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第十八話

ドラゴンハンターの等級は大きく分けて六つある。

最初は六等星から始まり、極まった者はやがて一等星と呼ばれる大陸有数の狩人となる。

一等星のドラゴンハンターはこの世界において両手の指で足りるほどの数しかおらず、国家における最高戦力と言われる二等星の者らが太刀打ちできない敵が現れた際に、極めて稀に王室から召集されることがある。


彼らの力は様々であり、斧で山を叩き斬る者や、無際限の知識を持つ者、千里を見渡す者など、どれも人知を超えたところにあるのは疑うべくもない。


その一人が、今、レンガの前に立っている。



「あなたも運が悪い。

こんな場所に迷い混むことさえなければ、その命が失われる事も無かった」


「…………武装教団か」


「中々に勘が鋭い。

ですが、少し違いますね」



白髪の男、カシウスは右手を突き出し魔方陣を編む。

幾重にも織り成した複雑な構造のそれはレンガには見破れなかった。



「名前は…………いえ、失礼。無用な事でした。

では、さようなら」



カシウスのその言葉と共に、不可視の弾丸がレンガの心臓を貫く。

衝撃のままに後ろに倒れ、迷宮の床にどさりと音をたてて身体は落ちる。


致命傷、どころではなく間違いなく死んでいる。

ぴくりとも動かない死体に満足してカシウス達は武器を収め背を向ける。



「先日見たあの魔族の子供達のせいでしょうか。

しかし、新しく発生した迷宮と繋がるとは。

また修復しなければならない、ああ面倒だ」


「カシウス様、あの者の死体は……」


「迷宮が食べてくれるでしょう。端にでも寄せておきなさい」



木が生い茂るこの地下迷宮ダンジョンでは微生物、虫などが他に比べて随分と多い。

生きていようと死んでいようと、魔素によって歪な進化を果たし常に腹を空かせている彼らが食事、もとい分解してくれるだろう。


白い装束の男が一人残り、レンガの死体の両脇に手を添え持ち上げる。


その時、



「………………へ……?」



間の抜けた声と共にレンガを持ち上げていた男は気を失う。

最期に見たものは、空の星々を散りばめた極天の金。


この場にカシウス達は既にいない。

助けを求める悲鳴も無く男は息を失う。

その大脳と心臓に流されたのは融解した金。



「なーんかキナくせえ国だとは思ってたがなあ。

人を滅ぼすとはまた、随分と思いきりのいい」



レンガは立ち上がり首をこきりと鳴らす。

穿たれた筈の服と心臓は、穴など初めから無かったかの様に元に戻っている。



「人じゃねえから関係無いんだよな。

どうしよ」




━━━━━━━━━━━━━━━━━━




「レンガさん、遅いですね」



ストーネスの地下迷宮ダンジョンでは、依然として三人が座って待機していた。

疲れたからという訳ではない。

むしろルシアとウィンの身体には自分でも驚くほど力が漲っていた。

神の食物を摂取すれば一時的ではあるが加護を授かる事が出来る。

その事を知る者は今この場にはいなかったが。



「も、もしかして何かあったのでしょうか……!?

