第三十二話
四つ国に別れた同族での戦争。
ウィリーが打ち明けた話の内容に一瞬驚いたレンガだったが、よく考えれば何もおかしな話ではない。
人間が同族で争うならば魔族とてそうだろう。
意外と感じるのは種族の壁か。
「穏やかじゃねえな。対人間で纏まってるもんだと思ってたが」
「大規模な気候変動の煽りを受けたのは北方民族だけじゃない。
……北の大地は、今なお枯れ続けている」
「少ない資源を同族で奪いあって戦争に発展したと」
レンガ達の住まうバレンディア王国には大小様々な村や街、都市があるが、住民のほとんどはおおよそ潤沢な資源のもと豊かな暮らしに身を置いている。
今でこそ地獄のような山峰にいるが、本来はどこを見ても緑は芽吹き温暖な気候の中無数の動植物で溢れ返っているのが普通だ。
「それが我々が今ここにいる理由だ」
地獄の方がまだマシだとでも言いたげな論調。
未知の魔法に富んだ彼らならばこの場所でも生きていけるのだろう。
聞いてみれば十分理解出来る話だ。
この場所ならば人間も滅多に訪れることはない。
「しかしよく脱国出来たもんだ。
人間の世界に逃げ込むなんて」
やっていることと言えばそのまま敵国への亡命だ。
国難の時とは言え、だからこそその類いの締め付けは厳しくなりそうなものだろう。
「それは私達の公主様の寛大なお心あってのことだから」
カーラが少しばかり得意気に言ってのける。
よくもまあぺらぺらと喋ってくれるなとレンガは呆れかけていたが、半ば開き直ってはいるのだろう。
「思えば侵攻路の作製も随分とご助力頂いてしまった。
ロゼの種も喚石も、我々では到底集めきれなかったし。
閣下には頭が上がらないな」
「ええ、ほんとに」
魔族の男女二人が共に想起する人物は中々の傑物のようだった。
考え込むリーシャにつまらなさげなレンガ。
侵攻路とは、おそらく彼ら魔族がその特異な魔法によって地中に創るかの地下通路のことなのだろう。
ロゼの種とやらに当てはないが、生活に必要な物なのには違いない。
そして喚石。
「一つ聞いていいか」
レンガの些細な問いかけ。
ウィリーとカーラの二人はこの赤黒い髪の男に今までほどの敵がい心を抱けないでいた。
超常的な力もさることながら、自分達魔族に対してまるで興味を見せないその態度。
憎むでも嘲るでもない、凪に近いその反応は警戒に値しないと断ずることの出来るレベルである。
だが、さりとて魔族と人間。
肌の色の違いという意識の奥底に刻まれた差別意識と、先ほどまでの緊張状態から完全に気を許してはいない。
そのはずだった。
金の両瞳が妖しく濁るまでは。
「俺はお前らをいつでも殺せるが、攻撃することはない」
かちり、かちりと一つずつ解錠する。
この場は至って平静で、争いの気配は無く、心なしか山も唸りを潜めている。
「お前ら魔族も、人間である俺らとの対話に応じてる。
ここまではいいんだ、それなのに──」
リーシャが眼を閉じ呼気を沈める。
がちゃりと錠前が落ちた音がどこかで響く。
──それなのに、それなのになぜ、
「なんでお前ら魔法構えてんだ?」
人間である二人に多少"心を開いている"ウィリーは、レンガの問いになんの疑いもなく答える。
「なんでって……、決まってるだろう?
『人間を殺せ』って、公主様が言ったんだから」
言葉の終わり際。
無数の魔法の矢の雨が、レンガに向かって放たれた。




