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第五十一話

人がドラゴンに変わる。

そんな地獄の有り様を恍惚とした表情で見守るハーミット。


ここはバレンディア王国軍作戦指揮施設、人類砦『式礼庭園』。

中三階に設けられた市街を望む大テラスであり、その名の通り竜学者の就成式や目覚ましい活躍をしたドラゴンハンターの表彰などの際に使用される場所である。


彼はそんな場所で吹き抜ける風に身を晒している。

当然、誰を祝うわけでもない。

だがその気分と言えばとても晴れやかで、暗雲渦巻く空とは対照的に清々しいものだった。



「ヴラドもそら恐ろしい魔法を造り出したものだ。

ホシドリの花粉を触媒にした広域における竜化の魔法。

都市攻撃における中枢機能の破壊、そして植え付けられる恐怖。

どれをとっても一級品だ」



淡々と読み上げるその顔には恐れなど微塵も無い。

白々しささえ感じるハーミットの演説を、黙して聴く者はこの場に三人。


中央調査隊『懺悔室』より、『名奪兵』が二人。

罪人ながらその類い稀な腕を買われた者は名奪兵と呼ばれ、その素性の一切を奪われ国に忠誠を立てることを対価につかの間の自由を得ることが出来る。

その手腕もさることながら、邪道を知り尽くす彼らは裏の世界での治安維持に大きく貢献していた。


黒い装束に黒い目隠し。

この場合隠されているのは彼らの視界ではなくその両の眼だ。

肩幅より少し広く足を広げ立ち、街を眺めるハーミットの後ろにて同じ方向に身体を向ける。

その手には魔法的拘束、首には反逆防止の『血盟の首輪』。

一卵性の双子の如く、仕草かたちを揃えられた二人。



「そうは思わないか、カシウス」



名奪兵二人に挟まれる格好で膝をつく男。

片腕は斬り落とされ申し訳程度の止血をされ、反対側の肩は外され膝は折られている。

白く長い髪は血で汚れ、真白かった服と同様に無惨な赤に染められている。


朦朧とした意識のままハーミットの言葉に反応するが、一等星のドラゴンハンター、カシウスにはそれ以上のアクションは起こせなかった。



「貴様も悪くはなかった。表に出ない私を殺す機会など今日この日でもなければ一生来ないのだ。

薄ら汚れた魔族と手を組み喉元まで迫ったその矜持だけは認めよう」



それは傲り。

あるいは油断であり、憐れみですらあった。


バレンディア王国の最高戦力の一人に数えられる一等星のドラゴンハンター、『滅魔のカシウス』。

幼い時分に両親と妹を魔族に殺され、竜狩りの傍ら対魔族の切り札としてしばしば戦場に駆り出されていた。

一騎当千を欲しいままに、水銀の魔法という非常に希少かつ対人対物対ドラゴンに優れた固有の魔法を行使する彼は、人類の英雄であり、魔族の怨敵であった。



「だが、人を見る眼は無かったな。

いや、この場合はヤツの擬態を褒めるべきか」


「…………ラ、ンベ……」


「そうだ。大鷲の猟団団長ランベル・ジルスター。

貴様が懇意にしていたようだが、あれは最初から私の手駒だ」



カシウスに向き直らず、ハーミットはあっけらかんと事実だけを語る。



「捨て犬とて鼻と牙は持ち得る。

迷宮の正体も、貴様らの企みも、更には魔族どもの手札も随分と嗅ぎ回ってくれたものだ」



十歳の頃、王都北部に位置する高原の小さな村でカシウス任務で赴いていた中央調査隊にその力を見初められ、グリアノスの国習院に特別資格者として招待された。

同世代の中でも群を抜いていたその能力と、他者を率いるそのカリスマから、当時の中央省はカシウスをいたく気に入っていた。

あまつさえ、手元に置ければと色を出す程に。


だが、肝心のカシウス本人は戦いに身を置くことを嫌い、学ぶべきことを学んだ後には竜狩りとして身を立て、故郷の両親と妹に楽をさせることに魔法の意義を見出だしていた。

それとなく行われた勧誘は幾度と無く断られ、お偉方の不満は段々と募っていくばかりだった。


