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第三十九話



「あん? どした、メルク」



すっかり馴染みの場所となった大鐘楼塔から都を眺めるレンガ。

その隣にはリーシャが。

そして肩にはメルクと名付けられた小さな黒い蝸牛のドラゴンが乗っている。



「レンガさん、王国の巡回兵士に動きが」


「今しがたの『口笛』に反応した、ってもわけでもないな」


「ええ。どちらかと言えば、追跡対象の行動様式の唐突な変化でしょう。

先のレンガさんの警告から魔族の方々は警戒度を引き上げました。

少し裏目に出ているような気もしますが」



人は誰かを注視すれば、また自ずと注視され易くなる。

レンガと魔族の男の会話の最中、リーシャはその周囲をつぶさに監視していた。


一人、商人風の格好をした中年の男。

一人、路地裏の入り口で物乞いをする老婆。

一人、パンフレットを手に観光を楽しむ若い女。


全員が同時に、異様な程にレンガを見ていた。

そして双眼鏡を覗くが如く、絞られた視界にその身は瞬間無防備になり、リーシャの剣の眼に捕まる。


王都の特殊工作班と思われる部隊は二人が考えていたより手練れであり、実測の範囲内でもあった。



「結局『軍警省』とやらの手のひらの上みたいだな。

泳がせてる理由はわからずじまいだが」


「なぜここまで余裕を持っているのでしょう。

軍事基地が近場にあるとは言え彼ら魔族は単身で十分な破壊をもたらすことが出来る筈です。


そして魔族も魔族です。

彼らの正規軍の侵攻との挟撃を狙っているにしても奇襲性に欠けます」


「魔族も人間も何考えてるのかわからねえな。

まあ最悪なことに、どっちも勝てる気でいやがる」



双方が勝利を確信しきった戦場とは、そのまま地獄に通ずる。

敗色見えど勇む足は止まらず、殺せば確信が強まり、仲間の死すらも運命により肯定される。

上げる白旗など最初から持たず戦場に赴けば、屍ばかりが足元に増えていく。

そして今回の場合、戦場はあろうことか王都内部であり、殺戮は火を見るより明らかだった。




「とりあえずは様子見かな。

何か面白そうなこ────────」




鐘楼塔の最上部に腰掛けていたレンガ。

その肉体が一瞬の内に血煙となる。

地上から遥か離れた空の下。

白昼堂々と惨殺が行われてなお、王都は我関せずと賑わい続けている。



「ここはアタシの特等席だって、知らなかったのか?」



清流のような声質に荒々しさを混ぜた妙な喋り。

その音の方向にリーシャが振り向けば、大鐘楼塔の更に上、太陽を背負い立つ女が一人を、二人を見下ろしている。



「ハッ、マジで復活すんのかよ」



翠に輝く両瞳には古代ルーク文字。

長い黒髪に、一房だけ緑に染められた前髪。

整った顔を皮肉げに歪める修道服を着る女。



「オイ、金眼。

名前聞いといてやるよ、言ってみろ」



一目見て、二秒考え、三つ決める。

レンガとは比べ物にならない程の膨大な魔力。

明らかに異能と思われる両瞳。

改造イジられた形跡は無い。完全な先天的超常者だ。


なぜ"こいつら"はこれほど無礼で不躾で、おまけに人様を出会い頭に挨拶のように殺めるのか。

不思議に思うレンガだったが、隣できょとんとする金髪赤眼を見て少しだけ納得する。


まあ"これ"の妹ならば当然か。



「人に名前を聞くときはまず自分からだ三流。

っても大体見当はついてるけどな」


「…………」


「超大規模想量変換術式『愛の魔法』、失敗作の大成功がお前。

さっき俺を粉微塵にした魔法からしてどうせ変換元は大嵐かなんかだろうな。

違うか? 前髪女」



嘲る笑みを浮かべていた顔が一転。レンガの言葉を受け変化する。

それは戦いの香り、退屈な現世においての最上の悦び。



「………………、『第三神徒 ゼラキア・ゼノン』」



太陽を背負う。

神を背負う。

その瞳に展開された至天の証たるルーク文字と、王都を押し潰さんとする絶望的なまでに膨大な魔力に似た何か。


『ゼノン天候研究街』

目まぐるしく変わるバレンディアの空を見張る番人の集う街。

探求欲から禁忌にまで手を伸ばし、王都で疎まれた結果島流しにされた少数の研究者たちが立ち上げた集落。

持ち寄った理の力と自由な気風、西方地域と王都を結ぶ街道の側ということもあり、いつしか人が根付き街を成す。


数人の学者から一万人の街人に。

ガロの気象塔、天声の隕鉄跡地、気候学博物館。

王都に比べればその賑わいも権勢も劣りこそすれ、人は徐々に足を伸ばし、ゼノンの街は次第に人で溢れ、


そして誰一人としていなくなった。



「覚えて死ね、金眼の亡霊」



『天の叛乱事件』

気象を知り、気候を統べてなお己が知的欲求を満たすために歩み、わずかに残った良心の模造品で人々の暮らしに豊かさをもたらす。それがゼノンの研究者だった。

そんな彼らを天は許さなかった。


大嵐に雷が一月の間吹き荒れた。

大地は剥がれ、風は痛み、脆弱な人の身で出来ることなど何一つ無かった。


人が空を知るなど烏滸がましい、そう誰かが言った。

後の教訓とするために、墓標を証拠とするために。

ゼノンは呆気なく滅びた。


やがて嵐は収まり、かの凄惨の地にて生き残りが見つかる。

だがそれを保護した者らは知っていた。


"これ"は断じて生き残りなどではない。


大災をその手に抱き抱え、彼らは恐怖と興奮を胸に王都へと帰っていった。


第三神徒ゼラキア・ゼノン。

神の息吹の体現者はそうして大地に降り立った。

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