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第四十五話

魔族領北部ヴラド領、王水晶の宮殿。

名に負けぬ、ありったけの水晶と魔石をこれでもかと使い倒し建てられた公主の伏魔殿。

無数に抱えた召し使いに給仕、仕立て人に衛兵。

されど、それらをどれだけ抱えても広すぎる程には贅を尽くされた場所であった。



「オーウェル、首尾はどうだ」



地鳴りの如く低く、重い声。

青い水晶があしらわれた豪奢な外套を腕を通さず羽織り、人の物とそう変わらない軍服を纏う男。

蓄えた白い口髭に白髪の混じる髪。

歳の衰えを見せる容貌とは裏腹にその瞳の光はどこまでも鋭く、喚石の室内灯に照らされ無意の威圧を振り撒いている。



「はっ!

王都グリアノスの上空にて『竜薬』の散布は無事完了致しました!」



鍛え上げられた肺活量からよく響く声を発するのはオーウェルと呼ばれた男。

迷宮の王にして仕えるべき主、アイゼン・ヴラドに頭を垂れ膝をつく様は、卑屈さの欠片も無くよく似合っていた。

広い客室には、しかし来賓はおらず。

扉のすぐ横に立つ給仕長と床に膝を立てるオーウェル。

そしてソファに深々と掛け、優雅に足を組むヴラドの三人だけである。



「ふむ、邪魔立ては入らなかったようだ。

第一節への移行はなんら問題無いように思えるが」


「余りに追い風に過ぎるというのもまた懸念事項ではあります」


「征服卿たる私が足踏みか。

まあ、貴様が首を縦に振るだけの機械であればこの場に置いてはいない。

だが、勇む足に背を押す風とあらば進むのもまた道理だろう」


「北南同盟魔法観測室より、一月ほど前に王都グリアノスにて系統不明の大規模な魔法が行使、もしくは待機状態で保持された形跡が発見されたとのことです」


「ほう?」



魔族は"視る"ことに長けている。

人間より魔素が身体に定着しやすいためか、魔力を伝い視覚からの情報として変換された"本来は見えぬモノ"を知覚することが出来る。

わずかな香りから記憶を想起するように、魔力の残梓に触れ記憶を辿る者すら存在する。


ヴラドもまたそんな異能を持つ者の一人。



「ふむ」



目を瞑り、右手を僅かに掲げる。

漠然とした魔法の痕跡と、その魔方陣の性質の大まかな解析。

『魔追』と呼ばれるその力は、明瞭と表現するには少し具体性に欠けるものの、絶大な追跡可能距離と時や場所を選ばないという長所を持つ、半ば反則的な能力であった。


無理と無茶と言われ続けた遠征を幾度と無く繰り返し、領土を広げ続けたヴラド家に代々伝わる遠視の力。

それを今、再び征服の野望の為に行使する。



「…………?」



空から地から、魔を追跡する。

索敵の網の目を荒くし、矮小な魔法をふるいにかけ目当てのそれにヴラドは辿り着いていた。



「魔族の物ではないな。

凄まじい規模の四重の魔方陣か」


「展開された場所からすれば要地守護の結界の類いと推察されますが」



オーウェルの言葉にヴラドも思考を重ねる。

常識的に考えれば、自らの国の、それも都に仕掛ける大掛かりな魔法と言えば防衛策としての結界魔法に類するものだろう。

だが、ヴラドが読み取ったそれは、守護とは正反対のものだった。



「四つが内の一つは……、爆破の魔法か」


「……………………なんと」



絶句しかけたオーウェルは何とかそれだけ返し、直ぐ様平静を取り戻す。


仕掛けられた大規模魔法の内の一つは大破壊の魔法である。

仕掛けたのは人間。

バレンディア王国側が気付いていない筈がない。


侵攻先である王都グリアノスにて、予期しない事態が起こっている。



「如何致しましょう」



難なく敵の懐に同胞を送り込むことには成功した。

空から降り注ぐホシドリの花粉も、現段階で十分な程に王都に侵食している。


だが、至って順調な作戦行動の筈が、異様な胸騒ぎを引き起こしている。

敵が何をしているのか、何がしたいのかまるでわからない。

ともすれば全てがその不明瞭の掌の上であり、自分達は転がされているだけということもあり得る。


一つの不確定事項の存在で戦場は大きく揺らぐ。

盤面が遊戯盤だろうと戦地だろうとそれは変わらない。


だが、不変の理の如きその真理に対して、同じように変わることの無い意思を持つ者もいる。



「決まっているだろう。進むのだ」



後ろに道は無い。

人々は今も寒冷化の波に曝され、苦しみ抜いている。

東西軍との膠着状態も長くは持たない。このまま冬を待てば倒れるのは北方民族たるヴラド領の領民なのだ。

だが、例えそのような背景を持たずとも、オーウェルは自らの主の答えは変わらなかっただろうと一人憶測を抱いていた。


アイゼン・ヴラド。

かの者は征服卿。

あらゆる手を尽くし前進し、進軍して、制圧し征服する。



「『竜の魔法』を発動せよ」



人道も道徳も、覇道の前には意味を成さない。



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