第三十六話(3)
「そういや開戦間近だってのに一般人の徴兵はないんだな」
「個では劣る魔族相手に雑兵などいくらいても、ということなのでしょう。
広域の魔法で一網打尽にされ戦場の肥やしになるよりは、まだ街で武器の一つでも叩いていた効率的ですから」
「違いない」
王都グリアノス、行政区。
正午と午後六時に一回ずつ鳴る大鐘楼塔。
建国より残る歴史的建造物の上に、無礼千万と言わんばかりに腰を掛け足を放る者が二人。
「どうだ、なんか見えたか?」
「はい、います。"魔族の方です"」
地上百二十メートル。遥か空から市井を見渡すリーシャ。
その目は鷹の目を凌ぐ視力に加えとある異能も有している。
それは強力な魔法の看破。
微弱な連続性のある魔法や、脆弱な強度の魔法には作用しない。
まるで防衛本能のように、一定以上の出力によって生み出された魔法に対してのみ発動する剣眼。
「もう潜り込まれてんのかよ。
人数はわかりそうか?」
「今見えるのは四人ですね。かなり念入りに隠蔽には気を遣っているみたいです。
警備兵も全く気付いていません」
天から睥兒する者にだけわかる、事態の芻勢。
急転直下の王都は今まさに見えざる敵に喉元まで迫られている。
だがこの規模の国の中核たる都が本当にそんなことを許すのだろうか。
レンガには疑問だった。
魔族が一枚上手だったとすればそれまでだが、どうにも"こと"が単調に過ぎている。
「『神徒』、『竜学者協会』に『軍警省』、それに位の高いドラゴンハンターどもが黙って見てんのか?」
「あり得ないでしょうね。この都市には幾重にも警戒魔法が張られています。
私達の時代など鼻で笑われる程に、臆病で警戒心が強く、戦を知っています」
正常であることこそが異常な状況。
市民も観光客も目映き王都に目を光らせ心行くまで日々を謳歌している。
戦争間近だと知っているにも関わらず。
大規模な精神干渉魔法の使い手でもいるのかと疑いたくもなるが、今レンガ達がすべきことは何か、
「どれが面白いと思う?」
「そうですね。後ろから声をかけたらびっくりするんじゃないですか?」
混ぜっ返す。
あげ足を取り、茶化して滅茶苦茶にする。
傍迷惑なだけの存在。
だが人魔乱れる混戦の中において、それはある意味平等な秩序とも呼べる現象だった。
誰の味方をするでもない、頼まれてもいないのに禍福を撒き散らすもの。
そんな災害を、古来より人は神と呼んでいた。




