102.踏破者、告白する。
脱衣所を経て浴室へ入り、真っすぐ洗い場へ。
脱衣所は時間をずらして使うように言ったので、今は一人だ。
俺は何を話すべきだろうかと思案する。
だが、うまくまとめられそうな気配はなかった。
そうこうしている内に浴室の扉が開き、シファが入ってくる。
今は俺の言う事を聞いていくれているようで、その体はバスタオルで覆われていた。
シファと入れ違いで洗い場を後にし浴槽へ。
一仕事終えた後の風呂って本当に気持ちいい。
そのまま寝入りそうになるが何とか堪える。
この間シファから話しかけてくることもなかったので、浴室は浴槽の湯が波打つ音と、シャワーの水が床で跳ねる音だけが響いている。
おそらくだが、シファも緊張しているのだろう。
俺から拒絶されるという事も十分に考えられるのだから…。
そうこうしている内にシファも体を洗い終わり浴槽の中へと入ってくる。
場所は俺の隣ではなく、少し離れた位置。
時計で言うと俺が12時の位置ならシファは3時の位置だ。
「さて、話を聞いていいのよね?」
シファの視線は真っすぐこちらへ向いていた。
俺もその視線から逃れることなく向き合う。
「ああ、多少なりとも情けない話なんで躊躇う所があるんだがな。」
「まず聞くわ。」
「ああ、…まず俺は自分の感情が良く分かっていないんだ。15になった時から人間扱いされなくなり、その時にいくつかの感情は失ったように思う。その後、【アビス】で長期間過ごしている間に強くなること以外の興味が大分失われたような気もする。まぁはっきり言うと、人を好きになるっていうことがどういうことが分かってないんだ。」
「うう。一部は私にも責任があるという事ね。」
「そう言うつもりは無いんだがな…。あそこで鍛えたお陰で今も生き延びれてはいるんだし。それに、普通なら15までに恋愛の一つや二つしてても良いと思うんだよな。俺の場合は武家で鍛錬に多くの時間が割かれていて女性と一緒にいる期間が極端に少なかったこともあるだろうな。一応許嫁はいたらしいけど、会ったこともない。」
「その情報は初耳だわ。」
「辺境伯家の嫡男だからな。生まれて間もないころには決まっているやつだ。俺は死んだことになってるし、今やその実家は取り潰しになっているから関係ないんだが…。」
「むむ。これは後々回収されるフラグと見たわ。やっぱり今のうちに既成事実を…。」
「その話は置いといて。で、俺がシファに抱いている感情についてだ。俺もしっかり向き合って考えてみたんだが、好意を持っているのは間違いない。」
「ほ、本当に?」
「ああ、容姿に惹かれているのは勿論だし、…まぁこれを言うと調子に乗られそうで怖いんだが…シファとくだらない掛け合いの話をしているのを楽しいと感じているのも確かだ。」
「ほ、ほう。計算通りね。」
「本当かよ…。ただ、ここで分からないのが、俺はシファの事が好きなのか、シファの体に欲情しているだけなのかが分からないんだ。最近は後者の様な気がしてならない…。」
「え?それって分けて考えなきゃダメなの?」
「え?」
「好きな人と一緒になりたいって自然な感情じゃないの?事が終わった後に捨てる気が無ければ好きってことでしょ。」
「え?そんな単純なの?」
「え?違うの?例えばレクシアとかに同じ感情持ってる?」
「ん?そう言われると…裸で迫ってくれば欲情はするだろうけど、シファへの感情とは少し違うような…。」
「ね?そう言う事じゃない?」
「………。」「………。」
「なんだ。私ちゃんと好かれていたのね。焦って損したわ。」
どうも俺が抱いていた感情は好きと言う感情なのだそうだ。
そう言われてしっくり来ている感じもする。
「まぁ確証が持てないんだったら、一度正面から付き合ってみてその感情の正体を確かめるって気持ちでもいいと思うよ。」
「…そうか。納得したよ。でもシファはいいのか?」
「ん? 何の話?」
「いや、俺の事が好きという訳ではないんじゃないかって話だ。」
「んー顔は妥協できるレベルね。」
「妥協言うなし。」
「性格は破綻しているし、こっちのいう事は聞かないし、そう言えば何回か死にそうな目にも合ってるわね。色んな女性に勘違いさせているのもポイント低いわ。」
「う。これまでぞんざいに扱ってきたことが見事に裏目に出ている…。女性の勘違いは知らんが…。それが誰の事かは知らんが女性側の問題じゃないのか!?ってちょっと待て!!性格が破綻しているってのはどういう意味だ!?」
「まぁでも、それでも一緒に居たいとは思うし、他の女性に取られたくないと思っているのも本当よ。好きと言う感情かは分からないけど、それを確かめるために付き合うでもいいと思うのよ。」
「そ、そうか。いまいちどこに惹かれる要素があったのかは分からない話だったが…、それでもいいなら、これから改めてよろしくな。」
「ええ。」
そう言ってシファは笑う。
不思議とこれまで見てきた笑顔のどれよりも柔らかく、澄んだ笑顔だった。
「今晩も一緒に寝ましょうね。」
俺に断る理由はもはや無かった。
はい、ここで残念?なお知らせですが、この夜の話はありません。
皆さんの想像にお任せします。
次回よりヴァン侯爵ルート再開です。
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