教会の諜報員
「ここがダンジョンの街ですか…」
ノースランドの第一王女が不審な動きをしている。そんな情報を得てはいたが、わざわざ捜査する必要があるとは思えなかった。それでも教会本部は探りを入れるように言われた。
魔王軍との戦争が長期休戦状態に入っている今、最近の人間たちは戦争というものを忘れ、自分たちの経済活動に忙しい。しかし、現状世界は魔物たちが跋扈し、人類の生存区画は大幅に減少しているままだ。そこでウェストランドが勇者召喚を成功させたという一報が世界に轟いた。人々は再び戦争が始まる準備を開始し始めている。教会はもともと魔人や魔物に敵対する組織として存在していたが長期休戦が原因で教会の力はどんどんと弱まっていっていた。しかし、勇者誕生がその低迷中だった教会の影響力をひっくり返した。魔物たちに奪われた土地を取り返すために教会はウェストランド国王と交渉し、勇者召喚成功の対価として、本来教会傘下に入るはずの勇者をウェストランドと教会の2つの勢力で管理することになった。
人類が反撃の準備をしているそんな最中、ノースランドの要人の1人であり、勇者パーティーに追加候補となっている第一王女のクレアが不審な動きを見せた。勇者の特訓は最終段階に差しかかり、最難関ダンジョンのコスモ・エクステリアを所有するノースランドの地へと赴き、ダンジョンの攻略を開始するというものだ。そのための準備をノースランドに依頼し、それを第一王女が請け負っていたと聞いてはいた。もちろん仕事をないがしろにはされなかったが、勇者の驚くべき成長速度を盛りすぎて話をつけたせいで、随分と早くコスモ・エクステリアへの挑戦の準備は終わってしまったらしい。それならすぐに王都へと帰還するだろうと考えていたのだが、第一王女は何やらコスモ・エクステリアに一番近い終焉の街に長い期間留まっていた。2週間くらいなら何も教会が訝しんだりはしなかっただろう。だが、実際は2ヶ月近く留まり、さらには新しいダンジョンで街を作っているという噂が流れてきた。各国に拠点のある教会は耳が早いことで有名だが、国への過度の干渉は控えてきたため、安易に内部詮索ができていた。しかし、それでも噂が届くまでかなりのタイムラグがあった。それは第一王女が何かを良からぬことをしている他ない。教会はそう決定付けたが、教会の立場上表立って捜査できない。そのために私のような暇をしている名ばかり諜報機関に指令が回ってきていた。
1週間前にどこぞの聖女がここに宣戦布告のようなことをしたらしいからな。とりあえず教会の人間とバレないことが最優先だ。
「意外と活気ついているのですね…」
構成員は主に冒険者、それと最近不況になっている境界の街からの移住人かな?もともと不況なのはこのダンジョンのせいだけど。それにアホみたいに広い。終焉の街や境界の街より区画は広く設計しているに違いない。普段見慣れないような遠いところに田畑がある。まだ作っている最中だろうが、あれだけ広大な面積を田畑に当てられるとは、ここは本当にダンジョンなのでしょうか?
