ダンジョン
「梅雨明けましたかね」
「いや、梅雨という季節があるのかどうか」
「ここら辺はあると思いますよ。雨季といえばいいでしょうか」
「島国育ちでな、大陸の天気なんて知らんのよ」
「海は近くにありますが、大陸と島国の気候は少し違いますね」
「だろ?」
「と言いましても海に近いので気候は似ていますよ」
「あ、そうなんか?」
「南に行けば乾季もあるでしょう。緯度は日本に近いですから、ただ雪はなかなか降りませんが」
「そいつは残念だな」
「外は肌寒くなって来ましたね」
「季節は重なってるけど緯度が違うとは思わなかった。終焉の街から見える山が雪被ってきたし」
「一応ここのダンジョンの出口も山の途中ですからね。冬支度は結構大変になりそうです」
「マジかー」
ワイズちゃんと世間話を話しながら市長室で暇を潰していると一通の手紙が届く。
「なんぞ?」
「ノースランド王からですね」
「厄介ごとは勘弁してくれよ」
「どちらかというとハルト様の方が厄介ごとを持ち込みますよね?」
「今日は天気がいいな日向ぼっこしようぜ」
「どちらかというとハルト様の方が厄介ごとを持ち込みますよね?」
「ループすんの?どこぞのNPCだよ、怖いわ」
ワイズちゃんに軽くお叱りを受けながら、手紙を流し見る。なんか長いこと書き込まれている手紙だが要約すると、『イーストランドから調査員が来るので対応してくれ』とのこと。1行でまとまるじゃねえか。なんで三枚降りにされた羊皮紙に小さな字で細かく書いているのか。お偉いさんは話と文章が長すぎる。
「案内するにももう俺自身が冒険の街も鉄道の街も把握できない状態だからな、広くなったもんだ」
「人口も1万人超えていますし」
「境界の街の方も色々とやらなきゃいけないこともあるし」
「そのことですが」
ワイズちゃんが手紙を取り出す。
「2枚あったのか」
「いえ、こちらはアリア経由ですね」
「ふーん、何が書いてあるんだ?」
「領主がカンカンに怒っているとか」
「やっべ、貴族のことすっかり忘れてたわ」
王政のノースランド、もちろん地方の自治を受け持つのは貴族が該当する。そして人の住処が少ない現状は貴族の中でも選ばれた者しか所有できないものになっている。といってもほとんどが国が管轄しているため、貴族はお飾り中間管理職なわけだが、自分の受け持っている街が突如ゴーストタウンにされたら苦情も出るわけで、境界の街の貴族がカンカンに怒っているとのこと。あなたの部下の市長からは了解を得られたんだけどなあ。というか謁見の間で境界の街を預かった時から貴族が出てくるのは話が違うと思うのだけれど。
「で、怒っている内容は?」
「境界の街の処遇を勝手に決めたことですね。しかし、これはノースランド王がハルト様に許可を与えていたので、意味のない主張になります。ただ、貴族の影響力が弱いとはいえ、国に忠信を持って役割を全うしていただけに、ノースランド王も貴族の方を持ちたいと」
「んなアホな、王様が二転三転してどうするよ。国のためと一度決めたからには貫いて欲しいもんだが」
「というわけで一度ノースランド城に顔を出せと」
「…すまん、文脈って知ってるか?」
「領地没収みたいな状況になってしまった説明のためでしょうか?それでもまだハルト様の功績は公にするべきではないと思いますね。立場が立場なだけに」
違うな。娘の顔見たくなっただけだろ。一度視察がてら顔を見せに来たけど、あれからひと月くらい時間経ってるし。
「お父様は何を考えているのかしら?」
「おはよう」
「おはようございます」
「また要塞の街に行くのか、結構遠いんだよな」
「帰省ですか?」
「帰省って…」
完全にうちの子ですやん。
「あとゲートを持って来いと」
「あ、察し」
物資運ぶ人材がいなければ、物資を運ぶ距離をなくせばいいってことさ。
「ゲートってダンジョン間しか繋げないんじゃなかったのか?」
「繋げませんよ?」
「なら王都の要塞の街近くのダンジョンに置くのか」
「いえ、王都に置けばいいのでは?」
「どういうこと?ダンジョンでもあるのか?」
「いえ、多分あの近くにはダンジョンはありませんよ」
ワイズちゃんは何を言っているのやら。
「そのことを話すのですね」
「?」
なんだ?なんだ?姫様もかなり深刻そうな表情をしているんだけど。
「もうそろそろ頃合いだと思いまして」
「そうですか、私はしばし静観させていただきます」
クレア王女が少し離れ、ソファーに腰を落ち着ける。
「ハルト様、ゲートはダンジョン間をつなぐ役割です」
「そう聞いたけど?」
