腹黒
お姫様というのは物語ではよく自由な恋愛ができないと悲劇のヒロインを演じることが多い。自由な恋愛できない代わりに民衆からの税金で贅沢三昧していることを俺は許せない。
「———というわけで、断らせていただく」
「むぅ、贅沢は姫という立場上、当然ということでしかないわ」
「普通に人間としてお前無理だわ」
中世ヨーロッパ時代だぞ、まだ冬季には飢え死にする可能性もある時代だ。それがお城でぬくぬくと贅沢できるということがどれだけ幸せなことか。
「確かに姫としての役割ではありますが、齢50のおっさんのところへなんて嫁ぎたくはないわ。50の[ピーーー]を[ピーーー]して[ピーーー]するなんて!」
「ほとんどピー音じゃねえか!」
この姫なんちゅう下ネタぶっ込みやがる。
「貴様!姫様に何を言わせるか」
「聞いてたよね!?どう考えても自分から下ネタぶっ込んでたよね!?自爆してたよね!?」
「貴様の[ピーーー]を[ピーーー]してくれよう」
「お前もかーーー!?」
姫が姫なら従者も従者だよ。
「って、あいつら戻ってきてるじゃねえか」
「何?カイト王子が?」
「俺は隠れるぞ!」
「待て、逃すか!」
「姉さん?姉さんたちがいないぞ!」
「そんな!?」
「賊は近くに潜伏してたんだ」
「あのデコイに索敵スキルを混乱されたってこと?」
なにやら外が騒がしい。っていうか狭い。
「なんでお前らまで隠れてるんだよ」
「貴様を逃がすわけにはいくまい」
いや、俺は別に何もしていないだろ。
「姫様が婚約を望まれたのだ。気絶させてでも連れて行くぞ」
「アリア待って、私は帰る気はないわ」
「帰る気がないとは?」
「私が彼に嫁ぐのです。この地を治め、祖国に益をもたらし、ノースランドを必ずや繁栄させてみせますわ」
「なんという素晴らしいお考えを」
なんでいきなりちっちゃなドラマ始まってんねん。
「ハルト様は結婚されるのですか?」
「しねえよ」
横で2人が憤慨しているが無視無視。
「第一にまだ食糧供給でさえ安定していないんだぞ。食い扶持が1人増えるだけで大変なんだよ」
「食糧は多少余っていたのでは?」
「1人分ならな」
このお姫様は細身だからあまり食べないだろうが、それでも半サバイバル状態の俺の状況を悪化させかねない。第一に俺には結婚する気なんて毛頭ないわけで。異世界に来て2日目にお姫様に告白されるとか、それなんてエロゲー?
「異世界に来て10分足らずでプロポーズして来た記憶はどこへ消えたのでしょうか?」
「都合の悪いことは忘れる性格なんだ」
蹴らないで。
っていうか右の2人からも蹴られてるんだが?
「痛えよ、やめてくれ」
「浮気はダメですよ。ダーリン♪」
「いきなり100段階も話を飛ばされたらわけわかんないです。それとダーリンじゃないです」
「ダーリン聞いていますか?」
「俺の話も聞こうよ?!」
人工芝の下に隠れてる俺たち、というか俺とワイズちゃんと何故か2人だが、どうやら冒険者風の王子たちはテンパってやがる。今は声には出せないが姫様たちがいないのは俺のせいじゃないぞ。
「くそ、このデコイ壊しても効力があるのか」
「粉微塵にするまで効果があるのかも」
「このままじゃ、姉さんたちは…、くそっ」
姉さんなら俺の右隣にいますよ。なんで隠れてるんだろうか。
しばらく観察してみたが、どうやらここら辺を探索する2人と街へ戻る2人に分かれるみたいだ。王子は残るとのこと。捜索部隊を出させるとのこと。
やめてくれます!?
「カイトも使えますわね。これでこのダンジョンが数多くの人に認知され、冒険者ギルドやら貴族の介入を抑えながら、王国がいの一番に探索に乗り出せます。そしてこの地に国を築いて私は嫁ぎ、あの脂ぎったおっさんから逃げ切ることができるでしょう」
「腹の中真っ黒じゃねえか」
「あらやだダーリン、私の身を心配してくれてるの?」
「どこをどう解釈したんだよ」
「お腹が黒いって、大丈夫。病気は患っていないわ」
「神経太すぎるだろ」
「あらやだダーリン聞き間違い?太ってるだなんて、こう見えてもスタイルには気をつけているのよ」
「ほっへひたひ」
頬つねらないで。別に太ってるなんて言ってないから。
「貴様、数々の無礼。姫様の前でなければ100度は斬り捨てているぞ!」
「どっちかというとイジメられてるの俺の方なんだけど」
なんという理不尽。お、残った2人がちょっと遠ざかったな。
「よし、今のうちだ。三十六計逃げるに如かず」
「お待ちくださいまし」
「ぐほぁ!?」
足引っ掛けて止めるなよ。顔めっちゃ痛い。俺の姫様に対する好感度が0を下回ってマイナスの域に突入すんぞこら。
「本当に一考だけでいいので、考えてくれませんか?」
「………それは俺の背中の上から退いてから言ってくれます?」
「逃げないですか?」
「逃げませんよ」
「では」
ちょっ、耳に息当たってくすぐったい。
「私と結婚してください」
ただ、それだけを耳元で呟いて姫様は俺の背中から退いた。
「し、失礼するよ」
「動きカクカクですよマスター」
ジト目で見ないでワイズちゃん。その顔は好みすぎる。
「死ねばいいのに」
「生きる!」
「馬鹿ですか、まったく。それで?あのお姫様に対する好感度はマイナスに突入したのですか?」
好感度99%くらいだな。
「サイテーですねマスター」
でもワイズちゃんがナンバーワンだから。
「別に聞いていないです」
「これでいいでしょう」
「本当に彼に嫁ぐのですか?」
「ええ」
「姫様がお決めになられたのであれば、私は何も言いません」
「アリア、この地は本当に素晴らしいわ。人の手が届くところにこれほどの緑が溢れている。まるで別世界よ」
「ダンジョンですからね」
「そうね。ダンジョンとは思えないわ。それに勇者を召喚したウェストランド王の側室になるよりは遥かにマシです」
「そうですね」
「いえ、マシと言うのはハルト様に申し訳ありませんね。勇者よりもよっぽど我が国に益となります。そう思いませんか?」
「私には判断しかねるかと」
「ふふふ」
クレアは小さく、確かに嗤った。