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第七話

林道はしんと静まり返っている。

レンガもリーシャも今回は姿を消さず、地上を自分の足で歩いていた。


時々聴こえる小鳥のさえずりや木々のざわめきは、どれも遠慮がちなものだった。


道が途絶えてからも二人は真っ直ぐ歩き続ける。

林業を営む者もここまでは来ないだろうという所まで来て、レンガは立ち止まる。



「木の種類が変わったな」



先程までは精々が樹高十メートル程度の物ばかりだったのに対し、獣道を歩き始めてから二人が目にする木は段々と背を伸ばしている。

葉や木の表面も異なっているため別種だと判断するのは難しいことではない。



「ここまでは特に変なところはありませんでしたが……」



リーシャが言葉尻を切ったその時、背の高い草むらが大きく揺れる。

襲ってくるものは何であれ大歓迎だった二人が遭遇したのは、赤茶色の蜥蜴だった。



「……こいつ、ドラゴンか」



子犬ほどの大きさの体躯に、は虫類を思わせる割れた瞳。

そして、薄く開く口内には小さな牙がびっしりと詰まっている。

二人を見て固まったその蜥蜴は、どうやらこの森の中では食物連鎖の下位に位置しているようだ。



「大丈夫ですよ。あなたが襲ってこない限り、私達があなたを襲うことはありません」



言葉を理解した訳ではないだろう。

しゃがんだリーシャに驚いた拍子に、赤茶色の蜥蜴は再び草むらの中へ消えていった。



「大人しいドラゴンもいるんですね」


「あのちび蜥蜴だって虫や鳥を食らってるはずだ。

弱いと見れば襲いかかるのは野生なら当然で、その逆も然りってだけだ」


「昨日の蛇達も、仲間が殺された時点で退けば、あるいは自分が死ぬことはなかったのかもしれませんね」



ゆっくりと歩き始めた二人は事も無さげにそう言い合う。

命を食らう必要が無い彼らにとって、殺すと言うことは倫理上の問題を孕む。

自分の命を守るため以外の理由で、人であれ、動物であれ、ドラゴンであれ、無闇やたらに奪う必要性は感じられない。


戦時中は常に死が付きまとっていた。

数多の奇襲、裏切り、謀略に晒され、殺す事こそが唯一の生きる道だった時代はもう無い。


命は軽く、死は安かれど、多少の慈悲は持ち合わせている二人だった。



「そろそろ深部のはずなんだがなあ」


「…………ふむ?」



先にその違和感を感じ取ったのはリーシャの方だった。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━




オーランの街に長く根差す一族、バラン家には抱えきれない秘密が存在している。

代によって内容の異なるそれは、どれも公然に晒される事なく保たれてきた。


現当主のガイウス・バランは危惧していた。


一つ暴かれれば、全てを晒すことになる。

ゆえに、積もり積もった秘匿の山は完璧に隠蔽されていなければならないと。




バラン家に、ひいてはガイウスに仕える老執事、ジズは主の命を遂行していた。


四等星以上のドラゴンハンターを見つけ出し、彼らにこれ以上のこの森でのドラゴン狩りをやめさせる事。

それが課せられた使命だ。


ジズは今、執事服のままに薄氷うすらいの森の深部手前に佇んでいる。


今朝、役所の協力も経て発布した令によって、四等星以上のドラゴンハンターをこの場所に召集することが出来るかについては、正直なところジズはあまり期待はしていない。


五十に及ぶ程レッサーバジリスクを狩る物好きならば、昨日の今日とて狩りに来てもおかしくはないだろう。

ただ、その者達が今朝街にいた保証も無い。


だが、この街やその周辺にいないのならば、それはそれでよかった。

主の願いはドラゴンの頭数の減少を防ぐ事であり、ドラゴンハンターとの揉め事など無いに越したことはない。


屋敷の手の者を街の至る出入り口に遣わせ、不正資格者の捜査という名目でドラゴンハンターにはライセンスの提示を義務付けた為、もしこの場所に来ていなくとも、あちらで対処する術は用意してある。


後は今日この日をじっと耐えるのみだった。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━




「人が通った跡がありますね」



少しだけ声を潜めたリーシャに応じるように、レンガは『光の魔法』により二人の姿を隠す。

別に見られて困ることをしている訳ではないが。



「あー……。そういや朝配られてた紙に森の深部がどうたらって書いてあったな。

しかし、あの蛇のドラゴンなんて全然見ねえが」


「異常繁殖、と書いてありましたが……、特に森が荒れている感じはしませんね」


「あれって配ってたのは役場の人間だよなあ。

どうなってんだ、あの街は」



草を脛でかき分け進む二人は、段々と木々の間隔が拡がっている事を見すがめつつも、警戒する事無く進む。



「おっ」



レンガが小さく声をあげた瞬間、決して小さくない風圧が森を襲う。

それ自体には威力も目的も感じられなかったが、レンガは鞄に手を突っ込み明らかに鞄より長く大きい杖を一本取り出し、リーシャは両手を開き息を殺している。



(魔法の衝突だ。百メートルも先でドンパチやってる)


