105.踏破者、侯爵家調査を完了する。
「まずいわね。やっぱり打ち合わせ終わったみたい。もう部屋を出る所よ。」
つまり、もう俺たちはこの部屋を出ることが出来ないという事だ。
出た瞬間廊下で鉢合わせすることになってしまう。
だが、このまま手を打たなければ侯爵がこの部屋に入ってきて結局は鉢合わせだ。
まだ犯罪行為に手を染めている証拠がない(証拠になりそうなファイルは複製しているが中身の検分まではできていない)ため、今この場で捕縛という訳にもいかない。
というか、今侯爵の側で騒動を起こすと取引のある闇組織が行方をくらませる可能性がある。
そちらの繋がりの全容を掴むまでは侯爵は泳がせておかなければならないのだ。
「窓の外は?」
俺がシファに尋ねるも首を横に振られる。
執務室の窓から外に出れば庭に居る巡回兵に見つかるリスクがある。
シファが首を横に振ったという事は巡回兵がそれを発見できる配置になっているという事だろう。
「この部屋の窓は開かない。」
違ったようだ。
確かに窓をよく見てもハンドルの様なものがない。
窓からの侵入者を警戒してか元々開かない設計になっているようだ。
「となると出入り口はここだけか。」
耳を澄ますとジルオールさんと侯爵と思われる人の話し声がする。
どうやら廊下で雑談しているようだ。
と思ったらその雑談も終わったようで、一人分の足音が近づいてくる。
「仕方ない。部屋の死角で待ち伏せて、シファの【強制睡眠】で眠らせて脱出しよう。」
シファが俺の提案に頷き、扉の影になる位置に移動する。俺もシファの後ろへ。
足音が段々と近づいてくる。
扉のすぐ横まで侯爵が来た。
かと思ったらそのままドアを通り過ぎて行ってしまった。
「ん?」
状況をよく呑み込めない俺。
「どうやらお手洗いみたいね。」
シファが【探索】で侯爵の向かった先を調べて教えてくれる。
「ラッキーだな。これも日ごろの行いが良いからだろう。今のうちに脱出するぞ。」
そう言って部屋を出る俺。
「日ごろの行いが良い…?」
頭上に疑問符を浮かべながらシファも続いて執務室を脱出する。
そのまま納品場所へ向かうと、ちょうど部屋の前でジルオールさんと案内役の私兵が分かれる所だった。
屋敷側へ帰ってくる私兵を物陰に隠れてやり過ごした後で納品場所へと入る。
先に納品場所に戻り、俺たちの姿がないことに焦っていただろうジルオールさんも安堵の表情を浮かべる。
いや、顔がうかがえないので安堵の表情を浮かべているだろう。だな。
では今回の潜入調査の総仕上げだ。
俺とジルオールさんはお互い頷き合うと、ジルオールさんから用意していた台詞を諳んじてもらう。
「ただいま戻りました。お待たせしてすみません。」
「そんな言うほど待ってないですよ。打ち合わせは滞りなく?」
「ええ、仕様の確認は済みました。非常に厳しい要求ですので実現性についてはこれから研究ですね。…ところで彼らは?」
「ああ、どうも寝不足だったみたいで、ジルオールさんを待っている間に寝ちゃったみたいですね。今起こします。」
そう言って俺は手刀で気絶させた私兵2人に気付けを行う。
「うう…。」
「あ、起きましたか。我々は依頼主が打ち合わせから戻ってきたんで帰りますね?」
「はっ!!い、いつの間に!!申し訳ありません!!お気をつけて!!」
私兵二人は自分たちが寝てしまっていたと思ったらしく、面白いように取り乱していた。
「お疲れのようですので今晩はゆっくい休まれた方が良いですよ?首元を温めるとよく眠れるそうです。…侯爵閣下には黙っておくようにしますね。」
俺の最後の台詞に戦慄する私兵2人。
そりゃ勤務中に居眠りなんてバレたら大目玉だろう。
彼らから居眠りの事が報告される心配はないという訳だ。
そして、仮に彼らが居眠りしたことがバレても、この部屋に設置された録音の魔道具からはあたかも俺たちがこの部屋に居て、ジルオールさんが帰ってくるのを待っていたかのように聞こえるよう会話している。
先に部屋に戻ってきていたジルオールさんから不自然な帰還報告をしてもらったのはそのためだ。
「では失礼します。」
こうして俺たちは潜入を露見させることなく侯爵邸を後にした。
研究所までの帰りの道すがら、ジルオールさんが尋ねてくる。
「首尾はいかがでしたか?」
「上々だな。詳しくは研究所へ戻ってからだが、研究所に依頼された魔道具の使い道に関する書類も手に入った。」
「本当ですか?ちなみにその使い道は…?」
「まぁ大方の予想通りだよ。国家転覆とか言う文字もあったな。」
「やはり…。完成させるわけにはいかなさそうですね。」
「まぁそのあたりは要検討だろうな。」
「ジークさんたちが調べてた闇組織とのつながりの方はどうでしたか?」
「それらしい影はありましたが…。『エマゴール商会』という組織に心当たりありますか?」
「エマゴール商会ですか!?」
「しっ。声が大きいです。」
「す、すみません。…エマゴール商会は王都西に拠点を置く小さい商会です。主に日用品を扱っており、孤児院のようなあまり裕福で無い施設にも格安で日用品の提供を行っている慈善的な商会との認識です。」
「なるほど。」
思いがけず出てきた孤児院と言う単語に裏のつながりが見え隠れしている。
これは本線を引き当てたかな?
俺は今後の行動について考え始めた。
アクシデントがあってもジークさんはそれを力で押さえつけれてしまうので緊張感が出てきませんね。もっと違う方面の危機が今後は必要になりそうな予感です。
もう少し読んでみてもいいと思っていただけましたら評価、ブックマークよろしくお願いします!!