あらすじ 兼 第一話
どこまでも広がる、名も無き平原にて
「今日こそぶっ殺してやるよ!
なまくら女ァ!!」
「そのなまくらに斬られて死ぬんですよあなたは!」
今日も今日とて剣と魔法がぶつかり合う。
世界を焼き付くす炎獄の大魔法は、天地を二分する神の剣閃によってかき消される。
完全な互角。
その後しばらくお互いの全力を叩き込み合うも、骨を抉り肉を裂いたところでその命にはまるで届かない。
結局今日も決着がつかず、息を切らしてへたりこむ二人の男女。
「なあ、リーシャ」
「なんでしょう、レンガさん」
大の字になって青い空を仰ぎ見る男。
胡座をかいて瞑想に耽る女。
「飽きたわ」
「奇遇ですね。私もです」
昔、二つの国が領土を奪い合い争っていた。
戦いは激化し、共に切り札と呼べる存在を投入するに至る。
帝国からは魔神転生者、夕病 恋餓。
共和国からは剣神リーシャ・マナガレウス。
超越者たる二人の戦いはありとあらゆる被害を撒き散らし、母なる大地に癒えぬ傷を負わせるに至る。
事態を重く見た諸外国は、争う二国の"許可を得て"、五百人余りの魔術師の力を集め、収束させ完成させた『無間の魔法』によって、世界を削り合う二人をここではないどこかへ幽閉した。
それから150年。
厄介払いされた二人は、戦い続けていた。
不死に近い二人の肉体は、朽ちることを忘れ全盛を保ち続ける。
されど、その精神はもはや疲れ果て、限界に近かった。
魔法にも、寿命は存在する。
魔法を構成する固定化された魔素が主の命を忘れ、崩れるように朽ちていく。
150年間、化け物二人を収容していたこの世界も、もはや限界だった。
「なんか空、光ってねえ?」
「え?」
こうして真なる世界は、多大なる犠牲をもって封印していた人外二人を、争いの無い平和な世界へ呼び戻してしまった。
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「なあ、リーシャ」
「はい、レンガさん」
「これってもしかして」
「もしかするかもしれませんね」
緑深まる森の中。
二人はただ立ち尽くしていた。
「帰ってきたのか。俺たち」
「願えば叶うという事ですね」
その言葉で実感が湧いたのか、レンガは両手を握りわなわなと全身を震わせる。
「ぃぃぃよっしゃあああああ!!
やっとクソみてえな日々におさらばだ!
さーてどうしよっかなあ、まずは飯か?宿か?」
「レンガさん」
「ああん?」
「浮かれているところ申し訳ないのですが、これを見てください」
リーシャに人差し指で後ろから肩をつつかれ、レンガは振り向く。
そこにあったのは苔むした碑石。
彫られているのはこの世界の公用語、ルーク文字だ。
「えっと?『魔神と剣神ここに眠る』」
「はい」
腕を組み、なにやら考える振りをするレンガ。
刻まれているものの意味を理解できなかったわけではない、その逆、理解できたからこそ悩んでいた。
やがて、数秒もしない内に思考を諦める。
「死んでんじゃん、俺ら」
「そうみたいですね」
なんでこの女はこんなに冷静なんだよ、と心の中で愚痴を漏らし、レンガは背中に背負った三本の杖の内の一つを握る。
「まあ勝手に死んだことにされてるのは納得いかねえが。
とりあえず帝国のおっさん共に挨拶してくるわ。
びっくりするだろうなー、俺が生きてるなんて知ったら」
「…………ねえ、レンガさん。私たちがこちらの世界で最後に戦った場所、覚えていますか?」
「なんだ急に。あー、全部灰にしちまってたから覚えてないな。逆にお前覚えてるのか?」
「いいえ。だけど一つ、確実に言えるのは、
こんな"緑溢れる場所"なんて、私たちの戦場にはありませんでした」
言わんとしている事はわかる。
まずこの石碑は、自分達が争い、そして封印された地の楔として建てられたのだろう。
だが当時の戦いは苛烈を極めていた。それこそ一切を焦土とせんばかりに。
ならばこの森は一体。
「偶然戦場から離れた所に俺らが戻されたんじゃねえの?
あんな荒れ地がここまで豊かになるなんて、それこそ何十年も……」
「……」
そう、何十年。
自分達の見た目が変わってないゆえに実感が無かったが、そう言えば随分と長い間戦っていたような。
嫌な予感がレンガの背筋をゆっくりと這う。
「……まさか、『無間の魔法』とやらで飛ばされた世界って、もしかして時間の流れはこっちと同じなのか?」
「……だとすればここは」
考えたくはない、が考えざるを得ない。
「あの時から数十年後の、私たちからすれば未来の世界。でしょうか」
勘弁してくれよ、と胸中でレンガはため息をつく。
それでは、自分が命を賭してまで守ろうとしたものは、今どうなっているのか。
沈みかけた気持ちをなんとか押し留めようとしたレンガの耳に、不意に遠くからの乾いた破裂音が届く。
「なんだ?銃声か?」
「いえ……レンガさん、空を」
首を曲げ木々の隙間から天を見れば、そこには白い煙。
「信号弾……いや、式典用の花火か?」
『翼の魔法』を自分とリーシャにかけ、森を突き抜け空から世界を俯瞰する。
遠くの街で、なにやら祭りが行われているようだった。
それも、知らない街。どうやら本当に長い時が過ぎ去ったらしい。
「とりあえずあの街にでも行ってみるか。お前はどうすんだ」
「私は……。そうですね、私も同行します。あなたがいると色々と便利なので」
素直に話せば下心ではないと言わんばかりに余計な事を口にするリーシャだったが、もうレンガはいちいち突っ込む気力は無い。
怪しまれないよう森の終わりで『翼の魔法』を解除し、街道から歩いて街に向かう。
「ん……?おっそこのお二人さん!どうかね!うちのトウモロコシは!
味はお国が保証するよ!」
街道に沿ってぽつぽつと立つ屋台のうち、焼いたトウモロコシを売る店の店主がレンガとリーシャにそう呼び掛けてくる。
ちょうど良い、そう思い、レンガはある質問をしてみた。
「なあ、おっちゃん。これって何の祭り?」
「……あれま、あんた異国からの旅人かね?
今日はかの帝国と共和国の大魔法大戦の終戦から150年の記念の大祭よ!いやあめでたい!帝国も共和国も無くなっちまったが、その想いはこのバレンディア王国が受け継ぐってなあ!」
「………………………ありがとう、おっちゃん。
後で食べに来るよ」
店を後にし、街へ向かうすがら、二人は無言になっていた。
多分、三十年は経っているんだろうなと、心のどこかで思っていた。
もしかしたら四十年、いや下手をすれば五十年。
だが
「俺たちってもしかして、バカか?」
「一緒にしないでください」
150年はやりすぎだろう。
人の往来がある中で叫ぶのは躊躇われたが、レンガの胸中では存在しない鼓膜を突き破らんばかりにそう叫んでいた。