道具はこれまでにないものだった。
「あの道具は一体…。」
「あれはジーク様が考案し、シファ様が所有していた鉄材を溶融・成形したものです。これまでの丸太のトレーニングでは乾燥状態で重さが変わる事や、大きさが変えれないことから個人個人に合った適切な負荷をかけることが出来なかったのですが、この道具なら棒の両端に付いている重しを取り替えたり組み替えることで自由に負荷を変えることが出来ます。」
「なるほど…。確かにこれなら全員が効率よく鍛えることが出来ますね。」
「これをスクワットだけでなくアームカールなどの他の部位を鍛えるのにも使用します。鍛える部位ごとに適切な負荷をかけるのにもこの機構は適していますね。」
次にネレウス元将軍に案内されたのは道場だった。
「ここは道場です。以前は立ち合いもしていましたが、今は剣の修練をここで行っています。」
ネレウス元将軍に続いて道場に入る。
「「「3878!!!! 3879!!!! 3880!!!!」」
熱気と同時に凄まじい声が響く。
その勢いに少し気圧される。
だが、ネレウス元将軍は何でもない事のように説明を開始する。
「こっちのスペースでは素振りを行っています。ジーク様の修練方法を参考に、基本の型をひたすらと言うものです。一つの型の素振りを連続5000回、それが終わったら次の型を5000回、これをひたすら繰り返すことで『正確に剣を振る』という動作を『反射』で出来るレベルにまで体にしみこませます。慣れてくればこれを2巡、各型を計10000回振れるようにならなければならないのですが、お恥ずかしいことにまだそこまで達している兵はいないのが現状です。」
ちょっと待て!?
素振りを各型5000!?
王国騎士団ですら200程度だぞ!?
素振りはしっかりと剣筋を出して行わなければ意味がない。
振る数が多くなれば一本一本の集中にもかけるし、数だけこなせばいいってものではないはずだ。
なのに…。
ここで素振りを行う兵士は皆一様に鬼気迫る表情で素振りを行っている。
今の掛け声から4000に迫ろうという本数をこなしているのに集中力の低下が見られない。
「…なぜ、ここまで必死に素振りに打ち込めるのですか?」
私は思わず聞いてしまっていた。
「それはこの後、演習場を案内させていただければ理解いただけると思います。」
ネレウス将軍はそう言ってにやりと笑った。
朱に交われば赤くなるといいますが、ジークさんに関わった人たちがどう変わるのかを描いた回です。
もう一話続きます!!
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