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第二十四話

どこからともなく凍てつく冷気が流れ込み、霜が降りた地を這う魔物は皆その目に生気を宿さない。

天井に出来上がった氷柱が降り注ぎ、滑る床にまた雪が降る。


ここは『ザラの地下迷宮ダンジョン』。

発見から三十年が経った現在でなお、未だ禁域と指定されている危険地帯である。



「あー寒い、冷たい。

凍った肌が剥がれそうだわ」


「やってみます?」


「やめろ」



王国が誇る中央調査隊や一流の冒険者ですら攻略を諦めたこの地に四人。

人間と魔族がそれぞれ二人ずつ歩いている。


転生以前に改造した学生服を着込むレンガは、マイナス五十度にもなるであろうこの迷宮で両腕を擦りながら文句を垂れている。

魔族の姉弟、ルシアとウィンは魔法でその身を極寒から守り、リーシャに至っては気にする様子も無い。



「ここの身張り番は四時間で交代らしいですから、人の身ではやはり耐えられないみたいですね」



ルシアとウィンは「お前も人だろ」と言いたい気持ちを抑え、黙って二人の会話を邪魔しない様心がけていた。

白い服を着込んだ人間達の溜まり場と化していたあの地下迷宮ダンジョンから、行き止まりの壁面に張り付いた転移の魔方陣を通りこの地に辿り着いた訳だが、想像以上の過酷さに二人は若干参っていた。

