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第五十四話

商人の子として産まれたミハエラ・ハーミットは、幼い頃より目覚ましい才覚を発揮する神童であった。

何をするにも一度見れば理解でき、その発言には同輩の誰もが背を追い、大人は皆その未来に期待の花を咲かせていた。


天賦の才を妬む者は、彼を人の心を知らぬ怪物だと謗った。

自らの努力に応えられなかった平凡な者は、彼を苦労を知らぬ獣だと嘲った。


その全てが間違いであるということは、ハーミット本人が理解していた。


人の心など、嫌と言う程理解出来た。

何を望み、何を与えれば従えられるのか。

血の滲む努力など人に見せて気分の良いものではない。

だが、ハーミットはそんな哀れな彼らにも隔て無く接した。

力持つ者の振る舞いを忘れることはない。


だから、例え実家に火を放たれても、男手一つで自分を育てた父親が病に伏せっても。

ハーミットはその歩みを止めなかった。

人間とはこういう生き物だと、誰よりも理解していたから。

付け入る隙を与えた愚かな自分だけをひたすら憎む日々。


国習院を卒業し、軍警省の職員となった頃。

父親が死に、それを見計らったように自分の母親と名乗る人物が現れた。


くだらない。

何もかもが。


力を持てば、持つだけ奪われる世界。

神などどこにも居はしない。


ならば造るしかないだろう。


哀れで愚鈍な人間未満の猿を盲従させる神の器。

王たる振る舞いなど、もはやどうでもよかった。

いつも足元に転がっている死体は、獣である。

犠牲など痛痒にも過ぎない戯れ言だ。


気付けば権勢の多くがその手にはあったが、ハーミットは未だ満たされない。

そんな折に、神徒を見てしまった。


力の結晶と言える絶対に、彼は惹かれた。

これならば、神になり得る。

愚衆を束ねられる。


かくして軍王と呼ばれるに至り、彼は今もなおその道を歩む。

手段が目的に代わり、それすらも何かを満たす代替となって、歩き始めた理由も忘れ一人屍の上を歩く。




・・・




「ヴラド様!? この者はまさか…!」



薄汚い獣がよく騒いでいる。

なんと気分の良いことか。



「………………此度の遠征は、ここまでか」



その顔が見たかったのだ、アイゼン・ヴラド。

征服卿たる貴様が足を挫き、膝を折る。

それに勝る屈辱などありはしまい。



「今すぐジルヴラド公だけでも撤退を……!!」


「……いや、遅いな。まさかあれ程とは」



そうだ。自慢の竜魔兵が虫の如く落ちる様。

それこそが裁きであろう。

凍えて朽ちるか、勇み死ぬか。

その身で選ぶのだ




・・・




「……こんなものが、魔法だと?」



かびの回った老害には、不貞腐れたその顔がよく似合う。

なんとも快き日かな。

竜学者などという税を貪るしか能の無い陰隠かげこもり共の"代理"長殿にはお似合いの失落具合よ。



「……総長への出征依頼はこれが狙いか」



口惜しむその態度から悔しさが滲み出ているぞ、ガスケット・レバン。

翡翠の姫頼りの貴様らに何も出来ることなどありはしないのだ。

老いは潰えよ、さらばだ智者よ。




・・・




占寡されたエスベルグの街、我が同胞市民も穢れた魔族の手に落ちるより、よほど名誉な最期を迎えたであろう。

彼らの道に祝福を。願わくば神の慈悲を。


そして諸君らの糧力によって産まれ出でた神の使いの姿を天から見ていてくれたまえ。

あの剛角を、大翼を。

全てを散らす、竜の魔法を。

あれこそ我らバレンディアの新たなる剣。

五万という犠牲は百万の命をもって償わせるのだ。



「ハーミット様!グリアノス様より、殲滅が完了したとことです!」



素晴らしい!



「ハーミット様!皇太子殿下から、八剣鳥王褒章の叙勲の打診が!」



我が身に余る光栄だ!



「ハーミット様!」


「ハーミット様!」


「ハーミット様!」




・・・




重なる声がハーミットの思考を蕩かす。

どこかで鳴る鐘の音が段々と近づき、恍惚の最中を邪魔立てする。

なんの音だと言うのか。

だが、これは随分と聴き慣れたものだった。

そう、正午を告げる大鐘楼塔の鐘だ。



耳元から歓声と称賛が遠退き、背筋をぬるい何かが這う。


──


私はミハエラ・ハーミットだ。

卑劣なる魔族軍をその知略と携えた神徒の力で一蹴した軍王だ。


───


身体が浮いているのか?

いや、そもそも


────


私はどこに立っている?



