第三十六話(2)
「カシウス様、ヴラド公より言伝です」
凍てつく地下の迷宮にて、総白の長髪を揺らす背の高い男が一人。
会話の相手は白を基調とした服に身を包み、歴戦の兵士たる風格を漂わせている。
「三日後の早朝、『祭り』が開かれるとのこと」
「そうですか、ご苦労様です」
カシウス・バランシア。
世にも珍しき水銀の魔法の使い手。
当代最高の等級たる一等星のドラゴンハンターであり、バレンディア王国の国防事態時における重要戦力である。
だがその身は今、人に牙を剥き、神に仇成そうとしている。
「都の軍警省に動きはありましたか?」
「いえ、それが開戦に向けての働きが多少あるほどでして」
魔族領北方地域、ヴラド領領主アイゼン・ヴラド。
それがカシウスの内通している者の素性。
王魔四大貴族が一つ、『征服卿』の名を持つかの者は今困窮していた。
大地の巫女の神託通りに滅びに向かいつつある大陸北部にて、西方貴族との争いが激化する中、追い討ちをかけるように寒冷化が進行し、領地領民共に疲弊しつつあった。
ゆえに侵攻、ゆえに征服。
そのためならば人間と手を組むことも躊躇わない。
同族意識と自尊心の高い魔族にしては珍しい、目的意識の強い男だった。
「さて、我々も佳境です。
神を、人を滅ぼすために」
その言葉に力強く頷き、白い服をたなびかせ男は去っていった。
明日無き世界に共に発つ同胞に胸中で少しだけ詫び、カシウスは剣を魔法を研ぐ。
喉元に突き立てる夢は、そう遠くない内に現実となる。




