勇者とハルト
「どうすればハルトと呼ばれるダンジョンマスターを捉えられるか」
ダンジョン、ラビリンスアースのギルド支部に朝の集会として勇者一行は揃っていた。
「現状奴を捕らえる術はない。案内してくれた女ドワーフのギルドマスターが語るように、この広大な世界のどこかに地下へとつながる入り口があるのだろうが、俺の追跡スキルは完全に地平線を指していた」
「私なら諦めるー」
「あんた聖女だろうに…」
「これで諦めずに追って逃げられてだとー、非効率的ではなくてー?」
「そうだな」
相手にはこれだけ広大なダンジョンを管理しているダンジョンマスターだ。特別な移動手段を持っていても不思議ではない。
「これほどのマナが…」
「どうしたマリエル?」
「いえー、なんでもないですよー」
今の俺たちではラビリンスアースのダンジョンマスターのハルトの顔すら見ることができない。
「出直すか」
「出直してどうこうなるのか?」
「追跡スキルを極めていけばどんな移動手段で逃げる相手だろうと追尾できるはずだ。聞いたことないか?勇者からは逃げられないって」
「それ魔族陣営の言葉だろ…」
カイト王子が呆れているが、追跡スキルの1つで最短ルートは割り出せたのだから、追いつくスピードをブーストできるスキルも手に入るだろう。
「それより、ゴールデンスライムの出現するダンジョンがあるって冒険者たちが言ってたんだが」
女剣士のリンが金儲けの話題を振ってきた。
「私は興味ないなー」
「俺もパス、ダンジョン潜る元気がない」
マリエルとヴァイスは即座にリンの誘いを断る。
「そんなことよりお酒がすごく美味しいって評判なんだよねー、今日は自由時間でいいでしょー?」
こいつほんまに聖女かいな…。
「私も…」
遠慮がちに理由を明かさずにエリルが呟く。ハルトにちょこちょこ視線を送っている。
これはあれか?デートの誘いというやつか?
いつの間にやら婚約を結ばされそうになっていた相手に想い人ができている。そしてその相手は隣国の王子ときた。これで俺とエリルの婚約が結ばれることはないだろう。美人ではあるがタイプじゃなかったし。あの縦ドリル趣味は理解できない。
「くっ…、こうなったら1人でも潜ってやるからな。ゴールデンスライム倒しても私だけの取り分だぞ」
「取らねえから。今日は自由時間とするが、夕刻には依頼を続けるかの最終判断をするから集まってくれ」
「了解した。では行ってくる」
流れ作業のごとくリンが退室して行った。俊敏すぎる。
エリル姫もカイト王子に耳打ちしてから退室し、ヴァイスとマリエルもそれぞれ退室していった。
若い冒険者やゴールデンスライム狩りに勤しんでいる元はハルトを討伐しにきたベテラン冒険者たちで賑わう朝の喧騒、それがもう収まっているギルドは静寂で、カイト王子と2人で席についている状態。受付嬢がなにやら受付の奥でゴソゴソと仕事をしていてこちらに気を配っていることもない。
「聞きたいことがある」
「なんだ?」
「勇者は、なんでお前はハルトを追うんだ?姉さんの事情くらいはわかるだろう?」
「ああ、そんなことはわかっているしどうでもいい」
「ならなぜ?」
「それを聞くのか?」
「純粋な疑問だ。余計なことを言うつもりはない」
「奴はウェストランドの市民を攻撃し、俺たちの隙をついてきた。もう俺の口から言わなくてもいいな?」
「そう、か…。なるほど、確かに勇者だな」
国だとか王様だとか、そんなものは関係ない。俺が勇者に選ばれたのは根底に博愛主義の考えがあるからだろう。俺にとっては道端に生きている乞食だろうと王様だろうと一つの命に変わりはない。そしてたった1人の願望のために、大勢の市民を巻き添いにするやり方をとったハルトは俺の明確な敵となっている。
「それと俺の名はシュウヤだ。そっちで呼んでくれ」
「わかった」
カイト王子はエリル姫にお呼ばれしてデートの流れだろう。
暇になってしまったな。
「出てきたらどうだ?もう俺1人だぜ」
「わざわざ人払いみたいなことさせて悪かったな」
「別にいい、どうせ今の俺はお前を追いきれないだろうしな」
「カイト王子、もう大丈夫ですよー」
ギルドの奥から現れた男はギルドの入り口のドアに声をかけるとその背後にいた気配が遠ざかっていく。
「なんだかなあ…」
「意外か?」
「意外なのはセットで出てきたことかな?」
男の背後に3人の女性がいる。文面だけ見ればなんだこのハーレムやろうと言いたくもなるが、3人とも知っている顔だ。
「クレア王女にアリアさん、そして俺の剣を素手で止めたゴスロリ娘か」
純粋に戦力勝負をすれば負けるだろうな。勇者のバフはハルトにしか刺さらない。他の3人はおそらくクレア王女以外は俺より実力が上だろう。ゴスロリ娘相手なら互角くらいかもしれないが、アリアさんにはレベルは上回ったが、技量やらスキルやらでいまだに勝てない相手だ。
