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第二十七話

「……………………お姉さんさあ、どこまで知ってるのかな」



ラヴィエルの瞳の翡翠に、赤い文字に似た紋様が浮かぶ。

先ほどまでの様なおちゃらけた態度は鳴りを潜め、外見にそぐわない剣呑とした雰囲気を漂わせている。



(あの瞳の文字……。

現大陸で使われてるルーク文字に似てはいるが、古いのか新しいのかがわかんねえな。

体内に魔方陣を仕込む先天的な才能、殺戮衝動、人の域を逸脱した運動能力。

そんで倫理観の欠如……、いや、まともな倫理観を持ってはいるが、それに則る気がまるでない。

忌避感の欠如か)



少女の変貌を興味深く見守っていたレンガに、あまり快くない心当たりが浮かぶ。

彼女の"製造工程"はわからない。

だが、行き着いた先はまるで、



「あなたは私を模して作られたんでしょう」



レンガの思考を先回りしたリーシャが何の気なしにそう告げる。

未だ遮音の結界は機能しており、この会話が外で呆けている者達に聴こえる事はない。


だが、たとえそんなものが無くともリーシャは言い放っただろう。

それくらい無遠慮に、朝の挨拶でもするかの様な気軽さで、ラヴィエルの表情を奪った。




「…………意味わかんないんだけど。

微塵も魔力が無い。それどころか魔素の方から逃げていく様なお姉さんと"私"のどこが似ているって言うの?」


「私は偶然と失敗の産物ですから。

そこに悪意と奇跡が混ざって大災で蓋をして、魔神に研がれて今の私の出来上がりです。


共和国…………、マナギアの滅亡であんな技術とうに消し滅んだと思っていましたが、まさか現代でも残っていたなんて。

しかも純度も、安定度も高い。よくそこまで昇華させましたね」




『マナギア共和国』

かつて大陸で覇を唱えんとした大国。

王室の失脚を興りとし、やがて高等執政官と地方貴族の台頭、『聖者マナギア』を導主とした思想統一により共和国と名乗り始める。


領土拡充に明け暮れていた帝国と徹底して争い、ついにはリーシャ・マナガレウスという禁忌を生み出すに至る。

だが、その趨勢は彼女が消えたことで陰りを見せ、魔神と剣神無き世界においてひっそりと歴史の舞台から姿を退いていた。



「どうせ大元のやり口は変わらないんでしょう?

"あなたは何から象られたんですか?"」


「…………………………」



もはや快活な少女の顔は見る影も無く、そこには戦場でのみ見られる熱狂と冷静のせめぎ合いに身を置く戦士の容貌が残っている。

ラヴィエルの瞳に刻まれた文字がその鼓動に合わせ光を揺らし、それに伴って彼女の魔力が膨れ上がる。

一触即発の空気、




「まあ、大方人災でしょうけど。

ああ、ちなみに私は━━━━」




続くリーシャの言葉を遮る様に柏手かしわで一つ。

レンガが両手を軽く叩き合わせ、神と魔と式にそれぞれ働きかける。


ラヴィエルの持つ、翡翠に輝く神の眼は確かにそれを捉えていた。


この世界に本来在らざるもの達。

常人の目には見えない筈のそれらは、ラヴィエルの眼前で群れを成して舞い散る。




「『鬼鳥居おにどりい』、『皀莢簪さいかちのかんざし』、『瑠璃橿鳥るりかけす』」




ラヴィエルが知覚できたのはそこまでだった。

なだらかな街道脇の開けた場所にいた筈の彼女は今、靄がかった湖、もしくは海の上に立たされていた。

巨大な白い門の様な何かが水面みなもの奥まで無限に続き、眼を凝らせど終わりが見える気配は無い。


ラヴィエルは五感から視覚だけを切り離し、鬱金と深紅の瞳を持つ謎の男女の存在を捉えようとする。

神の眼は事象を俯瞰する力。

天に住まう女神の力を借りているとも言われる、神徒であるラヴィエル達だけに許された魔法ならざる神秘。


"視る"という行為のために瞳の上に瞼を重ねる事は矛盾する様に思われたが、この場合は必要な取捨選択だった。



(幻惑の魔法、じゃない。私達の理力とも違う。

それによく視たら鬱金うごんじゃない…………。

あの放蕩一族とは別種、だけど有色瞳の系統は災い。

ミラちゃんとかならわかるのかな)