─────




・・・




バレンディア王国軍作戦指揮施設、人類砦。

大参謀室。



「………………………………」



ミハエラ・ハーミットは見慣れた自室で立ち尽くしていた。

贅を凝らした調度品も、ささやかな酒瓶も、大張りのガラス窓から眺める王都の景観も。

全てが知ったものだ。


正午を告げる鐘が鳴っている。

これもそう、聴き飽きる程に馴染んだものだ。

だが、愛の魔法による最終作戦は正午を過ぎてから開始した筈だった。

高みから王都を見れば、火の手は上がっておらず、人はドラゴンに変わることなく、空には産まれた筈の神徒の姿も無い。

まるで時が巻き戻ったかのように。



「…………あれが、………………夢だとでも、言うのか…………!」



くらつき白黒に明滅する世界の中で、ハーミットは我が身を疑う。

黒い渦を巻く何かが頭をよぎる中、思考の整理に全てを注ぐほか無かった。




・・・




一人の夢は夢でしかない。

十人の夢は可能性だ。

百人の夢は予感かもしれない。

千人の夢は予兆のようだ。

万人の夢は予言だろう。

より多ければ、それは未来だ。



「お疲れ、メルク」



ホシドリの雪が静かに降る真昼。

大鐘楼塔の上から見下ろす王都は、人で溢れ、声で賑わい、そして平穏そのものだった。

レンガは宙にあぐらをかいたまま、手のひらに乗せた黒い蝸牛を労う。


人の夢を覗き見る魔法。

それはレンガ・ヴェスペリアではなく、夕病ゆうやみ恋餓れんがであった頃の世界で神秘に近付くために造られた奇蹟の副産物であった。


黒渦のドラゴン。

もとい蝸牛のメルク。

人の強い願望を現実にする、神にも劣らぬ超魔法を持つ辺境の竜。

だがその力は長い時をとある夢の主の幻想の再現に使われていたためか、魔力は底をつき満足に行使することは叶わない。


だが、この王都グリアノスに辿り着いた時、メルクは夢と大望を強く感じていた。

奇妙なことにそれはまるで繋がっているかのように、"核たる人物"を中心に枝葉の先に小さな夢を見た。

ゆえに僅かに残る魔力を使い、最も強い望みを持つ者に夢を見せた。

現実を侵食することはない。

本人の望む夢を見せるだけだ。



「満足げですね」


「人に夢を見せたがる蝸牛か。

案外そこら中にいるもんで、力を溜め込みすぎると現実の改変にまで至るとかか?」


「では普段人々が見る夢は蝸牛の魔法だと」


「そう考えた方が面白いな」



そんな筈は無い、そう笑いつつも全てが嘘だとは思わない。



「さて、ミハエラ・ハーミットだ。

とんでもないことを企むもんだ」


「覗き見ていればやはり主観的な部分もありましたが、それ以上に現実味がありましたね」


「見てる景色が人より細やかなのか。卓越した洞察力と観察力によるものか。

何にせよかなりの大物には違いない」



ミハエラ・ハーミットの計画は完成していた。


大鷲の猟団団長ランベル・ジルスターの暗躍により、カシウスと魔族の内通を把握。

エスベルグの街を空け渡し、魔族の仕業と見せかけ爆破、のち消滅。

愛の魔法によりその魔素と想量を吸収し、王都市民の平行感情に竜害の恐怖を共通させる。

産まれた第七神徒の力により空の竜魔兵を駆逐。

のち、占領したエスベルグを足掛かりに侵攻を企てていた魔族軍が街の爆破消滅に混乱する中、一部の精鋭と秘軍である第三から第六神徒、それに第七神徒を旗印に掲げ逆侵攻。


王都内の厄介者は数多の根回しにより排除した。

竜呼びの陣にて、空より来たるアザレの群れによる街の被害も最小限に留められる。


それは運命であり、確定した筈の未来である。

人の身によって変えることなど、出来るわけがない。



「さてと。これから大勢が死ぬ。

何でも壊れるし、戻ってくることはない」


「戦ですから」



だが、もし運命をねじ曲げようとする者がいたとして。

それが人ならぬ身であったならば。




「全面戦争が始まれば誰も彼も寝る暇もねえ。

そんなんじゃ、夢だって見られねえ」


「じゃあどうしますか?」



悪戯っぽく笑うリーシャ、答えなどとうに決まっているかのようだった。

共に天を戴く者と同じ思いとわかれば、レンガもまた子供のように笑う。


破滅なんて勝手にすればいい。

殺戮なんてどこかで起きていればいい。


ただ、寝覚めの悪い夢は勘弁だ。




「ぶっ壊すか。悪夢」


「ええ」




魔神と剣神からすれば。

運命など、知ったことではなかった。




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