「すまないな大人数で」
「別に構わねえよ、座れば?」
「ああ、失礼するよ」
そう言って警戒なく席につこうとしたように見えたが、クレア王女のために椅子を引いているだけだった。執事かよ。その後で男はクレア王女の隣に座った。ゴスロリ娘は勝手に席に座り、アリアさんはクレア王女の背後に立つ。この男、ハルトの護衛じゃないのかよ。
「単刀直入に言おう。手を引いてもらえないか?」
「できない相談だ」
「理由を聞いても?」
「先にも言っただろう?お前は市民に手を出した。俺の明確な敵だ」
「なるほど、その琴線に触れてしまった俺の落ち度ということだな」
「そういうことだ」
「対価を示すなら手を引いてもらえるか?」
「お前の首を持ってくるんだな」
「…頑固すぎるだろ」
「今すぐに倒しておいた方がいいと思っている」
「そうですか…」
「たとえお前が俺と同じ日本人であってもだ」
電車を作成しているから俺と同じ別世界の住人だろう。そして容姿もアジア人の特徴を持っており、なにより口調が完全に日本語だ。翻訳されていないのがわかる。
「もう魔族なのだろう?」
「ああ、そうだ。元日本人だ」
ハルトはあっけらかんと答える。
「違う種族だから攻撃すると?」
「同じ人間でも罪のない市民に攻撃するような奴なら倒すべきだと思わないか?」
「そうだな」
俺の脅し文句も聞き流されているようだ。
なんとなくわかっていたが、俺とこいつは確実に反りが合わない。そしてどこか似ている。
「それなら俺は何をすれば手を引いてくれるかな?」
こいつはどうして堂々と俺の引き際を探しているのだろうか。
「命を狙われていて、俺を嫌うのはわかるが、そこまでするくらいなら迎撃すればいいだろう。俺のレベルが多少上がっても迎撃できる自信くらいはあるだろう?でなければそんなに堂々とはしていないだろうに」
「どうせ泥仕合になるからだ」
「ん?」
「勇者の力量を過度に想定しても俺はおそらくそう簡単には負けないし、むしろ逃げ切る自信しかない。だが、それはあくまでも負けないだけで、それに必要な労力はとんでもなく面倒臭い。つまりお前がやってくると面倒なんだ」
「そんだけの理由かよ。なら今どうして手を出さない。俺とお前以外の3人相手なら俺は普通に負けるが?」
「色々と理由がある」
理由か。
「ちっ、わかった。それを話せ。それによっては見逃す」
「おう、サンキュー」
こいついちいち軽い奴だな。
「お前を今すぐに迎撃しない理由はシンプルだ。外の世界の人間の生活水準を向上させておきたい。そのためには魔王討伐がカギになるから勇者は倒してくない」
「…なんだそれは、まるで商売がうまくいくために外の世界の人間たちに物資を売るための地盤を築いてほしいって言っているぞ」
「そう言っている」
「あ、そう」
理由は違えど俺とこいつのやることは人類にとってはプラスに働くことなのだろう。ダンジョンマスターがお金を稼いだところで、別に強くなるわけでもない。ただ、自分の街の生活水準を向上させるために、輸出先に市場規模を大きくしてほしいと願っている。
「つまり俺の目的もあって勇者を倒すことはしたくない」
「それならなぜ俺の譲歩を引き出そうとした?泥仕合になるのも意味がわからないが?」
「どうせそのうち勇者の成長でワープとかしてくるだろうが、デコイやらトラップやらで煙に巻くのは容易い。だが、それにはそれ相応のコストがかかる。そうなれば俺と勇者の鬼ごっこは何年にもわたる逃走劇になってしまう」
「随分な自信だが、なるほど、俺も男のケツ追いかける趣味はないしな。ずっと捕まらない相手と戦い、追い続けるのは御免被る」
戦いたくない相手だというのは俺もそうだろうな。直接対面して戦うような相手なら勝ちようはいくらでもあるが、逃げる相手を追い続けるのは苦手だ。
それとハルトは強い意志を持って俺と対峙しにきたということはだ。俺とできれば戦いたくない理由があるはずだ。ハルトは何年にもわたる戦いになると言ったが、逆に言えば何年かかかるかもしれないが、俺に負けることを想定している。つまり、最終的にも負けたくない理由があるから俺との抗争を無くそうとしている。それは自分の命を奪われるということでも、自分が育ててきた街と領民を失うということでもない。
「そして最後だが、クレアは渡さない」
…そうか。
「………」
「………」
「まったく損な役回りだな…。それなら、対価を示してもらおうか。理由は聞いたが、手を引くには対価次第で———」
「魔王討伐に手を貸す」
「………わかった。それでいい。ウェストランドを襲撃した罪はそれで見逃してやる。幸い死人はいなかったからな」
王様になんて断り入れようかな…。