私を追いかけてきた人間達に襲われていたりして……」


「うーん……、確かにレンガさんは脆いですけど……」



どれだけ魔法の技術に優れていようと、頭を砕かれたり、胸を抉られたりすれば人は死ぬ。

150年前、戦場で最後に生き残ったのはいつだって強い魔法使いではなく用心深い戦士達だった。


一部の優れた魔法使いは常に自分の周り、例えば皮膚の五センチ上に、一定以上の衝撃を吸収、または跳ね返す様な魔方陣を敷いている。

名が売れればそれだけ命を狙う者も増える。

街中であろうと森の中であろうと、油断は出来ない。



「……あの男は、防御魔法を張ってなかった。

不意打ちでも食らえば、多分死ぬぞ」


「ち、ちょっと、ウィン!」



優れた目を持つ魔族にはレンガの無防備さはお見通しだった。

その言葉の通り、レンガは一切の常時展開型の防御魔法を自分にかけていない。

ある程度の攻撃は染み付いた神々の加護の残滓が払ってくれるが、力持つ者らの魔法に関してはそうもいかない。


リーシャも150年の歳月でそれをよく知っていた。

あの男は、戦場に立つにはあまりにも脆すぎるのだ。




「ふふ、大丈夫ですよ。レンガさんを殺す事は簡単ですけど、滅ぼす事は誰にも出来ません」




人は、殺されれば普通は終わりだろう。

おかしな事を言う金髪赤眼の美女に、ルシアもウィンも首を少しだけ傾げる。



「たしか、

からにして、すずしずむ』ってよく言ってました。

意味はわからなかったんですけど、どうやら鏡と最小単位の力らしいです」



さらりと他人の力の核を漏らすリーシャだったが、生憎ルシアとウィンには欠片も理解出来なかった。

魔法、とは一言も言わなかった事に言及する気も起きない、完膚無きまでの意味不明が二人の頭の中で渦巻いている。

それが、殺されても滅びない事にどう繋がるのだろうか。



「鏡面に写した自分の魂や身体を取り換える力なんだそうで。

それも最小単位を"視る"力によって構成する物質全てを完全に読み取って転写するので、生まれるのは贋作ではなく常に真作なんですよね」


「…………り、……リーシャさん…………?」



わかりやすく噛み砕いて説明してくれているのだろうが、ルシアには変わらず意味がわからなかった。

生まれつき特殊な魔法を使える者は確かに存在する。

ルシアもその一人であり、他人には言えない秘密はいくらでもある。

それでも、世間話でもするかの様にリーシャが語る内容は、まるで共感も理解も出来ない。


そんな彼女を置き去りにして、まるで懐古する様に、というか実際に苦い思い出を振り返りながらリーシャは語るのをやめない。



「厄介なのはその発動速度と連続性でして、首を落とした六十分の一秒後には繋がってて、初め見たときは驚きを通り越して引きましたよ。

一応制限はあるらしく、一秒間の内に六十一回殺せば滅ぼせると知ったのは戦い始めてから大分経った頃でした……。

自動術式だとかでこっちが殺し続ける間でもレンガさんは自由に動くので、実質不可能なんですよね」




刃を首に差し込み一秒待った事もあったが、その時は自分から首を切断して逃げられた。

千の破片に刻んでも、顔を上げれば平気な顔で笑っていた。

一秒が無限を作り、生んだ無限が次の一秒を作り出す。

魔神にとって、死は終わりではない。




「要はアレを滅ぼせる人間はいません。

出来たとしてもせいぜい私くらいでしょうね」




━━━━━━━━━━━━━━━━━━




木々が生え渡る謎の地下迷宮ダンジョンをレンガは一人歩いていた。

戻ろうにもなぜか壁に張り付いた転移の魔方陣は光を失っている。


基本的な構造は変わりないが、見たこともない植物が地面や壁から飛び出し、広い筈の通路が少しだけ狭く感じる。



「人間を滅ぼす、か」



長い白髪をなびかせていたあの男の発言。

一等星のドラゴンハンターは、一人で一国の軍隊を相手取ることが出来ると、そう聞いていたレンガはその力を疑ってはいなかった。


カシウスの力は確かなものだった。

なんの抵抗もしなかったとはいえレンガの身体を貫ける攻撃をああも容易く放てるのは驚異だろう。

だが、レンガの興味はそれ以上に彼の動機にあった。



「人を諦めたのか、見限ったのか」



おそらく大層な理由があるのだろうが。

レンガとしては人が滅ぶ事についてはあまり関心は無い。

