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第三十七話

心臓部たる行政区と言えど、街並みはそう大きくは変わらない。

役所や官公庁の物々しい雰囲気はほとんどが風景に飲まれ、舗装された馬車用の道とその脇に作られた歩行者用の道とで区切られ、等間隔で植えられた街路樹もあり歩いて見るには十分観光名所と言える街なみだった。


白い肌に短い犬歯。

服は少し前に流行った物で、少し汚れた靴と合わせれば普通そのものだった。

非常に強力な隠匿の魔法を全身に重ねがけし、今や内外問わず人間と見分けがつかない程に溶け込んでいる。


エィム・アルヴラドは作戦の成功を確信していた。

人間界、バレンディア王国の核たる王都グリアノス。

厳戒態勢の敷かれている国境部ではなく、バレシア沼地の侵攻路レベスタからの侵入は驚くほどに呆気なく成功した。


周りを見渡せば赤ん坊ほどの魔力しか持たない脆弱な人間ばかり。

殺傷は容易で、破壊は目と鼻の先だが、自分に言い渡された仕事はそんな単純なものではなかった。


ゆえに機を窺い、刻限を待つ。

こうして人間の街を眺めているのは気分がよかった。

これから食らう物を前にして舌舐めずりをしているような。

そんな錯覚さえ覚える。

そんな愉悦に浸りかけていた時、



「ちょっといいか」



背後からそんな声がかかった。

動揺は表には出さない。

どうせ道でも尋ねられるのだろう。

そう思い振り向いたエィムに、意識外の言葉が牙を立てる。



「魔族の魔法に興味あるんだが、教えてくれないか?」



その瞳は喚福の黄金。

纏う魔力は脆弱で肩かけ鞄一つに武器は無し。

なぜ看破されたのかはわからない。

わからないが今はそんなことを考えている場合ではなかった。



(周囲の人通りは少なくない、殺傷は不可能だ……!

昏倒か!? いや、記憶までは消せないならばどうする、どうすれば)



結局エィムが選択したのは命を奪う手段だった。

極小規模の魔法を撃ち込み気絶、倒れ込む刹那隠した短刀にて頸動脈を一閃する。

出血は魔法で抑え、その場でしばらく直立させたのち離脱し、警備兵に発見させる。


掻き乱せ、群鐘リベル

そう口の中だけで呟き魔法を発動する。

王都グリアノスでは原則魔法の使用は禁止されている。

その道の者ならば痕跡だけでも魔法の行使を発見できるだろうが、今はなりふり構ってはいられなかった。


驚くほど魔法耐性の無い男の脳を激しく揺さぶり力が抜けるのを見定め短刀に手を伸ばす。

その際男の肩掛け鞄を奪うのも忘れない。

物品目的の犯行と見られれば撹乱も狙え、更にこの正体不明の男の素性も割れるだろう。

すれ違うように刃を振る。

周囲の人々からすれば肩が軽く当たった程度にしか見えなかっただろう。



「…………ふぅ」



驚くほど容易に、事態は終わった。

周りの人混みを速足で駆け抜け、エィムは安堵の中にいる。

絶対と自信を持っていた魔法が破られた。

その衝撃は今もなお不安を煽るが、店先のガラスに映る自分の姿はどう見ても人間そのものだ。

魔法の行使もまだ気付かれていない。

騒ぎが起きていないことを見るにあの男の死も発覚していないのだろう。


持ち場を離れるのは心苦しいが、今は同じ場所に居続ける方が危険が大きい。

今散らばっている仲間と落ち合う予定である時刻まではまだもう少しある。

考えることは山積みだが、これくらいなイレギュラーこそ想定の範囲内だ。

対処できるだけの技能があることは今身を以て確信とした。


そんな決意に似た思いを胸中に、エィムは歩き出し、



「よっ」



軽い挨拶だった。

親しい学友にするような、隣人に向けるような、そんなありふれたものだ。

だが、問題なのはその声の主だった。

赤と黒が混じる髪。魔法に馴染むローブに赤い肩掛け鞄。

そして、黄金の瞳。



「勝手に殺すなよ。ってまあこれは二重の意味でもあるな。

どっちに捉えてもいいぜ」



許可無く殺めるな、勝手に死んだことにするな。

そんな二つの意味合いのことを言っているのだろうが、エィムはそんな言葉遊びに付き合っている余裕は無かった。

死人が生き返っている。損傷させたものが全て元通りになっている。


王魔四大貴族が一。ヴラド家から祝福を受けたアルヴラド家の長子。

才覚と努力は素直に実を結び、今回の作戦では十八歳という最年少ながら誰よりもことを上手く運べている余裕すらあり、ある程度のイレギュラーなら対応出来る自信は大いにあった。


ゆえに、程度を遥かに超えた眼前の悪夢に、持ち得る手段は無かった。

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