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第十四話

宿の街、ストーネス。

王都グリアノスの真南に位置するその小さな街は、南方から都を目指す者達にとっては寄らずにはいられない場所にある。

その名の通り、街にある施設の殆どは個人が経営する宿であり、長旅の小休憩には持ってこいのオアシスである。



━━━━━━━━━



「おっ、あんたら中々いい身なりしてんな。

さては……、あんたらもここの『地下迷宮ダンジョン』目当てだな?」



丸一晩歩き続け、オーランを発った翌日にこのストーネスの街に着いたレンガとリーシャは、高台にある街への入り口に繋がる大階段の足元でそう声をかけられる。

浅く丸い帽子に、砂避けのローブ、靴や手袋はぼろぼろであり、どうやら相当遠くから来たと思われる出で立ちの男だ。


小さな街だと聞いていたが、近づくにつれ随分と人の往来が激しくなっていた。

今も日が暮れかけているというのに大荷物を持った人々が次々と忙しなく街に足を運んでいる。


観光地、というよりかは王都のお膝元。

田舎者はこの街の高い宿に泊まり、都での所作を覚えるとも言われる場所である。

客足が絶えないのはわかるが、それにしてもどこか異様だとレンガは感じていた。


それに、今の男の発言にはとても無視できないフレーズが含まれていた。



「………………………まあ、そんなとこだ。

その様子だと、まだ攻略は成されてないみたいだな」



正直に無知を明かして情報を貰ってもよかったが、レンガとしてはそうした情報は自分でも集められる、本当に欲しい情報は同業者然として振る舞っている方が飛び込んできやすいと考えていた。


実際のところは先を越された様な感覚ゆえのちっぽけなプライドから来る抵抗みたいなものだったが生憎表情に出すほど面脆くはない。

こういう時だけやたらと勘の鋭い隣の金髪赤眼が意味ありげに揺れていたが、レンガはきっぱりと無視した。



「そりゃあまだ見つかって二日だからなあ。

でも既に新種の『喚石よびいし』が掘られたなんて噂まで広まってるくらいだからな。

早い者勝ちよ、じゃあな、お前さん達」



そう言って男は大階段を駆け足で上っていく。

いつまでも立ってるわけにもいかず、二人も大階段を上がることにした。



「『喚石よびいし』ってなんですか、レンガさん」


「お前、わかってて聞いてるだろ……」



当然、レンガもそんなものは初耳である。

名前からして鉱物、文脈からして地下迷宮ダンジョンで採取出来るのだろうと想像はつくが。



「聞くところによるとここで田舎者だと思われるのはマズいらしいな」


「"泥落とし"、この街の別名ですよね。

身体を、心を綺麗にしてから王都に向かえと」



強い潔癖意識。それは今の王都にはあまり残っていない、古き悪習。

目的という中身を失い、手段という形のみが残った結果、理由の無い差別意識だけが人々の心の隅に息づいていた。

レンガが情報収集を躊躇う理由の一つがそれである。



「とりあえず宿行くか。

泥は落ちねえかもしれねえが」


「150年ものの汚れですから」




━━━━━━━━━━━━━━━━━━




そう広くない街を散策し始めてから三十分。

レンガとリーシャは入り口の大看板の近くで途方に暮れていた。



「空きが無いなんて、聞いてません……」



頬に伝う髪をくるくると指に巻きながらリーシャは憮然と呟く。

レンガも同じ表情で腕を組んでいる。



「いくらなんでも、人来すぎだろ……」



街を行き交う人々が口々に話していた『地下迷宮ダンジョン』の単語。

整理するに、この街の近くに新しく地下迷宮ダンジョンが生まれ、それを知った各地のドラゴンハンターや冒険者がこぞって詰めかけていると。



「ガイウスのおっさん、明らかに過剰な額の金くれたから高い宿にでも泊まってみたかったんだけどなあ」


「今日は寝ずで地下迷宮ダンジョンに向かいますか?」



街を出入りする者にちらちらと見られながら、二人は悩んでいた。

そろそろ夜の帳が降りるだろう。悩むのは嫌いではないが、行動する方が性に合うのは二人とも同じだった。



「街の北の街道の脇、だっけかな。

なんか緊張してきたな。魔物? 魔獣?