「ですので、ダンジョン以外の場所には設置することはできません。ウェストランドの地下にゲートを繋げたのはそこにダンジョンがあったからではありません」
クレア王女誘拐のためにウェストランドに攻め込んだが、誘導のためのモンスターの襲撃に用いたのはゲートだ。地下に大量のモンスターを待機させ、一気に地上へ出現させた。だが、そのゲートは本来ダンジョンに設置しなければならず、ワイズちゃんの意向の元に地下に設置することになっていた。ダンジョン化でもしたのだろうと勝手に思っていたが、真実はそうじゃなかったということか。
「つまり外の世界と私たちが称している世界もまたダンジョンなのですよ」
「嘘だろ!?」
「嘘ではありません」
「クレアは知っていたのか!?」
クレア王女の方を振り返ると目を閉じた状態で座っており、静かに頷いた。
目を開け、紅茶の水面に目を落とし、つぶやくように語り始めた。
「その真実を知る者は限りなく少ないでしょう。四大国の王族、そして教会の幹部の人くらいしか知らないことです。私も少し前に教わったことがありました。ですが、私たちの世界で出現する魔物は実は1体しか確認されていません」
「1体…、それって」
「ええ、魔王だけが再出現します」
「なんだそれ!?」
つまりいくら勇者が魔王を倒してもまた魔王は復活をしてしまうのか。
「ならどうして魔王討伐なんて行おうとしているんだ?」
「魔王を生み出す装置の破壊が目的です」
「魔王を生み出すスポットの破壊か」
「ええ。外の世界のダンジョンマスターは存在の一つも確認できていません。ただ、魔王は倒してもダンジョンが、世界が崩壊することはないので魔王がダンジョンマスターだということはないですね」
「それなら教会はなんでダンジョン破壊を目論んでいるんだ?」
「教会の表面上の体裁です。本当の目的はダンジョンという存在のあり方を理解するためのものです。しかし信徒たちにとって目の前の敵は魔物ですから、それを生み出すダンジョンを悪としているのでしょう」
教会はダンジョンを敵視しているのではなく、ダンジョン自体を理解しようとしている。待てよ、それならノースランド支部の聖女のマリエルがこぼしていた言葉って…。
『ここはある種のサンプルですよー』
マリエルは確かにそう話していた。
「教会は実験的にダンジョンを作り出そうとした?」
俺の呟きにクレア王女は黙ってしまう。
「ワイズちゃん…」
「はい、少し長くなりますが、お話しさせていただきます」
教会がかつて終焉と名前をつけるほどに強敵だった魔王城の跡地に魔力を集結させました。そして集結した高密度の魔力は爆発を起こし、終焉の街近くに位相の異なる巨大なダンジョンを形成することに成功しました。自分たちのいる世界には干渉させない特別な方法で行われました。純粋で高密度な魔力爆発は様々な現象を引き起こします。方向性のない巨大なエネルギーは常に発散と収束を繰り返し、爆発は半永久的に、しかし位相が異なるために外の世界には何の影響もなく続きました。そして、爆発の規模が少しずつ大きくなるに連れ、空間の位相が幾度も歪み、多くの位相を形成し、破壊もしました。しかしその爆発と収束は終わりを迎えます。規模が大きくなり、外の外の外の世界に繋がり、ついには遠く離れたはずの世界にあるハルト様の魂に触れました。それをきっかけに巨大な魔力爆発は完全にハルト様の意思という方向性を得ることで収束していきました。そしてハルト様の意思を乗せたダンジョンが形成されます。それがラビリンスアースです。
「クレアは…、知っていたのか?」
「いえ、ただ予測はしていました。教会が実験的にダンジョンを作り出そうとしていることは…」
「…」
「でも!私は———」
「少し考えさせてくれ」
俺はぐちゃぐちゃになっている思考回路を正すために距離を置く他なかった。
「ハルト…」
「いずれは話さなければなりません。彼は本来この世界にいてはいけない魂ですから、それがこの地に運ばれてきた真実を知るべきです」
「でも、話さないという選択肢もあったのではないかしら」
外では俺を心配するクレア王女とワイズちゃんの声が聞こえる。
「いえ、もうこのラビリンスアースを外の世界、ワールドワイドウォールに———」
「なんやそのワールドワイドウェブのパクリみたいなのは」
「なんですか?もう落ち込みタイム終了ですか?復活早すぎますよ」
「いや、冷静に考えたらもう一回、生を受けただけでも幸運だなって」
「能天気な方は羨ましいですね」
ワイズちゃんもなかなかに能天気な性格してるからね?




