136.踏破者、国防軍の拠点へ行く。
城塞都市モールドの最北端にある国防軍の拠点は武骨な石造りの建物だった。
かなり年季の入った建物である所を見ると、この都市が設立された当初からずっと使われている建物のようだ。
案内を務めると言った兵士に続て建物の中に入るとエントランスに居た兵士たちが視線を向けてくる。
人を値踏みする視線だ。
初顔の来訪者とは言え、いささか無遠慮なその視線に不快になるが、今それを指摘するほどではない。
私たちは兵士の視線を浴びながら兵士の後を追い奥へと進む。
そのまま廊下をしばらく進んだところで案内役の兵士が立ち止まる。
目の前にある扉に向かい姿勢を正す。
「将軍閣下!!王女殿下御一行をお連れ致しました!!」
「入れ。」
短い許可の言葉が部屋の中から飛んでくる。
その言葉を聞いた案内役の兵士が目の前の扉を開く。
「これは…。」
飛び込んできたのは貴族邸と見紛うばかりの豪勢な調度品が置かれた部屋だった。
執務室と聞いていたが…。
「これはこれはティア王女殿下。わざわざご足労頂き申し訳ありません。どうぞおかけになって下さい。」
執務机をぐるっと回って歩いてきた男が言う。
2mを越える巨躯のこの男がネレウス将軍だろうか。
「お久しぶりですわね。ネレウス将軍。少しお話させていただけますかしら?」
やはりこの男がネレウス将軍のようだ。
ネレウス将軍はにやりと笑い言葉を返す。
「ええ、ご足労いただいたのに追い返すような不敬は働きやしませんよ。」
ここでネレウス将軍はティアの背後に控える俺たちに視線を向ける。
「それに、これだけ美しい女性たちを無下にはできませんな。」
そう言って笑う。
不快指数が一気に上昇した。
ネレウス将軍がソファに座り、ティアはその対面になる位置に座る。
俺達はティアの座るソファの後ろに控える。
「して、本日はどのようなご用向きで?」
「…王戦の連絡は将軍の耳にも入っているかと思います。本日は着任の挨拶と、少々確認させていただきたいことがあって参りました。」
「ティアお王女殿下がこの地の領主となったことは伺っています。しかし運がありませんでしたな。この地は戦争中ですのでとても領地を発展させる余裕などありません。王もそれをご存じのはずですが…。」
「私ならその地も豊かにできるとの判断でしょう。期待の裏返しと捉えていますわ。」
その言葉にネレウス将軍は再び笑う。
「結構。前向きな姿勢は今なお健在のようですな。大変かとは思いますが尽力されると良い。」
「ええ、それで、先ほどこの都市の現状を確認しましたところ、看過できない状況にあると判明したのでここまで足を運んだのですわ。」
ここでティアが本題に入る。
ネレウス将軍も笑うのを止め、その表情が少し険しくなる。
「どういう意味ですかな?」
「行き過ぎた国防軍従事者への優遇措置の件ですわ。」
ティアが先ほど俺たちが見た通知書をテーブルに置く。
「常軌を逸した処置により領地経営が出来ないほどの財政難となり、行く末を憂いた一般市民の流出が続いています。この制度は即座に撤廃します。」
「いやいや、この案については当時の領主が二つ返事で了承したものですぞ?」
そう言ってネレウス将軍はルーベル男爵を見る。
ルーベル男爵がビクッと体をこわばらせる。
「当時の領主の判断は知りませんが、これは現領主である私の判断です。」
「それは困りますな。その紙にもある通り、最近の魔族の侵攻の激しさに従軍者の士気は低下傾向にあります。ここで優遇措置を撤廃までされると、戦列を離れるものも出てくるでしょう。そうなればこの都市守りが薄くなる…近くの農村に回している人手をここに集結させるか、ここの守りを捨てて南部に拠点を移し、戦力の集中を図らねばなりませんな。」
ネレウス将軍は顔に笑みをたたえたままそう言い放つ。
自分の勝ちを確信しているもの特有の空気がある。
「本当にそうでしょうか。報告資料を見ましたが、魔族の侵攻自体は頻度もその人数も大きな変わりはありません。なのに国防軍の死傷者は年々増え続けている。…はっきり言いましょう。今の国防軍、弛んでいるのではないですか?」
ティアが反撃を開始した。
それまで余裕の表情であったネレウス将軍の顔がまた少し険しくなる。
「戦争の事など分からないでしょうにそんな風に言われるのは心外ですな。魔族軍がより強い者を送り込んでくるようになったのですよ。全く、命を懸けて戦っている我らにもう少し敬意を払っていただけませんかね。」
「確かに私は武官ではありません。ですが、知見がないわけではありませんし、武の心得のある配下もいます。ジーク、貴方はどう思いますか?」
話を振られた俺はハッと少し鼻で笑った後言ってやる。
「ひどいもんですね。町を跋扈している兵士。この拠点で見かけた兵士。どれも一般兵並み、いやそれ以下ですね。まともな訓練をしている者とは思えませんでしたな。」
「なっ!?」
この言葉にネレウス将軍の顔が赤くなる。
「貴様いったい何様だ?我が国防軍を馬鹿にするのか!?」
「挨拶が遅れたな。俺はティア王女殿下の王族専属騎士のジークだ。」
「王族専属騎士など肩書に溺れた実戦経験もろくにない騎士団の人間だろうが!?舐めた口を!!」
「今日の予定。」
「あ!?」
「今日この拠点で待機になっている班は何班だ?町を巡回させている班とその順路は?これから答え合わせに行く。答えろ。」
「…!?」
この拠点を歩くだけで分かる。
その兵士も規律を守る雰囲気など微塵もなかった。
町を徘徊している兵士も人数も順路もバラバラ。
きちんと管理などされているはずもない。
ネレウス将軍の頬に一筋の汗が流れたのを俺は見逃さなかった。
一応、国防軍より王族直下の王族専属騎士の方が立場は上です。
ですが指揮権はありませんので命令を強制することはできません。
とは言えこういう言い方をされて回答を拒めば私は黒ですと言っているようなものですからね。
はい、詰んでいます。
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