134.踏破者、シュタイン領モールドに着く。
城塞都市モールド。
王都最北端に広がるシュタイン領の中でも最も北にある都市だ。
王国の北部にある魔族領からの侵攻に対抗するため、東西に長く伸びる城壁を有しているのが特徴だ。
この都市にはシュタイン領を納める領主、魔族軍の侵攻に対抗する国防軍の本部が共に拠点を置いている。
組織上、この都市のトップは領主で、その下に国防軍が付くと言う形になっている。
だが、事前情報ではこの都市の実権を握っているのは国防軍という事だ。
まずはこの都市がどういった状況にあるか正確に把握する必要がありそうだな。
「ようこそお出で下さいました。」
「出迎えご苦労様です。貴方がルーベル男爵ですか?」
「は、お初にお目にかかりますティア王女殿下。お察しの通りルーベルにございます。」
領主邸の前で迎えてくれたのは現領主代行の貴族だった。
背後に執事とメイドを並ばせ、総出での出迎えと言った様子だ。
王都を出る前に5時間ほどで到着すると連絡を入れたので準備していたのだろう。
「しかし驚きました。本当にこのモールドまで5時間で来られるとは…。」
「それに関しては私の王族専属騎士のおかげですわ。召喚術を行使できるので、馬よりよほど早く駆ける幻獣を呼び出してもらっています。」
ここでルーベルはティアの後ろのスレイプニールを見る。
「8本足の巨馬…。伝承にあるような容姿と言い、この距離をわずか数時間でかける足と言い、このような幻獣を使役されるとなると相当な実力をお持ちのようですね。」
「まぁ挨拶はこの辺で。事前に連絡は入れましたが、この都市の現状について教えていただけませんか?」
「はっ。では一度屋敷の中に入りましょう。先にお荷物を移動していただいて…。」
ここでルーベル男爵は辺りを見まわす。
「え…と、お荷物は一体どこに…。」
「どこに…と言われると返答に困りますね。では先に部屋へ案内していただけますか?」
「は、はい。ではこちらへどうぞ。」
そう言ってルーベル男爵の案内で屋敷の中を見て回った。
二階の一室をティアの私室として使う事を決め、そこにシファが荷物を置いていく。
何もない空間から大量の荷物が出てくる光景にルーベル男爵は目を白黒させていたが、どこかで心の折り合いをつけたのか気にしないことに決めたようだった。
その後、俺たちの部屋も順に決めていき、荷物を下ろしていく。
王族専属騎士の俺とシファはセキュリティ面も考えてティア王女の隣の部屋とした。
俺とティアが同室という事にものすごく何か言いたげなティアだったが、今は外行きの状態だったため何も言わなかった。
額に青筋が出ていて顔が引きつっていたので身内には全員にバレていただろうが…。
そうして荷物を一通り置いた後は主要メンバーだけで会議室へ。
全員が着席した事を確認してルーベル男爵が説明を始める。
「この都市の現状ですが、いくつか問題が発生しています。一番大きな問題は財政に関するものです。」
「財政ですか?国防軍との関係に問題があるとの噂は聞いていましたが…。」
ここでルーベル男爵は少し困ったような表情をする。
「おっしゃられる通り、この都市では国防軍がかなり幅を利かせています。…実は財政問題とも無関係ではありません。実は数カ月前に国防軍からこのような知らせが届きまして…。」
そう言いながらルーベル男爵はティアに一枚の書類を渡す。
それを一読したティアは顔をしかめると俺にその書類を回してきた。
シファと共にその書類に目を通す。
要約すると書類には次のようなことが書いてあった。
この国の国防を担う兵士においては常にその身を危険に晒している。
ここ最近は魔族との戦闘も多く、士気の低下が見られている。
そこで士気向上のため以下の施策を行う。
・従軍者への給金の増額(30%増)
・従軍者の納税の免除
・従軍者の飲食代金の減額(50%減)
了承されたし。
はっきり言って無茶苦茶な要求だ。
しかもご丁寧に次の一文が最後に記されている。
了承いただけない場合には国防軍の戦力維持が困難となり、魔族の侵攻を許す結果となることが明らかである。
この場合、戦線の維持のため拠点を南部の都市にまで移すことも検討しなければならない。
つまりは要求をのまないとこの町を放棄して魔族に襲わせるぞという事だろう。
自分たちが都市にとって重要な役割を果たしていることを認識しているからそれを盾に要求を通そうとしているようにしか見えんな。
シファが書類をレクシアに渡す。
レクシアもその書類に目を通して顔をしかめていた。
「それで、領主側はどのような対応をとったのですか?」
「残念ながら、要求を呑む以外の方法はありませんでした。」
その言葉に絶句する一同。
そんな要求を通してしまったら財政など成り立つはずがない。
「そのような要求を受ければ財源が減ることもそうですが、飲食店から抗議が上がるのではないですか?」
「…おっしゃる通りです。ですのでこれまでは私財を投入して減額分の補助を行っていたのですが…。もうそれも限界です。」
思っていたより酷い状況だな。
だが、一貴族がそこまで国防軍に従順にならなければならないものなのか?
「…何か弱みでも握られているのか?」
「っ!?」
ルーベル男爵の目が見開かれる。
どうやら当たりのようだ。
さあシュタイン領に到着しました。
間もなく国防軍、魔族軍とのあれやこれやが始まります!!
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