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第五十話

魔族の若き兵士エィム・アルヴラドは困惑していた。

作戦は見事に成功した。


『竜化の魔法』

己の身を強大なドラゴンへと変え、敵を滅殺する。

かねてより魔族領で盛んに開発競争が行われていたそれは、しかしどれだけ優れた魔法研究者であっても最後にはとある問題に直面していた。

『自我の崩壊』である。

彼検体となった罪人は魔法耐性に関係無く、そのことごとくが意識を喪失し、最後には叫びながら処分された。


これでは使い物にならない。

諦めの色濃く中止を視野にいれた魔族の中で、北南、あるいは南北同盟と呼ばれる手を結ぶ二領間で、とある意見が採択された。


『これを敵に使ってみてはどうだろう?』


誰にともなく、怖気が走った。

人道など鼻で笑う前線の軍関係者ですら、ひきつった笑いを返すので精一杯だった。


平和そのものと言った暮らし。

ドラゴンはそれを狩る者の手によって遠ざけられ、人々が目にするのはせいぜいが加工された爪や牙というのが人間界でも魔族領でも同認識だ。

そんな時街中でドラゴンが現れたら、人はどうするのか?

当然対処するだろう。殺してしまえば終わりだ。


ならば全うに生き、笑い、隣人を愛する彼、彼女が、突然ドラゴンに変わったら?



エィムは身震いをしていた。

道徳的な戦争などある筈が無い。

残酷で、慈悲が無く、救いは無い。

それが当たり前だ。

そして、人間はそれだけのことをしてきたのだ。

当然の報いだろう。

そう強く自分に言い聞かせ、思考を戻す。


何かがおかしい。

それは作戦の成否に対する不安の類いというものではなかった。

むしろその逆。


"当初想定していたよりも竜化する人間が僅かに多い"ということ。


さすがに精鋭揃いの王都だけあって、人間側のドラゴンの対処は想定よりも早く、的確に完了している。

ゆえに竜化する個体が多いというのは決してマイナスに働く要素ではないのだ。


おそらくこの竜化の大魔法を平行発動している高位魔法官が調整を図ったのだろう。

だからこの胸騒ぎも、きっと逸る気持ちの表れだ。



「……もうすぐだ。もう、俺達は凍えずに……、誰も苦しまずに済むんだ」



ドラゴンと魔族の二重侵攻。

更には最も魔族領に近い人類側の街である『エスベルグ』も制圧が完了している。

空、そして内外の三方向からの挟撃だ。

如何に堅牢な王都グリアノスと言えど防ぐのは容易ではない。


勝利を確信すればするほど、しかしエィムの鼓動は不思議と速くなる。


何を恐れている?

"顔も知らぬ"軍王、ミハエラ・ハーミットを?


冗談じゃない。

あの"憎たらしく肥えた豚のような"男を恐れるなど。


だが、

"あれほど緻密で恐ろしい企みを抱えており"、

"なおかつ我々はそれに気付いていない"

ともなれば、自分の心拍が不安定なのも納得がいく。




「……正午を告げる鐘、か」



この運命に狂いは無い。

決まりきった役割を皆が演じるように、淡々と世界は進行していく。

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