迷宮内にはよくわからん奴等がいるんだろ」


「強いといいですね」


「面白いとなおいいな」




━━━━━━━━━━━━━━━━━━




「はあ……」



レンガとリーシャは街をそのまま北側へ抜け、他の冒険者達の後を追うように向かった先には、確かに地下迷宮ダンジョンはあった。


巨大な石の門を正方形に四つ並べたものが入り口だと説明され、二人で頷くまではよかった。

問題は、長蛇の列。



「いや……………………、まさかあんだけ人がいるとはな」



レンガの嘆きは誰に聞こえるでもない。

なぜならここは小さな林の入り口。

二人は結局入り口にいた怪しい男から整理券(?)だけを貰って、街道から逸れた林の近くでむくれていた。



「新しく発見された地下迷宮ダンジョンは、王都の中央調査隊がその危険度を精査するまでは、基本的に立ち入りは厳禁。

その後は、一等星のドラゴンハンターや、中央調査隊に認められた一部の冒険者のみが入ることを許可され、一般の人間が入れるのは一番最後。

なかなかに世知辛いですね」


「おおかた利権絡みだろうな。

地下迷宮は誰のものでもない。

しいて言うなら大陸の共有財産らしいが、実情は違う。


いち早く稀少鉱石等の素材を手に入れたい中央の連中が先遣隊を送って、一人占めだ。

まあ、個人が力を持ちすぎるのを抑圧したいってのは当然の考えだが」


「それにしても、並んでた人達は中央のお叱りが怖くないんでしょうか。

明確な罰則等は設けられてないとの事でしたが」



二人が今語る内容は、列にまだ並ぶ気があった頃に他の探索者達の会話を盗み聞いたものである。


なぜ街にドラゴンハンターや冒険者達が溢れかえっていたのか。

それは、王族や貴族、商合連盟らに甘い汁を吸われる前にこっそり先んじてしまおうという理由から来るものだった。


お陰でレンガ達は爪弾きにされ、街へ戻っても宿は空いておらず、二人は仕方なく木々を背負って作戦を建て直していた。


実力行使で無理矢理地下迷宮ダンジョンに入ることも出来なくはなかったが、あれだけ人がいては快適に探索することなど不可能だろう。




「『転移の魔法』ってのは気になるが、仕方ねえ。

……………………って、どうしたリーシャ?」


「美味しそうな香り………………?」




形のいい鼻をつんと立てるようにして辺りを窺うリーシャに、レンガは浮かんだ反論を喉元に留めて押し黙る。

彼女が確かに感じたならば、疑うよりも先にすべき事がある。

とにかく邪魔立てはせず、見に徹する。



「街とは反対方向……。

でも、この先は……」



オーランの街の近くにあった薄氷うすらいの森とは似ても似つかない、小さな木々の先をリーシャは見つめていた。

時は夜。

薄暗くはあるが、入れば帰って来られないという訳ではない。



「……気になるな。誰かが夜営しているだけかもしれねえが」


「行ってみませんか? レンガさん。

私、普通の嗅覚も鋭いですけど、厄介ごとならもっと鼻が利くんです」



普通なら危険を避ける為の能力を、惜しみ無く発揮して渦中に乗り込む。


木々を縫う様に進み、靴で雑草をわけて進んだ先にあったのは、明かりの灯る小さな小屋だった。



「…………物好きもいるもんだな。

木こりかなんかか?」


「いえ……、レンガさん、あれ」



リーシャの視線を追えば、そこには『音の宿』と書かれた木の看板。

漏れ出る光に照らされたそれは、夜目の利く二人でなくとも見えただろう。



「そう言えば私達、まだ今日の宿決まっていませんでしたね」


「……それはそうだが」


「ごめんくださーい」



レンガの決断を待たず木のドアを開くリーシャ。


その時、レンガはある事実に気付く。


そっと鞄に手を入れ、一つの杖を握り締める。

リーシャに気付かれることなく発動させた魔法ならざる力は、やがて真実をありありと映す。



「……………………こいつは……」


「あら、珍しい。お客さんなんて、いつぶりだろうね」



レンガの思考はその言葉によって打ち切られる事になる。


エプロンを着た三、四十代と思われる女性が、リーシャが開けたドアの中から声をかけていた。


レンガはその方向を見て、一瞬硬直する。



「どうしたんですか、レンガさん?」


「……いや、問題無い。

あの、"店主さん"、実は俺達今日泊まる宿を探してて……」



口調の端に違和感を乗せるレンガを不思議そうな目で見ていたリーシャ。



「あら、それならうちに泊まっていったらどうかしら。

安くするわよ?」



その言葉にレンガは、"納得した様に"頷き、二人は小屋の中へと入る。


最初に目に留まったのは古めかしい大時計。