そもそも不可能だからだ。


流行り病も、戦争も、宗教も、何一つとして人類の殲滅を成し得なかった。

厄介な事に人は窮地に立たされるほど強くなり、そして群れる。


対人類組織の首魁がカシウスかは不明だが、いずれにせよこの王国とその周辺の同盟国を相手取るのはどう考えても無理がある。

人智を超えた魔法や秘法を用いても、同じ様な力で対抗されるだけだ。

世界はそう出来ている。



「そんなことはわかりそうなものだがな」



遥か先で人の声がする。

カシウス達だろうか。


レンガは少し悩んだ後、消えかけの転移の魔方陣に向かって黒く細い光の矢を三度放つ。

壁をすり抜け消えていったそれの意味を汲み取ってくれる事を願い、鞄から漆黒の杖を取り出す。



「さて…」



そのまま姿を隠すことなく、レンガは声のする方へと足を進める。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━




王都グリアノスから馬車を三十分程走らせば、そこはかの名高い『バレシア沼地』。

雪解け水からなるその湿地には多種多様な動植物がひしめき合い、高温多湿な環境ゆえにドラゴンも集まりやすい。


条件だけを見ればそれなりに危険なはずの場所だが、とある理由によって人の往来が激しく、結果的に街道周辺よりも比較的安全になっていた。


『バレシアの地下迷宮ダンジョン』の存在である。

火を起こし、水を呼び、光を発する等、様々な効力を発揮する、地上には存在しない特殊な鉱石、『喚石よびいし』が最初に発見されたのもこの場所であり、最も有名かつ、広く、喚石の採取、採掘量も比較的多い。


今や人々の生活に欠かせなくなったその鉱石を求めて、日夜潜る者が後を絶たない。

一等星のドラゴンハンターと中央調査隊の連携により、最深部まで攻略、踏破され、地下迷宮ダンジョン入り口付近には幾つもの売店や休憩所が並び、さながら観光地の様にまでなっている有り様である。


中央の指示により迷宮内の情報は一通り無料で開示されており、万が一危険な魔物に遭遇しても、比較的逃げ仰せ易く、また他の冒険者やドラゴンハンターの助力も得やすい。


くまなく探索され尽くしたであろうバレシアの地下迷宮ダンジョンだが、一般人、ともすれば一流のドラゴンハンターや中央調査隊ですら知らないとある区画が実は存在してる。





「カシウス様、ストーネスの方は今しがた調査隊との話がついたようです」


「仕事が早くて助かりますね」



辺り一面に広がる緑と、それにそぐわない大量の武器の数々。

ある物は無造作に置かれ、ある物は壁一面に立て掛けられている。


バレシアの地下迷宮ダンジョンの地下二階、真上から見れば正方形の形をとっているこの階層には秘密がある。



「大鷲の猟団よりステルク様が向かわれました。

『本道』の隠蔽にはそう時間はかからないかと」


「二等星のステルクくんですか。

彼ならば問題ないでしょうね。

本来ならば準一等星になっている筈が、こちらの都合で振り回してしまっているのですから。

報酬の方は少し弾んで差し上げましょう」



バレシアだけではない。

全ての地下迷宮ダンジョンには、人類には知られてはならない秘密が存在している。


カシウス達が今立っているのは地図に載らない場所。

通行不可の更に向こう側である。



「…………しかし、彼は随分と時間がかかっていますね。

まさか死体を埋めているわけでもあるまいに」


「転移の魔方陣に何か不備があったのかもしれません。

カシウス様、一度私が確認して━━━」



その男の言葉は途中で途切れる事となる。

無理も無い。

一直線の通路の向こうから、何かが歩いてきている。

人のかたちをしてはいるが、彼らだけはそれを人だと思うことは出来なかった。

なぜなら、それは先ほど死んだ筈の存在。

一等星のドラゴンハンターの攻撃をその身に受け、確かに血を流して倒れた筈だ。


ならば、今こちらに歩みを進める者はなんだと言うのだろう。


各々が疑念に悩まされる中、唯一平静を保っていた白髪の男が、死んだ筈のそれに向かい合う。




「………………名前を、訊いておきましょうか」


「レンガ・ヴェスペリアだ。よろしく」

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