そんな折、魔族事変と呼ばれ事件が起こる。

北方の村が魔族の一団に襲われた、という内容だ。

当時は人間と魔族間の衝突はごく稀であり、それだけにこの事件は人々の心に暗い影を落とした。


初めその事件の仔細な内容を聞いた時。

カシウスは天地が揺らいだのを感じた。

村の名前。当然知っていた。

犠牲者の名前。これもほぼ全員が既知だった。

お悔やみ申し上げますと、それだけ述べた中央調査隊の隊員の顔には何の色も無かった。



「用心深い貴様とて、旧き仲ならば油断もしよう。

ヤツも残念がっていたよ」



絶望に閉ざされたカシウスに声をかけたのが、当時十五歳だった竜学者の卵、ランベル・ジルスター。

やがて王都きっての竜狩りの集い、大鷲の猟団の団長となる男だった。

共にドラゴンを狩り、魔を滅する。そう二人で誓いをたて、カシウスは魔族殺しと呼ばれるに至る。



「ただ、まあ自力で辿り着いたことはやはり褒めておかねばなるまい。

私とて、歳を取ってなお詰めに甘さが残るのはもはや性分だな」



事件から十年と少しが経ち、カシウスの心にも幾ばくの落ち着きが生まれた頃。

魔族に蹂躙された故郷に足を運んだ際に、妙な違和感を覚えた。

当時の惨劇をそのまま色濃く残す廃村。

若い身とて常人の何倍も濃密な経験を積んだ今ならばわかる。

僅かに残る魔素の残滓。破壊の痕から読み取る痕跡。


"これは魔族の魔法ではない"


雷に打たれた錯覚を覚える。

手が、足が震え、得体の知れない感情がカシウスを支配していた。

そんな筈がない。そう心に言い聞かせながらも、残る他の痕跡を調べあげ、やがて一つの結論に至る。



「村民が五十にも満たない小さな村の犠牲で、王都周辺の塵掃除と汚れた魔族どもの駆逐が成し得たのだ。

人類の為とあらば、貴様の身内も女神の元で諸手を上げて喜んでいるだろう」


「…………………き、さま……!」



中央調査隊の自作自演。

考えてみれば筋の通った話ではある。

一等星のドラゴンハンターとなり、今までは手の届かなかった情報を調べあげれば、中央入りを拒んだ自分を何とか引き留めたい上層部にとある人物が進言したとの話が旧上層部の隠居老人達との茶会で判明した。

それが、当時表裏問わず破竹の勢いで成果を上げ続け、いつしか軍王と呼ばれるまでになっていたミハエラ・ハーミットだった。



「無様なものだ。一等星ともあろう者が芋虫の如く地を這うなど」



これ見よがしにため息をつくハーミットに、カシウスは何をすることも出来ない。


空に舞う魔族の騎兵に湧き立つ王都グリアノス。

風光明媚を謳う文化区からは火の手は上がり、生活の基盤である街区はドラゴンで溢れている。


だが、奇妙なのは降り立つドラゴンの場所の偏りだった。

まるで人の多い場所にのみ吸い寄せられているかのように。



「人々は思い出したのだ、竜の恐怖を。

それは何も、襲撃に喘ぐ親愛なる王都市民だけではない。

魔族とてそうだ。振るった筈の力がかくも恐ろしき物だと知っている」


「…………まさか、………!?」



カシウスのささやかな抵抗は名奪兵に肩を踏みつけられ阻止される。


バレンディア随一の広さを誇る王都グリアノス。それを多い尽くす程の規模の魔方陣が地中より浮かび上がる。

魔族の斥候たるエィムらが打ち込んだ『奇蹟の杭』は、遥か上空の竜化の魔方陣と呼応し王都を混乱に陥れているが、それとはまた異なる紋様が現れていた。



「さあ、盛り上げてくれたまえ」



両手を大きく広げ高らかに宣言する。

誰にと言えば、それは今なお死絶の渦中にある王都市民にであり、それを蹂躙する魔族にであり、そして天上に住まう女神にでもあった。


現れた紋様の中心はここ、王国軍作戦指揮施設、人類砦『式礼庭園』。

全てを嗤い、立つのは軍王ミハエラ・ハーミット。




「『愛の魔法』を発動せよ」





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