自治領と四大国
予定していなかった幸いかもしれない。怪我の功名なのかもしれない、マッチポンプのように境界の街の住人がラビリンスアースに越してきた。犯人側ではないのだが、一応同族の侵略のおかげで境界の街の住人を取り込むことができた。ダンジョンということもあり、嫌悪する者も多くいたが、ラビリンスアースではなく終焉の街に移り住む者は意外にも少数となった。理由は終焉の街に人を受け入れるキャパシティーがなかったからで、終焉の街の市長が移民をかなり渋っていた。その点ラビリンスアースは受け入れるのに十二分な土地が余っている。
「もう自治領くらいは名乗ってもいいですよね?」
「いいでしょう。今や人材も多く、防備も行えるようになりました」
境界の街が魔族に襲撃されたことを機に義勇軍が募り、その延長で軍隊の形をとることができた。実際に参加した義勇軍の半分以上は元の職に戻ったが、ダンジョン攻略も行う軍隊という一風変わった軍隊を編成した。ダンジョン攻略も仕事であり、そこで得られるドロップ品は各自のものとなる。冒険者からすれば定職に就きながら一攫千金ができる職業として、純粋な冒険者はかなり少なくなってしまった。
「ラビリンスアースはノースランド国の自治領となることを宣言する」
クレア王女、ワイズちゃん、カイト王子、アリアさん、エリスさん、隊長さんしかいないが、重役が多くいる前で宣言した。
「ノースランド王にはすぐに言伝を出しておきました」
「勝手に決めて父上が何をいうかわからないだろうに」
「仕方ないのですよ。二重に関税奪うにはこうした方がいいので」
「最低かよ」
カイト王子にとやかく言われるが気にしない。俺も一応命かかってるからな。勇者は一旦は手を引いてくれはするが、ウェストランド王はまだ諦めていないからそのうち拠点を作りに来るだろう。
「それではそろそろ名前を決めてもいいのでは?さすがに不便に感じます」
「街とここの自治領の名前か…」
ずっと名前を決めあぐねていたからな。ダンジョン街という通称はあったけどそれに該当する街が2つあるからな。どっちがダンジョン街かわからないよな。どっちもダンジョン街だけど。
「じゃあ税関の街と酒造の街で」
「却下」
「マッハで否定しなくても」
「名前が露骨すぎます」
終焉の街も大概だと思いますけどね?
クレア王女にダメ出しを食らったので改めて名前を考える。
「ダンジョンの入り口が冒険の街、もう一つは鉄道の街にしよう」
「名が街を表していますわ、いい名前ですわね」
鉄道の街っておそらく鉄の道の街みたいなオシャレ感があるように翻訳されてそうだな。電車の街に違いはないけども。冒険の街も今のラビリンスアースでダンジョン数が4つもある場所だからな。タワーアンダーラビリンス、ワイルドボアエリア、アイアンスライムダンジョン、デスギミックダンジョン。一応名前はつけているがそれぞれ通称で呼ばれていたりするのであまり定着していない。そんな街なら冒険という言葉は結構当てはまるだろう。それにラビリンスアースの冒険の開始地点にもなる。
「冒険の街か。確かにな昨今の情勢で冒険者という肩書きにその名の通り冒険している者は非常に稀だからな。ラビリンスアースに足を踏み入れた者なら、もしかしたら古来の冒険者の姿を取り戻せるのだろうか」
アリアさんがしみじみと呟いている。冒険者=魔物討伐者みたいな図式になっているからな。
「案外とラビリンスアースから外に出ることが冒険かもしれんじゃろうに」
確かに、外の世界の方が冒険感あるな。危険だし。エリスさんはお抱えの子ども冒険者たちを安全な場所に避難させた感覚に陥っているだろうな。
「鉄道の街か。俺も引退したらあの大きな乗り物を動かしてみたいものだ」
鉄オタになった隊長さん。
「はあ、ただのダンジョンマスターがどうしてこんなことになるのでしょうか…」
「俺に管理できないほど巨大なダンジョンだったからな。普通じゃない方法でダンジョン管理をしてみた。といえばいいのか?」
「まあ、なるようになるでしょう。ハルト様、そろそろアレが欲しいです」
「アレって…、ああいつものか」
「ええ、国を運営していくための外貨を稼ぐ輸出産業」
「そうだな、いつもの………うん?」
ダンジョンのチュートリアル妖精から絶対に聞けないような言葉を聞いたぞ。ダージリン・ティーじゃねえのかよ。
サウスランド王国。
「———報告は以上になります」