当然この場所は通った事があるはずだが、あの時はすぐ別の場所に転移できたため、今回の様にまったりと探索していた訳ではないのだ。



「うわ、地面から手出てんぞ」


「こんな寒いところでいつもご苦労様です」


「楽じゃねえよなあ地下迷宮ダンジョン側も。

俺が働くことになったら温泉の迷宮とかがいい」


「私が人事だったらレンガさんなんか即不採用ですよ」


「お前が人事の会社とか志望したくねえよ」



雪と氷が溶け合う地面から這い出た不死者を見て雑談に興じる二人。

骨だけの身体にぼろきれ一枚被っただけのそれは、あまりの反応の薄さに若干場をもて余していた。

彼も被害者である。



「魔法で繋がってる訳ではないんですか?」


「正確には魔素が目では視えない糸となって骨同士を繋げてるんだろうな。

魔法は練らなきゃ形にならねえが、こうも魔素が豊富で濃密な場所ならあの骨野郎か、それとも迷宮そのものか、どちらかの強い意思だけでああいう芸当が成立するらしい。

俺もやってみるか」


「やっぱり生皮を剥ぐんじゃないですか!」


「なんで骨になる所まで真似しなきゃいけねえんだよ。

真似するのは魔素を意思だけで操る方だ。

そのがっかりした顔をやめろ」



魔方陣を必要としない奇跡。

魔法発動の工程で最も時間を要するのは魔方陣の構築であり、それを破棄した簡単な事象、もしくはその改変は当然大した威力も規模もない。



「やっぱ不死しなずには炎だろ」



右掌を呻く死体に向かって伸ばし、強く念じる。

やっと敵意らしいものを向けたレンガに対して反応したのか、骨だけの怪物の身体が軋む。



「燃えろ」


「…………」



金の瞳がどろりと濁り、




「…………」


「…………グゲ?」




何も起こらなかった。



「燃えろ! 燃えて!」


「…………ググ」


「骨の方も困ってますよ」


「燃えてください!」



何を遊んでいるのだろう。

ルシアとウィンは共にそんな感想に頭を支配されていた。


彼らは命の恩人である。

それも救ってもらったのは一度や二度ではない。

感謝などいくらしようとも足りないだろう。

だが、この場では白い目を向けざるを得なかった。



「あほらし。もうやらねえわ」


「面白かったので日を置いてまたやってください」


「勝手に持ちネタにすんな」



白けた顔で、レンガは雑に右手を横に薙ぐ。

ただそれだけの行為で、不死者のそれぞれの骨を繋げていた魔素の糸がぷつりと断ち切られ、人の振りをしていた五体がどしゃりと雪に沈む。

魔法どころか魔素すら作用していない超常の力。



「考える脳が無いのに意思だけあるってのも面白いな。

考える脳があっても自分の意思が無い人間だっているってのに」


「皮肉屋ですね、レンガさん」


「現実主義だと言いなさい」



ルシアとウィンからすれば魔素がどうのよりその力の方が余程脅威である。


動かなくなった骨の束を避けて一本道を進む四人。

この『本道』はストーネスのそれと違い、完全に地下迷宮ダンジョンから独立している。

そのためバレシアの迷宮に繋がる転移の魔方陣の近くにいたカシウスの部下曰く、迷う事はあり得ない、との事だった。




「そろそろかな」



レンガのその言葉通り、視線の先には行き止まりと、転移の魔方陣が天井に張り付いている。



「やっと……」


「よかった……。お父さん、お母さん……、巫女様……!」



感慨にふけるウィンと、感極まり涙を浮かべるルシアを見て、レンガもリーシャも悪い気はしない。

はっと我に返った魔族の姉弟は、二人の前に並んで立ち居住まいを正す。

目尻の涙を拭う様はその外見より大分幼く見えたが、言うだけ野暮というものだった。

二人で目を見合わせ、まずはウィンから口を開く。




「その……、助けてくれて、ありがとう、ございました。

………………本当はまだ少し怖いけど、でも感謝してるのは本当だ…………、です……」



目を逸らし口ごもりながらも言葉を紡ぐウィン。

姉は何か言いたげだったが、レンガもリーシャもしっかりと礼を言った事に満足していたため何も言わなかった。



「私からも、本当にありがとうございました。

レンガさんも、リーシャさんも、お二人がいなかったら、私も弟もとうに死んでいました」



深々と頭を下げるルシア。大地の巫女とやらの候補という事もあってか、背筋を伸ばし恭しく振る舞う佇まいは随分と様になっている。

だが、反面その顔には少しだけ陰りが差している。



「………………それで、お礼についてなんですが」



そういう事か、とレンガにはようやくその表情の理由に合点がいく。

幾度となく命を救ってくれた恩人に対して、差し出せるものが無いのだろう。



気まずい沈黙にならずに済んだのは、リーシャの一声のお陰だった。



「では、先行投資といきましょう」


「…………せ、せんこう……?」


「私達はいつか、この様な裏道からではなく、地上から堂々と魔族領に入ります。

その時までに、立派になって再開できる事を信じてますよ」



深紅の目に射すくめられ、緊張するルシア。

強引なものの受け取り方をするならば、それは大地の巫女になって、自分達に便宜を図れと言っている様にも聞こえたかもしれない。

それはただ、物を寄越せと言われるより、ずっと重荷になったかもしれないが。



「はっ、はい! 頑張ります!」



針金もかくやという程に背筋を伸ばし、まるで軍人の様に答えるルシアに苦笑するリーシャ。

別に大した期待を込めて言ったわけではないのだが、大袈裟に捉えられたようだ。



━━━━━━━━━



何度もお辞儀をするルシアを宥め、二人の魔族はやがて魔方陣に吸い込まれていった。


長く広い通路に雪混じりの冷たい風がどこからか吹く。

氷で出来た蝙蝠に頭を齧られながらレンガは呆けていた。



「レンガさん、頭、食べられてますけど」


「あー、なんかよくわからんが疲れた」



いくら歯を立てども刺さらない事に飽いたのか、白い蝙蝠はどこかへと飛んでいってしまう。

リーシャはと言うと寄り付かれすらせず、無視を決め込まれていた。



「すげえ不安そうな顔しやがるからこっちまで不安になったわ」


「あのくらいの歳の子のお守りはあんまりしてこなかったものですから」



緩めた握りこぶしを顔の高さに上げるリーシャ。

どこからともなく現れた白い蝶は、その手に止まることなくレンガの杖に羽根を掠め霧散する。


静かな場所だった。



「レンガさん、見せたいものがあるんです」


「あのドラゴンか?」


「ええ、お友達になりました」



物事の終わらせ方を殺す事以外で成し得た彼女に驚きつつも、レンガは肩に掛けた鞄から一冊の厚く大きい本を手に取る。



「魔物の記述は……、まあこんなもんだろ。

しかし、このままいくとドラゴン図鑑になりそうだな」


「レンガさんと"私の"好きなものを載せていくんですから、そうなってもおかしくはないでしょう」



足元に積もった淡い雪を踏んで固め、リーシャは来た道を歩き始める。

彼女の言葉に意外さを感じつつも、レンガもそれにならって歩きだす。

何があったのだろう、そう考えはすれども答えは簡単には出ない事は知っている。


ただ、命を奪う以外の喜びを彼女が知ったのなら、



「連名、だな」



音になったかも怪しいレンガの口の中での呟きに、リーシャは答えない。

聴こえていなかったのか、それとも意図して無視したのか。


どちらでも悪くないなとレンガは息を抜く様に笑い、二人は氷と死の迷宮をあとにした。

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