第三十六話(1)
王国内における経済、政治等の心部と言える王都グリアノスにてその運営、行政を行う団体は労働と労力に十分見合う褒賞と地位を都において甘受している。
一翼を担う竜学者協会 もまた、度々中央省より名だたる面倒ごとに対しての魔法学的見地からの進言を求められ、王都の執政を円滑なものとすることに助力を怠らない。
「失礼します、レバン教授」
厳めしい扉の向こうからそんな声が響き、やがて返事も待たず扉が開かれる。
床に散らばる無数の書類に、何枚ものドラゴンのスケッチが留められた木の板。
何より部屋の主の纏うロングコートのような白衣が職業柄をよく表している。
「またくだらんお使いかね」
振り向きもせず白衣の男がそう吐けば、来客者もまたやれやれと言ったように見えないのをいいことに肩をすくめる。
「そうおっしゃらないでください。
我々とて望んで先生の研究の邪魔立てをしているわけではないのです」
「お前達が望むと望まぬと変わらず、結果として私は老い先短い身の貴重な残り時間を浪費しているのだ」
頑固にして偏屈といった初老の白衣の男、ガスケット・レバン。
竜学者協会現会長にして元冒険者であり、二等星のドラゴンハンターのライセンスの持ち主である。
異色の経歴は全てドラゴンと魔法に対する度を超えた興味から象られ、憧れる者こそ多かれど同じ道を歩まんとする者はいない。
「軍警省より、大臣ミハエラ・ハーミット様からのお達しです」
「…………」
「これより七日の間、王都グリアノスにおいて、『"何があっても、何もするな"』とのことです」
筆をぴたりと止め、レバンは椅子ごと向き直る。
その顔には疑心と不愉快さとが織り混ぜられており、並大抵の者では真正面から受けることすら叶わない程の威圧感を存分に放っている。
使者の首筋に細い汗が伝う。
密所にて遥か高みの傑物と相対することの意味、それが今になって身に染みる思いだった。
「あれをしろこれをしろと振り回した挙げ句、今度は何もするな、だと」
「…………っ、はい」
年老いた身体から放たれた重圧に、部屋が耐えかねるように悲鳴を上げる。
震える手を強く握りしめ直立したまま凍る使者。
一分か一時間か。
それとも一秒なのか。
流れた時すらわからぬ程に場は乱れ、やがて大きな溜め息と共に氷解する。
「…………まあいい。私と、それから私の足元にいる者達にいらぬ世話を焼かせることがないようなら、好きにしろ」
「……お言葉、頂戴致しました」
うやうやしく礼をして使者の男は音も無く去る。
その身で感じた言外の言葉。
『言ったことを守れぬようならば』
釘と言うには余りに鋭利な物を深々と刺され、使者は冷や汗と共にそれを持ち帰らざるを得なかった。