「そうか」
まだ国王として歴史的に若輩に該当するサウスランド王が密偵からの報告を聞き入れる。
「面白いことになっている」
「いいのですか?」
「いいとは?」
「いえ、ノースランドをこのまま放置しても」
「確かに、今のノースランドの経済状況を鑑みるに我々にも影響が少なからず出るだろう」
「我々サウスランドの脅威になり得るかと」
「それはないな。脅威になっているのは教会にすぎない。サウスランドに教会の本部があるから我々の敵だと?」
サウスランド王の問いかけに男は黙っている。
「奴らの弱みに付け込んでいただけにすぎない。それがなくなることが不満だと?」
「いえ…」
「農業区画の整備もされているか、食料の輸出でこれ以上儲けるのは難しいかもしれないな。イーストランドはまだ売れるだろう。さてさて、次は何を考えようか」
「国民からの不満の声はどうしましょうか」
「知らんな」
男の質問をサウスランド王は一蹴してしまう。
「脳筋どもには魔族相手に頑張ってもらわねばな」
イーストランド帝国。四大国最強の陣営といわれる国。
「ノースランド王からダンジョンの視察をする言伝だと?」
「変わった物が届きましたね」
「あの腑抜けでもこのような戯言をわざわざ伝えるようなことはせんだろう」
イーストランドの皇帝は魔族との戦時に忙しい最中である。しかし、その情勢を知っているノースランドからこのような急ぎの用件でもなく、内容も不可思議なものを送って来ることはない。
「何かあるのは確かだ」
「ですが、今人材を割くのは…」
「いや、研究機関の連中を向かわせる」
「研究機関ですか…、しかし連中はあくまでも学者ですよ。ダンジョンに向かわせるなんて」
「問題ない。護衛はノースランドにやらせておけ。あれはドがつくほどの腑抜けの王だぞ。だが、王には違いない。礼節は弁えるだろうさ。こちらの研究員も国賓として丁寧に扱うさ。それに何か企んでいるのは確かだ。そしてそれは私たちにとって有益になるかもしれない」
イーストランドの皇帝は艶やかな黒髪を搔き上げる。
「面白そうだ」
最年少で国王の座について稀代の女皇帝はどこか影のある笑みを浮かべた。
ウェストランド王国。王室区域。
「クソッ」
勇者からの報告を受け、ウェストランド王は憤りを抑えきれていなかった。
「広すぎるダンジョンだと…!?」
勇者の報告は色々とあった。魔族と交戦することになったり、その交戦した街はダンジョンに引っ越していると。そしてそのダンジョンこそがウェストランド王の目的の人物が攫われている場所だ。街一つを軽くダンジョンに取り入れてしまうほどの大きさ。そのような報告など普通は信じることができようにない。しかし、勇者以外にも数多くの刺客を向かわせ、そこから受けた報告はすべて同じであった。
広すぎる。
これでは見つけようにない。そしてそれでも見つけるのであればそこに拠点を構えなければならず、ノースランドが作り上げた街を常に利用するなら出費がバカにならないというのもあった。ただのダンジョンマスターではなく、そのダンジョンをノースランドは利用しているのはわかっていた。
「あの狸め、本当に娘を取り戻す気はあるのか!」
ウェストランド王は机に両手を振り下ろす。
「父上、よろしいでしょうか?」
「む、エリルか」
「はい」
憤りをなんとか押さえ込み、ノックをしてきたエリルを迎え入れる。
「ノースランドとのことなのですが」
「なんだ?」
「ノースランドとの伝手が必要とあれば、あの…、私がカイト王子との婚約をするのはどうでしょう…か…」
エリル王女は提案をしたことをすぐに後悔することになる。それは自分の父の見たことのない目を見て、怯えてしまった。
「ならん。私がクレア王女との婚姻を成立させればカイト王子と私の娘であるお前は婚姻は結べない」
声は単調ではあるが、その言葉には怒気が含まれていた。
「もういいな、下がれ」
「はい…」
エリル王女が退室した後も、ウェストランド王が自分の娘を睨みつける行為を反省することはなかった。
「なんとしてでも手に入れてみせよう。手段は選ばん」
勇者は教会に所属する人員。自由に動かせる時間に制限がある。魔王討伐の大義名分のある間は勇者をかのダンジョンマスターのもとに向かわせ続けるのは不可能だ。なら違うものを使えばいい。ウェストランド王は部屋の地図に示されたラビリンスアースに万年筆を投擲し、突き刺した。




