市長室の日常
「輸出物資ねえ…、近場に売ってる鉄も上限に軽く到達して鉄の値段も崩れ始めてるし。値段が崩れないようにするためには採掘量を減らす。なら今生計をアイアンスライムで立てている人たちを転職させる。その転職先は、…いやそううまくいくだろうか。鉄で生計を立てるのが困難になれば自然と移動する…、うーん…」
どうしたもんかなー。
椅子で舟こぎしながら思考を巡らせる。
輸出物資でお金を稼いでもその先がいまいち展望がないんだよなあ。
今の生活水準に文句自体はあまり出てないんだよなあ。俺個人でやりたいことといえば公衆の水源とかを各家庭に配備するとか、さすがに現代日本社会のようなインフラ整備はきついか。
鉄の価格を抑え込むために他の職業を提供すると、それで得たお金をどう使っていくのか。いかん、取らぬ狸のなんたらになっている。目下の問題は鉄の供給を抑えることだ。
「クレア」
「あら、ワイズどうしました?」
「ハルト様があのように没入しているのでお茶にしましょう」
「ええ、そうしましょうか」
ワイズちゃんからクレア王女へのお茶のお誘い。集中できない俺に気を利かせて一人にしてくれたのだろうか。
「ハルト〜!来たぞ〜!」
「おい、ふざけんな。たった今気を利かせてくれたワイズちゃんに土下座しろ」
べろんべろんに酔った聖女のマリエルがやってきた。
「いや〜、お酒美味しくてね〜、私ここの子になる〜」
「子ども宣言しといて酔っ払ってるとかどういうことだよ」
「モラル〜、なにそれおいしいの〜?」
「お前仮にも聖女だろうが!」
「仮じゃないです〜、立派な聖女です〜、脱いだらすごいんだぞ〜」
「聖女と裸体に何の因果があるんだよ。俺は忙しいからドワーフのおっちゃんたちと飲んでこい」
「だっておっちゃんたち働いてるし〜」
「俺も働いてんだよ!」
酒瓶片手にぐでんぐでんに酔っ払っている聖女をソファーに寝かして俺は仕事に没入、できなかった。
「ぐかー」
「うるせ」
寝たら寝たでうるさいとかまじでどっか行ってくれないかな。
「頼もー」
「また来客か、どうぞ」
「よっ、ハルト元気か?元気じゃねえな、誰この姉ちゃん」
「聖女。…おい待て帰るな、踵を返すな」
「明らかに面倒だろ、というか聖女様がこんな場所にいるかよ」
「………寝てるから気にするな」
「いびきうるさ」
普通は聖女と信じないよな。
商人のロイドを客用のソファーに座らせる。向かい合っている横から騒音が聞こえるが無視だ。
「武器の売れ行きは悪いな。むしろここで売れる」
「一応ダンジョン攻略で冒険者が集ってきているからな」
「力量のある冒険者はゴールデンスライムを狩りに忙しいけどな」
「あっちもあっちで問題があったな」
「…なんかやつれてね?」
「うーん、あまり考えがまとまらなくてな」
「鉄の大きな供給は果たせたけど、暴落とまではいかないが、過剰供給になっていることか」
「そう、それと他の需要が浮き彫りになって来ないことだ。強いて需要があるのは人材くらいだからな」
「あー、確かに。いや、一応魔族と戦争中のイーストランドは食糧不足になっているからそこに需要はあるかもな」
「戦争ねえ」
戦争は儲かる。昔そんなことを聞いたが、なるほど、確かに戦争は需要を大きく増やすことにはなるか。戦争で大きく消耗する武器も野太い供給量でむしろ鉄は過剰に存在し、だが一方でそれを輸出する人材、加工する人材が足りていない。
食料は戦争で前線に送り込むための保存の効く食料があまり作れていないということだろう。イーストランドは大きな国で戦争でも前線にかなりの物資を送り込んでいるが、他三ヶ国からの支援以外にも普通に物資を買っているらしい。
「特にサウスランドはイーストランドにかなりの食料を売っているな。ノースランドも元々作物の出来が悪いからサウスランドから買っていたが、これからは減るだろうし」
「ある意味食料自給率は大幅にアップしているけどな」
「誰も食わんぞ、あれ」
「猪だからうまいと思ったんだけどなあ」
「俺も食べてみたが、うまいというかただひたすらに味気なかった。調味料の味しかしなかったぞ」
「飢える心配はないだろ?」
「それと需要はまた別だ」
食えるならうまい方がいいよな。多少値は張ってもだ。
「あとはそうだな。最近の需要というか不満というか」
「なんだ?」
「やっぱり道は整備されていてもここに来る途中にビッグブルーバタフライの住処があるのはなあ」
「あー、それか確かにな。…駆除するか」
「駆除のクエストを発注するとか?」
