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第三十話

最大標高二千二百メートル。

バレンディア王国とその領地における自然物での最大警戒指数とされる『アシラ級』をそのまま冠するのがこのアシラ連峰である。

今なお脈動する活火山であり、連なる山々には常に火災積雲が渦巻き日の光を浴びることはない。


血よりも明るいマグマが喚石を食らい続けた結果、流れ出す溶岩は炎から雷、水から氷とあらゆる現象を巻き起こしながら山を削りやがて固まり自ら山の一部となる。

分厚い雲により日光がほとんど機能していないため、極端に冷えた地表と流れ出た高温の溶岩流がかち合い異様な風を生んでいる。


わかりやすく言うならば地獄。

生命など存在し得ない神秘だった。



「あっつ!今の溶岩絶対俺狙ってたぞ」


「そんな物好きな溶岩いないと思いますよ。

というか右腕持ってかれてますけど」


「千切れちゃった」


「可愛い子ぶらないでください」



やはり女の嫉妬は怖い。


岩壁から突如噴出した溶岩によって右腕の肘から先が炭化し、そのまま後方を過ぎ去った溶岩流に持ち去られる状況。

だが、本来あるべき激痛に対する絶叫や四肢の欠損による喪失感から来る慟哭などはこのアシラ連峰に響き渡ることはなかった。



「やっぱ俺も身体強化の魔法とか掛けた方がいいのかな」


「うーん。そのままの無防備な方が面白いと思いますよ」


「いや、腕や足がぽんぽんすっ飛ばされてもいい気しないんだけど……」



溶岩に呑まれたことなどとうに忘れたかのように、レンガの右腕は服ごと元に戻っている。

二人が歩くのはなだらかな斜面。

灰色の地面に降り注ぐ火山灰。

雲に覆われた頂上を目指し、楽しい登山の真っ只中だった。



「しっかしこれじゃただの大自然だな。

奇蹟も神秘もあったもんじゃねえ」


「溶岩を食らって育つドラゴン、なんていそうじゃないですか?」


「ロマンあるな」



あれこれと歓談しつつ、時折溶岩に襲われながら二人が山登りを堪能していたその時。

空から甲高い鳴き声と共に飛来した大きな影が一つ。



「───────」



長いくちばしに小さい頭。威圧するが如く広げられた大きな翼とその頂点部についた前足に、翼に比べ小ぶりな胴体に似つかわしくない強靭な後ろ足。

ただただ大きな鳥類としか形容できないそれは、この世界ではドラゴンと呼ばれていた。



「───────!!!」



ここら一帯を縄張りとするこのドラゴンは非常に腹を空かせていた。

不毛の地ゆえ近寄る動植物が極端に限られる。だが一度見つければ横取りされることの無い静かな狩り場でもある。

だからこそ、目の前の小さな肉二つを逃すまいと息を巻いていた。



「──────!」


「何言ってんだろうな」


「挨拶ですかね?」


「あー、じゃあ俺もしとくか」



無力な赤黒い餌がなぜか手を振ってくる。

鳥型のドラゴンの小さな脳では一切の理解が及ばなかった。

逃げたところを背中から襲う。

転んだ隙に頭にかぶりつく。

今まで幾度と無く行ってきた補食の流れ。

この小さき二体は怯えてその場に止まる類いのようだとドラゴンは見定め、飛びかかる。



「─────!!」


「あーちょっと待った」



固まっていた獲物が突然歩きだす。

しかも襲いかかる自分に向かって。

ドラゴンは過去経験の無い餌の奇妙な動きに一瞬立ち止まらざるを得なかった。



「食え、溶岩」


「──────────?」


「今はお腹空いてないんじゃないですか?」


「いや、でもよだれ垂らしてるし。ほら、来たぞ第二波」



その声とほとんど同時に大地の怒りが噴出する。


眼前で餌が溶岩に飲まれてしまった。



「熱いのなんのって。お前本当にこんなん食べるのか?

腹壊さない?」


「─────────!??」



終わったはずの死が口を開く。

自然ではあり得ない目の前の現象に、ドラゴンは固まらざるを得ない。



「もしかして……、食べないんですか? 溶岩」



すらりと抜かれた無骨な剣。

一見すれば安物の新品のようにも見えるそれは、魔法に篤い鳥型のドラゴンだからこそ理解できた。

柄は滅竜、刀身は断魔、それを握るは



「?

どうかしましたか」



翼を翻し空へと帰る。

ドラゴンの小さな脳から下された指令はそれだけだった。

表層意識に存在しないほとんど本能のような場所の思考から、このドラゴンは最適解を導いていた。



「何しにきたんだよあいつ」


「挨拶だけって……」



爆発のような溶岩の噴出が随所で見られるこのアシラ連峰に立ち尽くす二人。

吹き荒ぶ豪風をレンガが無言のまま相殺し、その歩みは再び進んでいる。



「あーでも登山じゃすれ違ったら挨拶するのはマナーだよな」


「ドラゴンもマナーを知る時代ですか」



中々捨てたものじゃない、二人でそう笑いながらしばらく歩けば地獄の釜のような頂上が近付いてくる。

飛び散った溶岩が喚石の色に固まり灰色ながらもどこかカラフルな様相を呈し、道無き道を一つ登る度に熱気は段々と上がり、



「あれ?涼しい?」



そして下がる。

確かに、厚ぼったい積雲が大空を隠しているため外気温自体は相当低い。

だが地熱やマグマそのものの温度は並大抵の物ではない。

常人ならとうに身体中の水分が蒸発し、皮膚は崩壊、喉は焼けつき息もままならないだろう。

しかし今、山頂に近いこの場所はとても快適だった。


快適というのがどれくらいかと言えば、人が住めるほどだった。



「あっ、こんちはー」



だからレンガの間の抜けた挨拶も違和感無く放たれた。

前方から歩いてくる人影。

ここは山。登山ではすれ違う他の登山客に挨拶をするのは別に珍しいことではない。


だが、『死の連峰』『旅殺し』と恐れられる山を登山気分で楽しむ人間などこの世界にはいない。

ゆえに声をかけられた相手は登山などしているつもりはなかった。



「にっ、にに人間!!???」


「こんにちは。魔族の方も登山ですか」



浅黒い肌に長い犬歯。

身に秘めた膨大な魔力。

魔族領にしか存在しない材質の生地のラフな服を着込む若い男だった。


絶死の山の頂上とて、ここは大陸南部、人間界。

どういうわけでこの人間二人はここまで来たのかわからないが、真っ先に思い浮かぶのは命の危機。

自分だけではない、仲間と、一族の危機だ。


逃げなくてはならない。隠さなくてはならない。

だが、焦り逸る彼を尻目に、二人の内の一人。赤黒い髪の男が口を開く。

すわ魔法の詠唱か、そう身構えた魔族の男の耳に入った言葉は予想とは少し違った。



「もしかしてやたら高い水とか売ってる?」

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