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第二十八話

「おかえりなさい! こんな時間までがんばったわね!」




木を組み合わせただけの様な質素な外見からはとても想像できない豪奢な室内からそう出迎えたのは、若い女性だった。

戸をくぐり中へ入れば、居間には鼻腔をくすぐる優しい香りが漂っている。



「えっと、地下迷宮ダンジョン探索だったのよね?

何か成果はあったの?」



少し離れた台所からよく響く声で遠慮無しに聞いてくる彼女に、レンガとリーシャは答えに窮していた。

別に適当な言い訳をしてもよかったが、今は口を動かすよりも頭を動かしていたかった。

その結果、宿の女将を無視する事になっても。



「今日もご飯はいらないのかしら?」



その言葉に頷くだけで返し、二人は昨日あてがわれた自分達の部屋に入る。

居間から聴こえてきたご機嫌な鼻唄は、ドアを閉めればすぐに耳から離れていった。



━━━━━━━━━



「………………………」



ベッドは一つ。

壁に掛けられた絵画は三つ。

安楽椅子は無く、



「………………………」



窓から見える夜空には、月が二つ。




「中々ヤバい一日だったな」


「…………ええ」




カーペットが敷かれているとはいえ土足の筈の宿の床に胡座をかくレンガ。

その視線の斜め前にはよく沈むベッドに腰かけたリーシャがいる。




「何がヤバいって、今日より明日、明日より明後日の方がヤバい事がヤバい」


「しかも今、現在進行形で謎に見舞われてますよ」


「……………………あぁ、それなあ」




その綺麗な顔立ちをふいと窓の外へ向けたリーシャ。

あいにく床に座るレンガからは"それ"を見ることは出来なかったが、彼女が何を言いたいのかはすぐにわかる。


今レンガとリーシャが休んでいるこの場所。

宿の街ストーネスにて、地下迷宮ダンジョン発見の賑わいから爪弾きにされた二人が、街から離れた林の中で見つけた『音の宿』という名の民宿。




「月って二つだっけ」


「七つある内の六つを昔私が斬ったので一つだけの筈ですよ」


「それっぽい嘘をつくんじゃない」



冗談を言う気力はかろうじて残っていたのか。

しかしレンガの突っ込みも頼りなく、とぼけたリーシャの方も目が半開きになっていた。




「入り口の看板、見ました?」


「………………、『はじまりの大宿おおやど』に変わってたな」


「日替わりの大看板なんてあります?」




あるわけない。レンガの胸中は口に出さずともリーシャには伝わっている。

無造作に床に置かれた鞄からレンガは漆黒の杖を取り出す。

黒い木を削っただけの様にも見えるそれの真価を知る者は今の世界にはもはや二人しかいない。




「"これ"を破る事は出来る。

どんだけ作用してるかは知らんが所詮魔法だ。

余分に在れば壊せるし、必要に足りなければ埋められる。

だが、それじゃつまらねえ」


「………………」


「知恵の輪をぶっ壊したままじゃ、魔神なんて名乗れねえからな」



宙に放り投げた漆黒の神杖、力の象徴はレンガが指を鳴らした音と共に消える。

手すさびの戯れに見せた手品にリーシャの反応が無かった事に唇を尖らせながらも、レンガは話を進める。

眠気に似た何かが瞼にのし掛かっていた。



「まあ、謎って程のものじゃないと思うけどな。

本当にヤバいのはお前の問題の方じゃねえのか」


「…………私の、と言われるといささか抗議したくもなりますが。

まあ、そうですね。

私の『妹達』については少し対策を練るべきかもしれません」



リーシャの赤い目が部屋の天井に付けられた喚石よびいし以上に強く光を放ち、その身体にはまるで蔦で巻かれているかの様に紋様が浮かぶ。




「『愛の魔法』」




リーシャがそれを見せたのは一瞬。

すぐに瞳の赤い光は収まり、身体は何の変哲もない白く美しいものへと戻る。

150年連れ添っているとは言え、元々人ならざる美貌ながらあの姿になるとさらに浮世離れするな、とレンガは密かに感心していた。




「あの『神徒』と呼ばれた子の口ぶりからすると他にも魔法適合者はいそうですね」


「毎日何百と死んでいた俺らの時代とは訳が違う。

変換効率が上がったか、それとも」


「人災。

自然災害に見せかけた大量殺人でしょうね。

魔族のせいにすれば一挙両得と言ったところじゃないですか?」



超大規模想量変換術式『愛の魔法』

マナギア共和国が生み出した、それまでの禁忌を嘲笑うかの様な人道に反した最低最悪の魔法。


人が生まれれば、世界はエネルギーを消費する。

過去と、現在と、未来、その全てにおいて。

消費されたエネルギーは魔素や空気、大地や海に還り、やがて永い年月を経て新しいエネルギーへと換わる。


この性質を利用し、逆に今生きている存在を消し去る事で、新たにエネルギーを強引に生み出し、さらにそのエネルギーを変換、抽出し利用しようと画策する者達によって作られたのが、『愛の魔法』である。