「それもありだが、あれを受ける冒険者がいるかどうか…」
「アリアさんが受けてくれそうだけど?」
「その手があったな」
だいたいアリアさんがなんとかしてくれる。
「あとはそうだ、色々とやりたいことがあるって言ってたけど、各家庭に水を通すとか」
「それな。技術的にやっぱり厳しくてな、やってみたいんだけど」
現代日本のような生活はどうしてもお金がかかる。逆にいえば、それだけ需要が生まれる。水道、電気、ガスの水道光熱費とかこっちの世界じゃほとんどかからないからな。水は欲しけりゃ運べ状態だし、電気とガスは存在が認知されているが利用はされていない。もちろん家電もないわけで、現代日本で過ごしてきた俺からすれば、この世界の住人が満足できる生活水準に不満を覚えているわけで。
「いや待てよ?魔力結晶とかいうのがあったな」
「魔晶石か?」
「そんな名前だったか」
「各属性のもあるからな、特定の魔晶石を集めるのは苦労するぞ」
「そこら辺はどうにかするさ、後は冒険者たちのレベルアップだな。魔晶石ドロップするモンスターはかなり強いし」
「まあよくわからんが、魔晶石で稼ごうって魂胆か?」
「できれば輸出したいけど、機構ができるかどうか」
「機構?」
「ちょいと高級品をな」
「ふーん。完成したら見せてくれよな」
「もちろん。ああ、でも護衛はつけろよ。盗まれたらやべえからな」
「どんな高級品だよ」
もしかしたら白物家電が作れそうだ。もし完成にこじつければ、魔晶石を原動力とした商品を作り出し、動かすエネルギーとして新しい輸出物資にできる。外の世界でも魔晶石は戦闘用の魔力補助アイテムとしての使用がメインである。俺には縁のないアイテムだ。一応火の魔晶石を着火剤代わりに使うこともあるらしいが、採算が取れないし火打ち石で事足りるからもったいない。だが、そういった使用方法があることはわかっている。ならばそれを利用して白物家電を作れば爆発的に売れるだろう。そして魔晶石の生産ラインを確保できればぼろ儲けも可能だ。
「白物家電が完成するかどうかは不明だけど…」
この世界で機械は未知の領域だからな。ある意味でチート種族のドワーフに頼み込んで見るとしよう。
「なんにせよ売れる商品ができたら声かけてくれよな」
「他に何かあるか?」
「いや、特にないぞ。今は普通に仕事するだけだ。邪魔したな」
「あいよー」
ロイドはお茶を一口つけただけですぐに帰っていった。
「ぐかー」
「まだ寝てたのかよ」
変わったBGMがする市長室でカタログから家電を作れそうなアイテムを探したり、魔晶石をドロップするモンスターをピックアップする。
「なんかカタログでかくなってる気がするなあ…」
不意にノックが聞こえる。
「どうぞー」
「邪魔する」
人影を確認した瞬間、マッハで聖女を投げ飛ばした。
「いやー、アリアさんこんにちは」
「なんか今投げ飛ばさなかったか?」
「ちょいと粗大ゴミの片付けをしていただけですよ」
「そうか」
聖女と密会ではないけど、そう考えられる状況を作り出してはアリアさんにしばかれる。まず間違いなく王女に不貞を働いた的なことでどやされる。俺の直感は瞬時にそれを理解した。結果聖女は犠牲になったのだ。奥の部屋でクレア王女とワイズちゃんが処してくれるだろう。
「何か用でしょうか?」
「先ほど依頼があってな、ビッグブルーバタフライの討伐依頼を頼まれてな」
仕事早すぎ、むしろ誰が依頼したし、絶対クレア王女だろう。奥の部屋で聞いててそのまま依頼出したのか?あの人が勝手に動くと何かと俺が面倒ごと背負わされるからなあ。
「それで報酬の市長のポケットマネー100万ゲインは本当か?」
「なにそれきいてない」
100万ゲインってあれだな。一生涯働けば稼げるって額だな。日本円にして1億円程度だぞ。そんなに持ってるわけないだろ。
「私も欲しいものがあってな。私も一応女だからな。どうしても宝石の類に目がなくてな。安月給というわけではないし、十二分に稼がせてもらっているのだがそう簡単に手が出せなくてだな—————というわけで調印を頼む」
話が長すぎてほとんど右から左に聞き流していたが、差し出された紙に目を通す。
アリアさんが持って来た依頼書に俺のサインがなかった。
「正式依頼じゃねえ依頼を正式にしようとしに来たのかよ」
「ハルトなら宝石くらい用意できるだろう?」
「報酬内容さりげなく変えようとしているし。はあ…、それでどんな宝石ですか?」
「アダマンタイト」
「馬鹿高え宝石じゃねえか!?」
城が建つって言われる宝石だぞ!
