第五話
「魔族とは、魔法に長けた一族である」
語るはレンガ。
聞くはリーシャ。
そこそこ値の張る宿の一室を取った二人は、役場から宿へ向かう途中に購入した数冊の本を読んでいた。
月は高く、開けた窓から見える外の夜道は静まり返っている。
「肌は浅黒く、耳は悪魔のように長い」
「強さは?」
「書いてません。会ってのお楽しみにしとけ」
樫で出来た椅子に腰掛け、窓を脇に語るレンガ。
祭りの影響もあってか、一人用のこの部屋しか空いておらず、二人は少しだけ狭い室内でこうして知見を深めていた。
ベッドは一つ。枕も一つ。
受付で一人用の部屋に二人で泊まると言った時は、下世話な視線を一瞬向けられたが、もはや二人が動じることはない。
150年。
歴史とすら言えるその年月は、二人の関係を恋人や夫婦等と言ったものとはまた別次元のものにしていた。
これしきで恥じらう心など、百年前に失っている。
「魔族は主に大陸の北側に住んでおり、あまり人類と友好とは言えない、らしい」
「争っている、という訳でもないのですね」
「ああ。昼間拾った新聞に書いてあった王国と魔族のあれはただの小競り合いらしい。
表だって戦争に発展した事は一度も無い」
ベッドに姿勢よく正座しているリーシャは、顎に手をあて自分なりに噛み砕いているのか。
どうせその頭の中は戦いの事ばかりだろう、そう考え薄く笑ったレンガは、買ってきた少し厚い歴史書の次のページをめくる。
魔族についてはもはや人々の常識にすらなっているのか、一から詳しい成り立ちを説明している物は無く、レンガが自分なりに意訳してリーシャに説明していた。
「奇妙なのは、魔族とやらが何百年も前の時代からいたとされてる事だな」
「まあ、私もレンガさんも狭い地域で戦争をしていたから、とすれば理由もつきそうですが。
それにしてもその存在の一切を知らないとなると、やはりその魔族はこの150年の間に発生した、と考えるのが妥当ではないでしょうか」
レンガの意見もおおむねその通りだった。
しかし、たかが一世記と半分で新しい種族が生まれることなどあるのだろうか。
人為的に作られたのならば説明がつかなくもないが、当時どころか今ですらそんな技術は無いはずだ。
……………。
「やめだ、やめ。
会ってから考える。会えないならいないのと一緒だ」
「レンガさん、次はこれ、読んでほしいです」
自分で読め。
そう思ったレンガだったが、こうして同じ知識を持ち、同じ様に知識の欠けている相手と論じながら進めるのは、あながち悪いことではないのかもしれない。
仕方無しに手渡された本の表紙を見れば、
「『地下迷宮の全て。~一から十まで全部見せちゃいます~』」
「はい」
真面目に表紙を呼んだレンガを流し、続きを促すリーシャ。
少し不服そうにしながらも、レンガは目次を飛ばして最初の項目を読み上げる。
「地下迷宮とは、その名の通り、地下にある迷宮である。
稀少な鉱石や、地上には存在しない魔物と呼ばれる魔素で出来た化物が徘徊しており、危険ながら魅力溢れる場所である」
「ほう、魔物」
「…………。
今回筆者が紹介するのは、バレシア沼地にある『バレシアの地下迷宮』です。
王都から最も近い地下迷宮という事もあって、日夜ドラゴンハンターや冒険者が詰めかけている、今最もアツい場所です」
地下迷宮は複数存在し、名前はその地域から取られる。
そこまでは読み取れるが、
「随分と大人数が入ることが出来るようですね」
レンガの疑問、というか意外だと思った点はリーシャと共通していた。
少しだけ考え、やがてめくった次のページに答えはあった。
「その広大さと、迷宮と呼ぶに相応しい入り組んだ地形により、『バレシアの地下迷宮』では、侵入の際に制限は設けていない、そうだ。
いくつもの階層を経て、やがて深部に到達すれば、無限の宝が待っている、らしい」
「らしい?」
「『ちなみに筆者が協力を依頼したドラゴンハンターでは、十ある階層のうち六までが限界だそうだ。
これを手に取っている君、後は自分の目で確かめてみろ!』
だ、そうだ」
白けた目でレンガを見つめるリーシャ。
まあ、全容がわかってしまっては面白味に欠けるが。
しかし、一から十までというタイトルはやめた方がよかったのでは。
「今後この方の本を購入するのは控えましょう」
「……だな」
残る本は一冊。
本当は不明大陸なるものについて知りたかったのだが、あいにくこの街の本屋で見つけることは出来なかった。
その代わりに選んだのは、一冊の古びた絵本。
「一緒に見ましょう、レンガさん」
硬めの表紙に他と比べて大きな寸法のページ。
少し値が張ったが、貰った金を使い果たす程ではない。
レンガは椅子から立ち、リーシャに並ぶ様にベッドに腰掛ける。
「千年に一度、星降る夜に咲く花」
それは、諸国を廻ったとされる詩人の描いた絵本。
「街を食らう大竜巻ですって」
「迷惑な奴もいるもんだな」
「石で出来た山より大きな巨人……。
斬りがいがありそうです」
「山崩しか……。
こういう奴って大抵魔法が効かないとか抜かしやがるんだよなあ」
「剣も届かなかったらどうしましょう。
素手で殴りますか」
「逃げる選択肢はねえのかよ」
ひねくれた者ならば、痛々しい妄想の類いだと笑う様な内容の神代のお伽噺でも、空に手が届く者達からしてみれば、いつか訪れる未来の話。
人の尺度で計る必要は無い。
「ドラゴンの中にも階級があって、力を持った貴族がそれぞれの地方を支配してたりする、というのはちょっと面白いですね」
「蜥蜴も封建制度に敷かれる時代か。世知辛いな」
「私達が解放してあげましょう」
「いらんことするな」
「━━━━━━」
「━━━━」
「━━」
古本を片手にああでもないこうでもないと話す二人を、気付けば朝日が照らしている。
二人はついぞ気付くことはなかった。
やたらに堅い材質のその表紙には、この大陸に存在し得ない素材が使われていたこと、
筆者の名前がどこにも書かれていないこと、
そして、裏表紙に小さく刻まれた日付が、五百年も前のものだったことに。
150という数字だけ漢数字に直していないのは意図してのものです、すみません。
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