132.踏破者、シュタイン領へ出発する。
「それで、いったい何をやらかしたんですの?」
「何をと言われるとどう説明すりゃいいんだろうか…。」
「じゃあまず事実関係を話してください。」
「第一王女の王族専属騎士を病院送りにした。」
「大問題ですわ。」
頭に手を当ててため息をつくティア。
ここはティア陣営が王都を立つ準備をしている場所だ。
少し離れた所ではティアの従者たちが荷物の移動を行っている。
でも仕方なくない?
挨拶しただけだぜ?
その挨拶だって向こうからだしな。
「オフィーリアだっけ?あいつも別に問題にする感じでは無かったしいいんじゃない?」
「お姉さまの名前はオリヴィアですわ。はぁ。後が面倒なのでさっさと出発してしまいましょうか。」
そう言ってティアは馬車の方へ歩き出す。
何台も馬車を連ねていたオリヴィア王女とは違い、ティア陣営の馬車は1台だけだ。
馬車自体の大きさはかなりあるが、予定人員が一台にまとめて入れるくらいの大きさだ。
そしてその馬車の隣には大量の荷物が山積みになっている。
荷物の横まで来ると、ティアは少し困惑した表情でシファに尋ねる。
「シファお姉さま。これが荷物なのですが、本当に宜しいのですか?」
「うん。問題ないわ。」
シファは頷いて荷物に手をかざす。
次の瞬間にはきれいさっぱり荷物の山は消え去ってしまった。
シファの有用スキルの一つである亜空間収納だ。
周囲から驚きの声が上がる。
「これで人員だけ運べば引越し完了という訳だ。」
「これは凄まじいですわ…。大量の物資の移動が一人で出来るなんてことが知れ渡ったら、お姉さまは色んな組織に狙われてしまう事になりそうですわ。後ろめたい商品も気付かれることなく運べますし、戦争をしても補給物資の運搬が楽になれば戦闘継続能力が格段に上がります。」
「そう言う発想になるのが凄いな。だがまぁ安心しろ。そんな奴らが来たら漏れなく俺が跡形もなく消してやるよ。」
「私は味方ですのよ!?」
「お前もシファを狙う側かよ!!」
若干ふざけた表情をしていたティアが一転、不安そうな顔を浮かべる。
きょろきょろと辺りを見まわす様は完全な不審者だ。
「それで…、さっきから気になって仕方がないのですが、もう一つの指示の『馬は不要』と言うのは…。特にそれらしい動物の姿は見えませんが…。まさかジーク殿が馬車を引くわけではないですよね??」
「その発想はなかったわ。」
いや、冷静に考えて馬車を人が引くって発想が怖いわ。
俺の事を何だと思っているんだ?
「昨日幻獣召喚でちゃんと契約してきた。見ていろ。」
そう言って俺は闇魔法で魔法陣を構築していく。
幻体召喚は呼び出す必要性がある度に召喚術を使わなければならないのが面倒だな…。
まぁ実体召喚になっても用のない時に居てもらっても困るから別にいいのだが。
「召喚」
辺り一面が白煙に包まれ、その中から8本足の巨馬が出現する。
『主殿、これが例の馬車か?であれば何の問題もない大きさだ。』
「ああ、じゃあ予定通り行こう。ティア、こいつに馬車を引いてもらう。」
俺がティアを振り返ると、その場にぺたんと座り込んでいた。
「は、8本足の馬の幻獣…まさか神獣スレイプニール様?」
「お、知ってるのか?」
「え、ええ。この国に伝わる神話で。この大陸を管轄している神々とは別体系の神々の一柱で、この大陸の神々に戦いを挑んできた際に向こうの主神の軍馬として伝わっています。」
『ほう。ここは我らが過去に攻めたことのある土地だったか。あの頃は大分意識が外に向いていたからな…。今は他神を攻めたりはしておらんから安心しろ。それに、今は一幻獣として呼び出されておるだけだ。』
「は、はぁ。」
「このポンコツが神話にねぇ。その時から大分弱くなったようだな。」
『いや、その時代よりは強くなっているはずだ。主が規格外すぎるだけだ。』
「俺なんか所詮人なんだがな。まぁいいや。シルバ。スレイプニールを馬車につないでくれ。」
俺は後ろで成り行きを見守っていたシルバに声をかける。
「承知いたしました。ではスレイプニール様、こちらへ。」
シルバもスレイプニールを見るのは初めてなのだがな。
…ティアと違い動揺を一切外に出さないプロフェッショナル精神は流石だな。
「よし、じゃあ皆馬車に乗りこませていってくれ。」
「分かりましたわ。ランドール。お願い。」
「は、はっ!!」
ティアに声を掛けられて我に返ったランドールさんがティアの従者の方に向けて走っていく。
うん、こっちが普通の人間の反応のような気がするな。
北の僻地、シュタイン領へいくのは12人。
俺、シファ、レクシア、レベッカ(パズズ)、シルバ。
ティア、ランドール、ラマシュトゥ、他は騎士2名、侍女2名だ。
御者席には俺とシファが座る。
「全員乗り込んだな。よし、行くぞ。スレイプニール。」
『承知した。』
そう言って歩き出すスレイプニール。
かと思えばあっという間に速度を上げて駆けだす。
その速度は速掛けの馬をゆうに超える。
瞬く間に王城の城壁まで到達すると、スレイプニールはそれを大きく飛び越えた。
宙に浮く馬車。
中から聞こえる悲鳴。
数秒の浮遊ののち貴族区に降り立ったスレイプニールと馬車。
風の抵抗や車輪の衝撃が馬車に伝わらない特殊なスキルをスレイプニールは有しているらしく、馬車にダメージはない。
そのまま大通りを北へと疾走するスレイプニールと馬車。
この日より王都では白昼の亡霊として亡霊馬車の都市伝説が流布されることになった。
8本足の馬って…。
普通に考えたら絶対に足絡まりますよね。
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