「というか100万ゲインじゃ買えないだろ。まったく届いてねえし」
「いやー、どうしても欲しくてな」
「図々しすぎる!?一歩も引かねえし!」
カタログをめくるとあった。
あったし。
100万MP。
「無理っす」
「そんなー!?」
なんだこの必要MP値、インフレも大概にしやがれ。というかこれだけ高いってことは何か使い道が他にあるんだろうな。
「それよりどうしてアダマンタイト欲しいんですか?」
「その宝石はな、美しいだけでなく装備しているとスキルの効果が1.5倍になるという破格な性能をしているんだ」
「ス・キ・ル!ちくしょうめ!」
「あっ、こら。おまえの商売道具だろ叩きつけるな」
カタログは俺の固有スキルだからパワーアップするのかな?買えないけどな。俺のMP3万くらいだし。
「アダマンタイトは無理ですね。あと1億年くらいしたら作れるかも?」
「まあ無理ということがわかっただけでいいさ。なら100万ゲインで手を打とうか」
「詐欺師の手口だぞ」
数億ゲインから100万ゲインになって安いってなるかよ。
「ちっ」
「舌打ち!?今舌打ちしたよな!?聞こえたぞこら」
「してない」
「嘘つけ!」
天然娘に依頼書を突き返してやった。そのままちょっと肩を落としながらアリアさんは退室していった。あとで正式依頼を貼っておこう。
「はあ…、今日は碌な訪問者しかこねえな。ロイドがまともに見えるとはな…」
「たのもー」
「もう誰よー」
机に突っ伏したまま新たにやってきた訪問者に答える。
「ここが市長さんのお部屋と聞いて来たのですが…」
なんか見覚えあるぞ。慌てて逃げてった少女だ。ワイズちゃんが彼女の手紙を拾って逃げた子だったな。
「こちらに聖女が来てると聞いたのですが」
「呑んだくれているから奥の部屋で休ませてるよ」
「えっ?」
「えっ?」
?
どうしたのか、少女の動きが止まった。
「奥で休んでいるから入っていいよ」
「あ、あの失礼します!!」
なんだ?
部屋の前で大声をあげて入っていった。
「マ、マリエル様っ!?」
「うっ、ぐすっ」
なんか泣いてるし。なんだ?聖女はワイズちゃんの毒舌にやられるような豆腐メンタルじゃなかった気がするけど。
「リズ、わたくし、わたくしっ!ぐすっ…」
「マ、マリエル様っ!貴様はここで始末する」
ほわっつ!?
って、後ろであっかんべーしてる酔っ払いを見ろや。これあれか、事後にでも見えたってことか!?
「無罪だ無罪を主張する!」
「犯罪者はみんなそう言うんですよ」
「じゃあどうすりゃいいんだよ!」
「裁判なんて必要ありません。ここで私がお前を始末すればすべて解決します。これで!」
懐から何かを取り出し、すごい勢いで踏み込んで来た。
早すぎて対応できない。
俺の護衛のワイズちゃんも動くことなく、俺は少女の抜刀をそのまま目で追うこともできなかった。
「?」
「?」
「なんか生きてる」
「………」
少女の手にはナイフはなく、煮干しを抜刀していた。
「いやー、迫真の演技でしたねー」
「………」
聖女の声を背後から聞いたシスターのリズって子がプルプル震えている。めっちゃ煮干しを見て震えている。聖女がすり替えたんだな。
それとあれか、危険性がいっさいなかったから紅茶飲んでるんですねワイズちゃん。先に言って欲しかった。ちびったらどうしてくれんの?
「マリエル…」
「もうー、そこはマリエルお姉ちゃんでしょー。あと勘違いで人にスキルを放っちゃダメだぞー」
「マリエル…」
「リズちゃん何を想像してたのー?リズちゃんのえっちー」
「ころす!」
直球。
俺の時は始末だったのに。
なんか市長室がリアル鬼ごっこと化しているから明日から仕事しよ。