(魔法を使えるドラゴンがいるのかは不明ですが、おそらく人同士のいさかいでしょうか)



レンガは半安座━━━足を組まない胡座の姿勢━━━で目を瞑り、"魔法ではない"その力の行使に意識を向ける。



「あー……視た感じ小競り合いだな。


……………それと、いるな。ドラゴン。それもそこそこだ」


「ほう」



二人は争いの渦中へ姿を息を殺したまま踏み込む。

まるでそこに在るのが当然だとでも言うように。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━




ジズの目論み通り、四等星のドラゴンハンターはこの場所に来ていた。


大剣を背負い軽鎧に身を包む筋骨隆々な赤毛の男、同じく軽鎧ながら短い杖を握るローブを目深に被る男、そして短剣を携えた頬にそばかすを浮かべる少女の三人が、今ジズの前で敵意を露にしていた。





五分ほど前、邂逅した三人と一人は、会話をする余裕があった。



「ですから、虚偽の情報の流布についてはこちらに非があることは十分理解しております。

この額では不満でしたか?」


「金の問題じゃねえ。俺らはどうしてもレッサーバジリスクの鱗が大量に必要なんだよ。

それを持ち上げて落とす様な真似しやがって」


「なぜ狩ってはならないのか、の説明も無しに金だけ受け取って引き下がれとは無理があります」



二人の男が啖呵を切り、それに同意するような視線をそばかすの少女がジズに向ける。


彼らの言わんとすることはわかる。

無理な願いを頼み込む為にそれなりの金額は用意しているが、それでも足りないというならば仕方がない。


殺しはしない。

ドラゴンハンター、それも四等星以上ともなれば非常に貴重な存在だ。

多少痛い目を見てもらい、金を押し付けて黙らせよう。


そう考え、ジズは戦闘体制に入った。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━




口汚く罵る男の声、甲高い少女の声、それらが、保たれていた森の静寂を打ち破らんとしている。


レンガは姿を消したまま彼らの戦闘を眺めていた。



(なるほど、150年の間で多少は進歩している……。

こんな一般人みたいな奴等でもそこそこ速く展開出来るほど魔方陣が簡略化されるとは)



三体一という状況ながら、老執事は善戦していた。

突っ込んでくる大男を捌きながら、後衛の二人の男女の魔法を回避しつつ上手く牽制している。

身体能力もさることながら、その技量の高さは曲芸の様な見映えさえする。



(ねえ、レンガさん)


(ん?)



そっと耳打ちするリーシャの姿は魔法により隠蔽されているため、視覚以外で認識するしかない。


この妙な状況に思うところあるのだろうか。




(混ざってきていいですか)


(いいわけねえだろ)