我が身を襲う不可思議にまるで動じる気配無く、ラヴィエルはその正体を探る事に注力していた。

鳥の鳴き声、木々のざわめき。

それら全てが異常なまでの不自然な力によって象られ、霧散しては新たに生まれている。


視えてしまうがゆえに、その情報量は莫大であり、伸ばした手で掴んだものは灰へと変わる。


それから五分ほどして、霧に包まれた天に微かなひずみを見つけ、魔法を神の域まで昇華させた『理法』により羽虫の目ほどの大きさの穴を神の槍で穿つ。


爆風と陶器を割った様な音に包まれながらも耳を塞ぐこと無く、ラヴィエルは傷一つ負わず、もといたストーネスの地下迷宮ダンジョン付近の平地に戻っていた。




「………………名前くらい聞いとくんだったな。

お兄さん。

それに、"センパイ"のお姉さんも」




あの赤と黒の混じる髪の男の放った正体不明の術を打ち破るまではよかった。

だが、すでに彼らの姿は無く。




「し、神徒様……! ご無事で……?」




後ろを見れば中央調査隊の後詰めの部隊である第三班の重装備隊が、その重厚な見た目にそぐわない不安げな声を出している。


日の傾きを見るにそれほど時間が立っていたわけでは無いらしい。



「ねえ、ラビちゃんはどうなってたの?」


「……それが、百を超える青い鳥と、突如生えた巨大な木々が神徒様とあの者らを覆ってしまい我々には何も……」




これは「当たり」だ。

地下迷宮ダンジョン目当てにこんな辺境に来てみれば、こんな掘り出し物に会えるとは。

それも一人ではなく二人。

ラヴィエルは天真爛漫とした笑顔を崩し、誰にともなく獰猛に笑って見せる。


片方の深紅は遥か昔の遺物。

どれだけの規模と破壊から生まれたのかは不明だが、おそらく自分達、神徒に匹敵する力を持っているだろう。

地位を利用し大司教に無理を言って神魔図書館から写し取った、旧共和国の禁書。


自分達のルーツを知るためにラヴィエルはそれらに一通り目を通していた。



("私"より先に作られたからと言って、その性能が劣るとは限らない。

当時の戦乱を考えれば、私達の時よりもっとエグそうな事してたかもしれないしね)



それにもう一人。

災いの金。それも泥をまぶした様に濁った、地の底じみた瞳の色。

あの男に至っては、ラヴィエルには皆目見当がつかなかった。

魔法でも理法でもない、まるで自然そのものの様な力。


願い、舞って、祈る様はまるで各地方に遥か昔から伝わる古き奉納の儀を連想させる。




(私の事、あんなにつまらなさそうに見る人は初めてかも)




空を見れば流された雲と赤い夕焼け。

これ以上する事も無い。潮時だろう。




「よーし、ラビちゃん疲れたから帰るね!

おつかれ!」


「えっ、ちょっ、神徒様!?

あの者らを追わなくてもよいのですか!」


「えー、無理だよ。次はロウくん達死ぬよ?

あの二人相手だと、キラちゃんとかミラちゃん連れてこないと」




『第一神徒 キラクルス・キルバニー』

神の雨を司る、その名だけが知られる存在。

正体不明の神徒の中でも特に情報規制が厳重であり、王都における最も輝かしい職業である親衛隊や中央調査隊でもその正体を詳しく知る者はいない。


『第四神徒 ミラ・マスカレア』

神の乾きを司る、見目麗しい聖女。

教導師の家系から、幾度もの悲劇を乗り越え生き延びた奇跡の具現。


突如飛び出した、触れざる者達の名前。

中央調査隊副隊長という大仰な職名をいただくレジーナでさえも閉口してしまう程の面々。


神徒一人で国を滅ぼしうるとさえされるのだ。

それが二人、三人必要になる戦いなど果たしてあるのか、あっていいのか、ロウ達にはまるで判断がつかなかった。

だが、他ならぬ彼女、神の炎たる、

『第六神徒 ラヴィエル・リィン』がそう言うのならば、嘘ではないのだろう。



「…………わかりました。我々中央調査隊第三班は、先遣隊である第一班の怪我人の手当て等が終わり次第帰投します」


「それがいいんじゃない?

ラビちゃんは一人で帰るから、じゃね」




ラヴィエルだけは気付いていた。

もはやこの地で彼ら中央調査隊のすべき事など無いのだ。

地下迷宮ダンジョンの入り口たる転移の魔方陣。

今では粉々に打ち砕かれ、もはや内部に侵入することは叶わない。

十中八九、あの二人の男女の仕業だろう。


背に見えぬ翼を生やし、ラヴィエルは飛翔する。

これから来たる動乱の先駆け、ともすれば大嵐の目にもなりうる存在にこんな僻地で邂逅できたのは運が良いとしか言えない。




「やーっぱ日頃の行いだよねー。

ラビちゃんったら女神に愛されてるよ」




真実を知るものがいればとんでもない皮肉だと嘲る様な冗談を空に飛ばし、ラヴィエルは雲の上で踊る。

誰に見られる訳でもないと、彼女だけは知っていたから。

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