初め、マナギア共和国はその『儀式』を行える魔法使い達を連れ、敵対部族を強襲。

消滅させた人々の、これまで使ったエネルギーを、今現在使っているエネルギーを、そして、遠い未来使う筈だったエネルギーを全て抽出しようとした。

しかし何に還元される事もなく魔法は失敗。

それから数年たたらを踏み、ようやく真の『愛』へと至る。




「あの魔法はあまりにも変換効率が悪い。

十や二十殺した所で、何にもなりません」


「ああ、だろうな」




その後、マナギア共和国は帝国との主戦場だった『鎧瓦礫の丘』に『愛の魔法』の魔方陣を展開。

敵、味方問わず、死んだ者達を誰彼構わず抽出し、変換し、溜め込み続けた。




「現代の魔法の発達具合を見ても、あの最悪な効率は修正されてるとは思えません。

おそらく彼女もまた、多大なる犠牲の上に立っているのでしょう」




自分の事を"ラビちゃん"と言った、あの緑色の眼をした少女を二人は思い出す。

あの小さい身体に秘めた凄まじい魔力。

子供の様な無邪気さと、残酷さをとことん煮詰めた性格。

油断されやすく、殺す事に躊躇いはなく、少女兵としては理想の形だろう。




「彼女は火を使っていました」


「規模で考えるのなら山火事とか、あとは街一つ丸々燃やされたか」


「焼死は苦しむ時間が長い分、それだけ"引き出せる"と聞きました。

千人ほど死ねば十分あれくらいの魔力量は与えられるでしょうね」




マナギア共和国はその溜め込んだ膨大なエネルギーを何に変換しようか最後の最後まで悩み抜いた。

敵国に大火球を落とそうにも、猛毒の雨を降らそうにも、それでは奪い取った土地まで殺してしまう。

人も、大地も、空気も資源だ。

奪うために戦っているのであって、奪うために損なっては戦う理由が無くなってしまう。


飽和する事なく積もり続ける力をもて余していたその時、

まるで天の裁きがくだったかの様な象徴的な出来事がマナギア共和国を襲った。




「お前の時みたいな『凶星』はどうなんだ?」


「ないでしょうね。

あれは失敗例ですから。

そもそも星喚びなんて、狙って出来るものでもありません」




マナギア共和国第三都イシュタリア。

人口およそ三十万人のその大都市に、一つの石ころが降った。

直径八十メートル、硬度不明、速度不明。

大気圏で翼をもがれる事なく、戦時中とは言え、比較的穏やかに暮らしていた人々の頭上へ、分け隔てなく降り注がんと『凶星』は迫っていた。


最初にこれを知覚したのは固有体系『月見の魔法』所持者のとある女性だった。

初めは夢。一ヶ月に一度見る星が降る夢は、朧気で、形をとらず、記憶に残らないものだった。

しかしそれが一週間、三日、次第に毎日夢に見る様になり、やがては起きている時間ですら星の事で彼女の頭はいっぱいになっていた。

変わったのは周期だけではなく、その内容。

ぼやけていたものは、霧が晴れた様に明瞭になり、どこへ何が落ちるのか、ついにはっきりと理解出来るまでに至っていた。

幸運な事に、彼女の魔法は幅広く知られており、"星が落ちてくる"等と言う大それた物言いは、しかし反論される事無く、共和国の首脳陣の耳に入った。


