クレアとワイズのくだらないお話
暗殺者が潜入してきて1週間が経過した。彼の鈍感さにはいつも呆れてしまうが、危険察知系のスキルも持っていないため、無防備な彼を守るのは私の役目である。彼が死ぬことになればすなわち、私も存在を保つことができなくなり、それは死を意味する。精霊である自分は生を受けているような現状にこだわりを持っているわけではないが、個として存在を認められているのであれば、生に固執してしまうのだろうか。それとも純粋に彼に亡くなって欲しくないのか。思考の海に浸るのは暗殺者を対処してからでもいいか。
暗殺者の手段はとてもシンプルなものである。毒矢や飲食物に毒を混合したり、寝静まった夜から日が登る1時間くらい前の明け方に侵入してきたり、街中で就寝することが増えているハルト様は危機意識が足りていないのではないだろうか。直接攻撃でもしてきてくれたら簡単に対処することもできるが、暗殺では確実な証拠を提示しなければならない。科学的には犯人像を特定できても因果関係を明確にしなければ暗殺者として断定することは叶わない。それに一応はハルト様も立場的には市長であり、ダンジョンマスターということを伏せているから、暗殺者の犯人の動機を改名した際に、身の潔白を行うことも難しい。ノースランドは表向きにはハルト様の暗殺に協力していることになっているため、
イーストランドの視察団を案内するための準備とかで忙しそうに働いている。
「さて、面倒ごともそろそろ終わりでしょう」
「面倒ごと?」
「ええ、ハルト様を狙っていた暗殺者のことです」
「ダーリンはそれ知ってるの?」
「知らないでしょう」
「…、それでワイズの言うことだから確かなのでしょうが、どうしてその暗殺者という面倒ごとが片付くというの?」
「ある意味でこれから勇者に仕掛ける方法と同じようなことですね」
「というと?」
「資金が尽きます」
「どういう身の守り方なのかしら…」
散財しているという感覚はないだろう。嗜好品関係に強いこの街は人の欲望を駆り立てる。しかも他の街よりも安ければ散財する。安いと財布の紐も緩むというもの。もっともダンジョンの入り口で出稼ぎ申請を通していることからダンジョンを巡って資金を稼ぐということもあるだろう。そうなれば思う壺である。
ハルト様は嗜好品や娯楽を整えて、なおかつそこに財産を割いてしまう構造を街づくりに組み込んでいる。それだけなら破産して人々は離れるか、もしくはお金を使わなくなるだろう。しかし、この街はお金を稼ぐ手段があり、それも安全に結構な額を稼げる。そうなればもう歯車の完成である。立派なラビリンスアースの住人となるだろう。
稼げば娯楽に散財し、また稼ぐ。
一度この街で暮らせば外の街の暮らしは辛いものになるだろう。今の娯楽関連の最有力なものは酒だった。
もっともその構造を維持するためにハルト様自身がMPを消費して酒をカタログ購入しているわけで、酒の販売には限界量がある。ハルト様自身のレベルの上昇もかなり緩やかになり、一応最難関ダンジョンにモンスターを送り込んで微々たる経験値は稼いでいるが、高レベルすぎてもうレベルが上がらない。このままでは一生酒買うだけの機械と化してしまうだろう。そうならないために他の嗜好品や娯楽の多様性を増やそうと躍起している。酒類の再現はかなり難しく、結局カタログ購入に頼り切ることになりそう。
「それで彼が暗殺者です」
「真夏なのにねえ」
「財布は真冬ですね」
暗殺者は自分の財布の中を覗いてため息を吐いている。
「自分を狙う敵も引き込んでしまうのは彼らしい考えね」
「いえ、気づいていないのでハルト様自身の考えとは言い難いかと」
「偶然ってこと?」
「うーん、もともとは勇者にも同様の手段で対処しようとしていたことからハルト様の考えなのでしょうか。ですが、勇者があれでは…」
直接勇者を見た感想は人ではない何か。人間には欲望というものがあるが、あれはかなり特殊な思考回路を持った人物だった。ハルト様自身が仕掛ける防御網には引っかからないタイプだろう。勇者は歪んでいる。ハルト様も気づいているかは定かではないが、何かしらは感じ取ったはずだ。
「あー、涼しいー」
「クレア、ダラけすぎですよ」
「だってこんな涼しい部屋を作り出せるなんてー」
「ハルト様も電車を動かす要領で電力でエアコンを動かせばこんなに時間かからなかったのに」
「それじゃあ売れないからでしょー」
「安全性はあまり担保されていないのですが…」
一応理論的には安全性は担保されているが、劣化次第でどうなることやら。その辺の保証とかは考えていないのだろうか。
「ダーリンは何か考えがあるみたいよー」
「そうしているとマリエルみたいですよ」
「あら?私のような完璧な淑女とあんなエセ聖女と同等に扱わないでくれないかしら?」
「普通にマリエルは聖女ですよ」
今更姿勢を正しても先ほどのダラけきった体勢でついた顔の跡はそうそうに消えません。そろそろハルト様にこの駄目王女の本性を見せつけてやりたいですね。
「あら?大丈夫かしら?」
「暗殺者がハルト様に難癖つけてますね」
「側にいなくて大丈夫?」
「アリアがいます」
「アリアいたのね」
交代制というわけでもないが、アリアは時間があればハルト様の護衛をしてくれる。私も働きづめなのは嫌なので助かります。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「姫様は勉強中か、邪魔して悪いですね」
「大丈夫ですわ」
クレアはなんで様になるような格好で本を読んでいるふりをしているのか。取り繕っても先ほどついていた顔の跡はまだ消えていませんよ。って微妙に体勢をずらして左頰についている跡をハルト様の死角に隠しながら会話している。
なんて卑怯な。
「何かもめていたようですが?」
「ああ、上手い酒売るから破産したって怒られた」
「なんですのそれ?」
「褒められるのは悪くはないけど、所詮カタログ購入で買ったものだしなあ…」
褒められていると判断するのはポジティブですね。ハルト様らしいと言いますか。さてニコニコ顔を微妙に正面向いていない王女のダラけきった跡をハルト様に見てもらいましょうか。スキルを駆使して右を向かせるように誘導するが、クレアもまたスキルを駆使して抵抗してくる。くっ、顔についた赤い跡がみるみる回復していく。ハルト様に本性をバレたくないというアホみたいな理由で高回復魔法を使いましたね。クレアの魔法を可逆させて封じましょう。
あれ?
効いていない。まさか、クレアが魔法を使っているわけではない!
ハルト様の後ろに控えているアリアを対象に魔法を可逆させると回復が止まった。この王女なんて卑劣な!?従者に回復魔法を使わせてまでハルト様に本性を隠しますか!
アリアを止めればクレアが自分で回復させています。魔法の可逆は1人にしか行えないのでこれでは八方塞がりですね。
1対1なら確実に勝てるのですが…。アリアもアリアです。
ハルト様は忙しそうに自室となっている部屋に引きこもった。また何か街のために働くのだろう。その様子を見送ってから私はアリアの方を向く。
「アリア」
「なんだ?」
「なぜ邪魔をするのですか?」
「私としても主人にふさわしい男性に嫁いでもらいたいと考えています」
貰い手いないだけでしょう。これならウェストランド王に嫁がせておけば…。ハルト様もとんだ悪女に騙されたものです。見た目は美女でも中身がアレなら失望やむなしでしょう。しかし、ハルト様に対しては真摯な部分しか見せない小狡い王女。さすがに姑みたいですが、これからも文句はつけさせていただきますので、ご覚悟を。