居間に広がる調度品はどれも格調高く、そして少しだけ古く見える。



「奥の個室をどうぞ。掃除は毎日欠かしてないから綺麗よ?」


「ありがとうございます。

………………って、レンガさん? 先ほどからどうしたんですか。

何か変な事でもありましたか……?」


「………………いや、こんな場所にこんないい宿があったのかと驚いていたんだ」



少しだけ険しい顔をして顎に手を当てるレンガの背中をリーシャが押して、奥の部屋へと二人は入る。


まず目に入ったのは豪華なベッドが二つと、"月明かり"が強く差す窓。

壁に大きく飾られた風景画に、木で出来た安楽椅子が窓元に一つ。



「これ、オーランのそこそこ高かった宿よりも豪華じゃないですか……?」


「……………………そうだな」



意外そうに目を丸くするリーシャに、レンガは素っ気なく答える。

確かにこの部屋の家具ひとつとっても、オーランどころかストーネスの高級宿に匹敵する程の高級感が溢れていた。





しばらく部屋で一息ついた後に、レンガが代金を払うついでに夕食を断り、この日は終わることになる。


喋り疲れたのだろうか、隣のベッドではリーシャが寝息をたてていた。



「誰が悪さしてるんだろうな、リーシャ」



自分に向けて囁く様な声の大きさの呟きに、帰ってくる言葉は無い。



結局レンガは眠りにつく事無く、翌日の朝を迎えた。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━




「二人とも、本当に朝食はいらないのかい?」


「ええ、少し特殊な事情があるので、すみません。

それとご主人の件ですが……」


「ああ、いいのよ。すぐには帰っては来ないだろうと思ってたしねえ」



レンガとリーシャ、それに昨日と同じエプロンを着けた店主の女性の三人は、早朝の居間で会話に興じていた。




三十分ほど前。

この日、物音から店主が起きた事を察知したレンガは居間に向かっていた。

店主と一対一で話をするためである。


『何を待っているのか』と、レンガは素直にそう告げた。

脈絡の無さすぎる質問に、しかし不思議がるでもなく店主は答えた。

『主人を待っている』と。


それからリーシャが居間に来ても、二人は会話を続けていた。


何年か前に、王都の近くに新しく地下迷宮ダンジョンが発見され、それを店主の夫は、王都に宿を構えたいという妻の願いを叶えるために、一攫千金を狙って攻略に向かったという。


レンガはここで一つの確信に至っていた。

だが、水を差す様な真似はしない。


今回の一件は、レンガにはどうしても成さねばならない理由があった。



「それじゃあ行ってらっしゃい。気を付けなよ」



手を振る店主に見送られ、二人は林を抜け街道に出る。


湿った雲が空を覆い、今にも雨を降らせんとしている。

街道を歩く人の姿はまばらで、昨夜のような人々の賑わいは凪いでいる。




「…………昨日の月」




宿を発ってからずっと黙っていたリーシャが、ぽつりとそうこぼす。



「昨日って、月は出ていましたか?」



歩きつつ、前を向いたままリーシャはそう問う。

あらかじめ用意していた答えを放る様にレンガは答える。



「いや、ぶ厚い雲が邪魔して欠片も見えちゃいなかった」



その言葉を聞いて満足したリーシャは、少しだけ歩調を速める。


昼頃になるまで、二人の間に会話は無かった。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━




ストーネスの地下迷宮ダンジョンは、既に中央調査隊の管理下に落ちていた。

街道沿いに馬を停め、重武装の兵士達が地下迷宮ダンジョンの入り口を囲む様に見張っている。

一晩の内にここまでするとは余程いいものが眠っているのだろうとレンガはうすら笑っていた。



「内部も人払いされてそうだ。

逆にやりやすいな」



『光の魔法』で姿を消し、『飛行の魔法』で空から転移の陣を踏む。


正直なところ、レンガはこの『転移の魔法』を信用していなかった。

物体の移動なのか、異なる二空間の狭間を削り取るのか、離れた場所で肉体を再構成するのか、皆目見当がついていない。



「なるようになれ、ですよ、レンガさん」


「お前はもう少し後先考えろ……」



四つの巨大な石の門が囲う正方形の中には巨大な魔方陣。

そこそこ魔法を得意とするレンガですら読み取る事が困難な、難解な術式だ。

姿の見えない二人を兵士達が捉える事はない。


そのまま二人は着地し、地下の世界へと旅立った。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━




「姉さん、急いで!