「鉄鉱石を運んでいると、それにあれはペガサスでしょうか?」
どうやらペガサスの馬車で酒を運んでいるらしい。魔物を用いた馬車で酒類を販売。文字にするとおぞましい文面であるが、どうやら危険性はないらしい。馬車を引いていた男もペガサスを撫で付け、餌と思われる野菜を与えている。何人かで荷下ろしをしている。
「………」
「お?嬢ちゃん新入りかい?」
「…なんでしょうか?新入りは珍しくはないと聞いていますが?」
馬車一行を眺めていたら突然話しかけられたので、前もって用意しておいたセリフを急遽並べる。
「珍しくはないな。ここは移民は多いからな。だが、今ここには3つ目のダンジョンができたからよう。間違えて高難易度のダンジョンに入り込まないように、と思ってな」
ダンジョンinダンジョン。意味不明ですね。
名も知らないおじさんからのありがたいアドバイスを受け、とりあえず、アイアンスライムのダンジョンに調査に向かいました。広いですね。塔型のダンジョンといえど、この大きさは想定外ですが、若い冒険者たちに聞けば奥に行ってもアイアンスライムがいるだけのつまらないダンジョンとのこと。ただ、常にアイアンスライムがいるために鉄鉱石には困らない。これが原因で境界の街が不景気なのでしょう。エンカウント率が極めて高いかつ、アイアンスライムしかいないダンジョンというのは初めて見ましたね。
高難易度ダンジョンは普通に死ぬ可能性があるとのことなので避けます。
そして最近現れたというダンジョン。洞窟型の一般的なダンジョンですね。こちらの特産物は主に肉。イノシシ系の魔物が多く配置され、ある意味で食料自給が可能なダンジョン。確かにこれとアイアンスライムのダンジョンがあれば街を横に作った方が良いかもしれない。魔物の肉があまり人気がないからイノシシ系の肉でも食べる人は少ない。しかし、このダンジョンに足繁く通っている冒険者は魔物肉をアイテムポーチにしまっていた。売れるのだろうか?それに新設ということはその前までは交易による食料の安定を図っていたはず。
「おっと、ごめんよ」
「こちらこそすみません。考え事をしていまして」
賑わっている街の区画に戻り、考えることが多く、従来をぶつぶつと呟きながら歩いていたら冴えない青年とぶつかってしまった。青年の横には豪勢な黒と白の衣装を着た少女がおり、目を奪われてしまった。お姫様みたいな人だ。そして一緒にいるのが冴えない青年、もしかしたら結構やり手の商人なのかもしれない。そんなオーラは微塵も感じないけれど。
「あの!」
「ん?何か?」
「ここ以外にも街はあるのですか?」
「ん、ああ、あるにはあるが、向こうはまだあまり開発されていないぞ。特産品は酒くらいしかないしな。それにこっちにも卸しているから別に行く必要は…、あ、もしかして冒険者かい?」
「は、はい。噂を聞いて来ましてこっちでは高難易度ダンジョン以外には潜りましたが、どちらかといえば地に足ついた冒険者のお仕事が多くて、ちょっと…」
「おお、もしかして本物の冒険者か?」
「本物?」
あ、そういえばこの人、見たことあると思ったらペガサスで酒を運んでいた人の近くにいた人だ。
「ただの風来人です」
「いやあ、やっぱり冒険者といえば冒険をしなくちゃな」
「え、えぇ…」
なんだろう?この人、結構変な人だ。風来人に憧れでもあるのだろうか?あまり探りを入れられるとまずいかもしれない。私は風来人でもなんでもない、ただの教会の諜報員にすぎない。でも、この人なんか目の輝きすごいし…、根掘り葉掘り聞かれたらボロがでそうです。
「あら、もしかしてダンジョンに潜っていたところですか?汗がすごいですよ?」
ハンカチをもった白黒の少女に一瞬で近づかれ、額の汗を拭われる。
ゾワッとした。
ハンカチで目がふさがれる一瞬、少女は確かに嗤っていた。
嘘でしょう!?こんな短いやり取りの中で正体がバレるはずなんてありません!確かに普段から諜報員としての訓練はしていても実践不足です。しかし、それを補うために毎日汗水垂らして諜報の練習をしてきたんです。絶対にバレるはずありません!
「これ、ぶつかった時に落としてましたよ?ごめんなさい中身が少し見えてしまいました」
「あ、ありがとうございます」
手紙…。手紙なんてもらってたっけ?今朝出るときも特に何もなかったはず。しいていえばあの聖女にハグされたくらいだが。
手紙に目を落とした。
『間違えて宣戦布告しちゃったこと私の代わりに謝ってきてね。てへぺろ』
「あのクソアマーーー!!!バレたでしょうがーーー!!!」
「なんだったんだ?走って行っちまったけど?」
「どうやら教会はこのダンジョンにしばらくは仕掛けてこないみたいですよ」
「そうなん?」