議論と対策を重ねるに連れ、刻一刻と迫る期日。


マナギア共和国が導き出した答えは、『愛の魔法』によって溜め込んだエネルギーをもって、凶星を撃墜するというものだった。


運命の日。

人口の多さからイシュタリアからの退去を命じる事は出来ず、凶星破壊の任は秘密裏に行われた。

集められた高等魔法兵士達の顔には緊張こそあれど、能力に疑いはなく変換は滞りなく行われるだろう。

誰もがそう思っていた時、現場を支配する指揮官に姿を持たない誰かが囁いた。


"なぜ共和国だけがこの様な苦しみを味わわなければならない"。

"帝国は今も兵力の拡大や侵攻に励んでいると言うのに"


戦線から離され、溜まりに溜まった鬱憤の灯火に油を注がれ、大火が生まれる。

狂気に呑まれた指揮官は、天から降りてくる凶星を受け入れた。

当然、ただ甘んじて破壊に晒される訳ではない。


『愛の魔法』の更なる増幅。

それも、放出ではなく、吸収。

巨大隕石の破壊と、それによって死ぬ三十万人の命。

それら全てを蓄え、願った。

"帝国を滅ぼせ"、と。


上官のあり得ない指示に、現場の魔法兵士達は当然反発した。

『愛の魔法』による魔法を超えた超威力無属性破壊術式『理砲りほう』は、発動自体はイシュタリアから離れていても可能だった。

しかし、星が降れば三十万人、それどころか、この大陸すら無事でいられるか怪しいのだ。

そんな命令は呑めない。

そう突っぱねようとした彼らは、しかしなぜか熱に浮かされた様に、気付けばエネルギーの変換ではなく、『愛の魔法』の変換範囲の広域化、それに耐久性の向上に笑顔で努めていた。


何も知らない人々の頭上に、遂に星は降る。

風光明媚で知られたイシュタリアの街々は、灰より細かく焼き付くされた。

やがて人の域を過ぎたその破壊力に『愛の魔法』は耐えきれず、三十万人の死を合わせ呑んだ挙げ句、遂に放出に至る。


眼を昏く輝かせる者達は、一体どれ程のものが生まれるのか、もはや国のためなどという大義は捨て、ただ知的欲求を満たすために固唾を飲んでイシュタリアがあったクレーターを遠視で見ていた。


しかし、いくら待てども何も変化は起きず、次第に国勢の悪化によって段々と興味を剥がされてしまう。

『愛の魔法』は失敗だった。

溜め込んだと思っていたのは気のせいで、イシュタリアの民が死んだのは仕方の無い事だった。

そう自分に言い聞かせる様に、彼らはこの惨劇を無かった事にした。


だが、彼らの魔法の粋を集めたこの最低最悪の術式は失敗などしていなかった。

瓦礫と灰の海で泳ぐ、小さな赤子が一人。

泥をすすり、鉄を食んで育った彼女は、女神の生まれ変わりたる深紅の瞳を輝かせ、誰に名付けられるでもなく、自分をこう名乗った、


新しき神の剣リィ・イシュタリア


いつしか人々は彼女の力を恐れ、敬い。

忌むべき地を冠するその名を避け、代わりに略称で呼び始めた。

リーシャ、と。

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