あいつらもう来てる!」


「う、うん……!」



迷宮の中、少年に手を引かれ走る少女。

彼らは今、追われていた。

剣が、魔法が、殺意が自分達の背中を突き刺さんとしているようだ。


追っ手は皆、王国の兵士。

それも凄まじく練度の高い、迷宮慣れした者達。

姉弟は彼らに何かをしたわけではない。

普通ならば刃を向けられる道理など無いはずだ。


だが、残念な事にこの姉弟は普通ではなかった。

浅黒い肌、長く鋭い犬歯。



「見付けたぞ! 人類の敵め!」



二人は、人間とは少し身体と精神の構造が違う。


俗に言う、魔族である。




光の矢がウィンの頬を掠めた。

姉の手を引いてなんとか走って逃げてはいるが、相手とて馬鹿ではない。

すでにこの階層は完璧にマッピングされ、狩りの様に自分達は袋小路へと追い詰められているのが嫌でもわかる。



「ウィン! 私が足止めを……!」


「何言ってんだよ! 置いてけるわけないだろ!?」



息を切らして走る二人の正面には二手に別れた道。

下の階層に逃げ込む最後の機会だ。

足は止めず、一瞬だけ振り向いてウィンは魔法を放つ。



「光り伝え、『輝導ルクス』!」



光の礫が宙を舞う。

これが今の自分が使える最大の攻撃魔法。

少しでも足止めになればいいと放ったそれは、しかし兵士達の放った対光魔法によって一瞬で消し去られる。



「……! くそっ!」



未だ息の整わない姉の手を引いて二手の道の右側を選ぼうとした刹那、そのどちらからも重武装の兵士が迫ってくる。

完璧な布陣と連携。


焦りと低酸素から鼓動は早鐘を打ち、耳元まで響く。



(どうする……!? 命乞いなんて聞いてくれる相手じゃない。

僕の魔法は効かなかった。せめて姉さんが魔法を使えれば……!)



「終わりだ。薄汚い魔族ども」



広い迷宮の通路と言えど、敷かれた兵士の壁を越えて逃げる事は出来そうもない。


ウィンの瞳には悔しさから涙が滲んでいた。

世界はいつも理不尽で、答えの無い選択を無理矢理強いてきた。

それを耐え続け生きてきた結末がこれとは。

この世界を作った女神はきっと、自分達の事が嫌いなのだろう。


諦め、せめて自決しようと魔力を込めたその時、



「なにっ!?」


「きゃっ!」


「なんだ!? 天井が!!」



人も魔族も関係無く、その場にいた誰もが突然の揺れと崩落する天井に意識を取られる。

本来、地下迷宮ダンジョンの分厚い壁は壊れる事はない。

厚さもさることながら、その材質は地上では存在し得ない複数の物質から成り立っており、それこそ一等星級の超常の使い手達がなんとか亀裂を入れられるくらいだろう。


落ちてくる小石から姉を庇うように覆い被さるウィン。


その時、天から不思議な声がした。




「何やってんだ、あんたら」




赤と黒が交互に混じるような髪。

全く輝いていないのにはっきりとその色だとわかる金の瞳。

異国の服装にローブと肩掛け鞄。




「な……、何者だ貴様!? ここは今立ち入り禁止のはずだ!」




兵士の一人が大穴の空いた天井に向かってそう怒鳴る。

ウィン達のいる角度からはしっかりとその男の顔が見えていた。

魔族の癖で、ウィンはつい覗き見てしまう。

その男の、底を。




「何者って言われてもなあ。

んなもん決まってるだろ」




ウィンがその男に見たのは、赤い海だった。

混じり過ぎて、どれが本来の色かわからないほどに歪。

濁った泥のような粘度なのに、なぜか透き通って見える不思議な魂。


男は軽い音と共にウィン達のいる階層に降り立ち、得意気に嗤う。




「魔神だ」




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