━━━━━━━━━━━━━━━━━━




そばかすの少女、ウーラは複雑な心境のなか魔法を放っていた。


王都で受注した依頼の都合により、三人はこの地方を訪れていた。

大量の装飾品を仕立てる為にレッサーバジリスクの鱗を必要としている、その安価さと出来映えのバランスから王都でも人気のある大商店からの依頼である。


四等星のドラゴンハンターである三人は、数年前に王都でたまたま仕事を共にして意気投合した結果、三人ながら『猟団』を組むまでに至った。


複数人のドラゴンハンターによって結成される『猟団』。

かつては敬遠されていた単身では達成困難な依頼の数々は、この猟団の誕生により随分と達成率が上がっていた。


企業や国からの依頼はそういったものが多かったため、『狩竜協会』が公認した猟団は仕事があちら側から舞い込んでくる状況にまである。

その名が売れ、人材も豊富な猟団ともなれば斡旋される依頼も多種多様であり、実力さえあればある程度の稼ぎは約束されている程だ。


逆に、何度も依頼の失敗が続いたりすれば当然悪名が広まり、王都の様な耳の早い場所では仕事はほとんど無くなってしまう。

比較的大口と言っていい今回の仕事は、絶対に成功させなければならないものだった。


着いて初日になんとか三匹狩ることが出来たが、それ以降はあまり芳しくない。

そこに来て今朝の報せは、まさに天から降ってきた宝そのものだった。


それがなぜ、こんな事になっているのだろうか。



「くそっ! この爺、随分と戦い慣れてやがる」



苛立ちを隠さず悪態をつく同僚であり仲間の巨漢、バルドは得意な対人戦、それも自分達二人の後方支援があるにも関わらず苦戦している。

老執事の攻撃を防いではいるが、その身体には着実に負傷が募りつつあるはずだ。


自分達の魔法もろくに当たらず、ウーラは歯噛みする。


こんな事をしている場合ではないのに。



「……え?」



ふと、どこかで声が聞こえたような気がして、ウーラは一瞬手を止めてしまう。


誰かいるのか。


辺りを見回そうとして、彼女はそれに気が付く。

戦闘の余波によって木々は薙ぎ倒され、今この場所は比較的開けた場所となっている。


自分達が立つ地点から右手側十メートル先の地面の盛り上がりは、違和感では済まされないほど大きく膨らみ、やがてその存在を隠しきれず露出する。



「おい、何やってんだウー…………ラ……?」


「……なっ、こいつは!?」



その場にいた四人は皆同じ方向を見て、同じ様に驚愕に顔を染める。

辺りに大量の土を撒き散らして地面から飛び出したその巨躯は、着地と同時に地面を大きく揺らすほどの質量の塊。



「ムーンバール……ですと………?

なぜ、こんな場所に……」



猛攻に晒されながらも涼しい顔をしていたジズすらも目を見開いてしまう。


発達した後ろ足は折り畳まれ、三角形の頭部には人の頭程の大きさの目が二つ、爛々と輝いている。

伏せるような姿勢で前足は置かれ、丸い身体をなんかとか支えているようだった。


なにより、一般的な成人男性よりも背が高く無骨なバルドですら見上げなければならない程の大きさ。


この場で戦っていた者達はこの巨体が何なのかをよく知っていた。

そして、戦ってはいけないということも。



「なんだ、化け蛙じゃねえか」


「これもドラゴンなんですね。驚きました」



ぶっきらぼうな男の声に、鈴を転がす様な女の声。

今度はウーラの左側から、一組の男女が現れる。


金の瞳、赤と黒が混じる髪、異国の服の上にローブを羽織り、いかにも魔法使い然とした格好の男。


赤い瞳、ストレートの金髪を揺らし、黒を基調としたバトルドレスに身を包む容姿端麗な女。




ウーラは二人を見て、とても静かな人達だと、場違いながら感じていた。

纏う空気が完全に凪いでいる。

世界に存在しているのではなく、世界そのものの様な。

そんな気さえしてくる。



「あー、あんたらには用は無いんだ。邪魔して悪かった」


「失礼します」


「…………っ! バカ、離れろあんたら!

こいつは………!!」



バルドが叫ぶと同時に、空中に無数の魔方陣が展開され、空気が爆ぜた。

魔法を放ったのは、ジズでも、ウーラ達でも、ましてやレンガでもない。



「こいつはあのムーンバールだぞ!?

さっさと逃げろ!

おい、ウーラ!バンクウ!俺らも行くぞ!」



回避するのと同時にバルドが叫び、走り出す。

魔法を放ったのは、巨体を揺らす蛙の姿をしたドラゴンだった。

その瞳は絶え間なく動き回り、獲物と定めた"四人"に対して攻撃を始める。





散り散りになって木々を縫いつつ逃げる四人を追跡しようとして、ムーンバールと呼ばれたそのドラゴンは、本能から攻撃の手を止める。



準二等星級ドラゴン、ムーンバールは体高五メートル前後ある巨大な蛙の姿をしている。

普段は土の中で眠り、地上を歩くものを強襲して丸飲みにするというその性質上、出現地帯は基本的に閉鎖、隔離され、普通の人間が目にすることはまず無い。


高位のドラゴンが魔法を使うことはそう珍しくないが、このドラゴンは特にその中でも魔法を得意とする部類であり、討伐目安等級である二等星のドラゴンハンターですら狩猟には準備を怠ることはない。

四等星のバルド達が逃亡一手だったのも仕方の無い事だった。





"とある理由"でこの場所に引き寄せられたこのムーンバールの個体は、自らの背に向けられた視線を感じていた。

だが、不躾なそれに対して激昂して襲いかかるような真似はしない。

それどころか、警戒する素振りすらも見せない。



「侮られているのでしょうか」


「知らんが。しかし、あの威力をあの数と規模で放てるとは、面白い蛙だな。

ペットにいいかもしれん」


「懐くんでしょうか」


「懐かれたらそれはそれで嫌かもな……」



ムーンバールは知っていた。

多くの生物を蹂躙出来る自分でも敵わない存在が稀にいるということを。

思考する事なく、本能だけで理解していた。


大地に挑む者がいないように、空に吼える者がいないように。

自身が強大な力を持つがゆえに、そのドラゴンは二人を自然そのものとして認識していた。

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