2020年 5月13日 東京 孤独な悪魔(Ⅳ)
「簡単、簡単♪」
鼻歌交じりに悪魔は笑う。
生物を殺すことに、なんの躊躇もなかった。
そんな、ドラゴンよりも驚異的な悪魔を召喚した青年はというと、今まさに襲われそうなところだった。
空から地へと視線を移すと、杖を構えて念じている青年の姿があった。
そして、それを狙う一匹の獣。地球の生物で言うと虎に近いが、足の指が10本もある。
化け虎は戦闘態勢に入っていない青年に、鋭利な爪で攻撃する。
「甘い」
ぼそっと呟いた青年は、それをひらりとかわしていく。彼は目をつぶって念じ続けており、虎を見てはいない。
再び虎の攻撃が来るも、軽やかに避ける。そのあとの追撃も、爪が当たるすれすれで避けている。
まぐれではない。
彼は見てもいないのに、虎の猛攻を避け切ったのだ。
「終わったならこい! カエザス!」
最初の冷静な声色とは打って変わって、青年はひどく荒らしくなっていた。
そんな彼の指示を聞いた悪魔が、翼を広げて急降下していく。
スピードを緩めることなく、地面に着地する。
悪魔の足元には、内臓をぶち抜かれた虎の死体があった。
着地と共に、カエザルは攻撃していたのだ。
衝撃が強かったようで、さらに下のコンクリートまで粉砕している。
「人使い荒いねぇ~ 使役斗くん。いや、俊刹くんかな?」
「どっちでもいいだろ。いいから、はやく倒してくれ」
カエザスが近くに戻ると、念じるのを止めて目を開けた。どうやら、さっき念じていたのはカエサルを遠隔操作するためだったようだ。
悪魔カエザスは、足が宙に浮く程度に再び浮遊した。
そして、その場で脚を振りかぶり、前へと蹴りだした。
すると、カエザルの右足が胴体と分離し、勢いよく飛んでいく。
その脚は勢いよく回転して、まるでブーメランのようだった。
今度のターゲットは、駅周辺で人々を襲っている怪物たち。
小物が多く、大きくてさっきの虎と同程度だった。
ブーメラン状態の右足が、犬のような形をした怪物を攻撃する。
指先に生えた刃物のような悪魔の爪が、奇麗に怪物犬の首を刎ねた。
殺されたことに気がつかせないほど、見事な首刎ねだった。
しかし、脚の勢いは止まることはない。
今度は、人を襲っている最中の化け物の元へと飛んでいき、軽やかに首を切断する。
これを何度も、何度も繰り返していく。
数十匹はいる怪物たちに、悪魔の脚が制裁をしていく。
首を刎ねられると、その胴体から血しぶきがあがっていく。
人間の血一色だった地面や壁が、怪物の様々な色の血で染まっていく。
「はい、おしまい」
血液がこべりついた脚を胴体に戻すカエザス。
何体も生物を殺したというのに、この悪魔は楽しくて仕方がないといった具合だ。
浮かべている不敵な笑みは、助けられた人々でさえ吐き気がした。
「じゃあ、帰っていいよ」
殺戮ショーを繰り広げた悪魔に恐怖を感じることはなく、青年は撤退命令をだした。そもそも、これは青年が指示したことなのだ。
「……」
その命令にカエザスは聞く耳を持たなかった。
ぼーっとした表情で、周辺を眺めていた。
「おい、どうした? 仕事は終わりだぞ」
「ちょっと、行ってくる」
「なに……?」
独断でカエザルは飛び立った。といっても数m先までだ。
カエザルが向かった先には、リュックを背負った黒髪の青年が立っていた。
突然舞い降りた悪魔に、軽く萎縮していた。
「これは面白いもの発見」
鼻の先が肌に触れそうなぐらいに、カエザルは顔を近づけている。
青年の方は嫌がることすらできず、ただじっと立っていた。
「キミ、名前は?」
「な、名前? 光氏和太だけど」
見知らぬ悪魔に尋ねられた和太は、不思議に思いながらも素直に素性を明かした。断ったらどうなるわからないと感じたからかもしれない。
「光氏……か、皮肉な名前だ」
「あ、あんた、何か知ってんのか?」
悪魔の反応に興味を持った光氏和太。自分の素性を知っている者が他にいるかもしれないと思い、前のめりになる。
「ああ、もちろん。けど、時間切れのようだ。また会おうね。光氏くん」
「おい! 待ってくれよ」
和太の必死な声を聞くことはなく、悪魔カエサルの体は紫色の光となって消えていってしまった。
情報をつかみ損ねた和太は、その場で地面に足裏を叩きつけた。一瞬期待したぶん、悔しさが混みあがってきたようだ。
そんな怒り混じりの和太に、今度は白スーツの青年が駆け寄ってきた。
「あなた、大丈夫でした? さっきのやつに、なんかされましたか?」
青年の口調は丁寧勝つ優しさのあるものになっていた。
「いえ、何もないですけど。あの、今のって何なんですか? 他の奴とはちょっと違ったような。喋ってたし」
「今のは悪魔です。私が召喚して使役してたんです。あ、これよかったら」
おとぎ話のような説明を平然と伝える青年。手っ取り早く解説するために、コートから名刺のような紙を取り出して和太に渡した。
「武装組織 オペレーションズ?」
名刺には会社名とは思えない、物騒な名前が書き記されていた。
その下に青年の名前と思われる阿霧使役斗という文字が書かれていた。
さらに何故かもう一つ、断地里俊刹という別の人の名前も載っていた。
「簡単にいえば、自衛隊などとは違った非合法の団体です。ですが、我々だけはイヴィルズが現れることを予測していました。それに対抗するために、私のような特殊な能力を持ったものが所属しています」
一気に情報を得たせいで、和太の頭はついていけずにいた。あまりSF的な話は苦手なようだ。
しかし、一つだけ気になった単語があった。
「イヴィルズって、怪物のことですか?」
「私たちはそう呼称してます。詳しいことはまだ解明中ですが、ワームホールと呼ばれる異次元の穴を通して、宇宙からやってきた異性物とされています」
和太の感じたエイリアンというのは、間違ってはいなかったようだ。
「なんかよくわかんないけど、とにかくあなたは味方ってことですよね。それにさっきの、悪魔? も」
「はい、人類を守るために戦ってますから。けど、悪魔に関しては敵とも言えます。私は契約をしているので操れますけど」
阿霧使役斗はいわば悪魔使いということだ。契約した悪魔を呼び出し、代わりに戦ってもらう。それが彼の戦闘スタイルのようだ。
「あの、その悪魔のことで質問したいんですけど……」
「あーすいません。またそれは今度で。まだ助けに行かないといけない場所はたくさんあるので」
使役斗は和太に怪我がない事を確認すると、会話を引き上げてしまう。
「もし何かあったら連絡ください」
「わ、わかりました」
名刺を渡し終えた使役斗は、他を助けに走って行ってしまった。
もう少し聞きたかった和太だが、少しだけ安心したような顔つきになっていた。
自分以外にも特殊な力を持った人間がいてほっとしたのかもしれない。それに、悪魔という新たなキーワードを手に入れることはできた。
「なんで、名前2つあるんだ?」
貰った名刺を眺めていると、二人の名前の下に電話番号が書かれていることに気がつく。
そして、もう一つ気がついてしまった。
「電話、繋がらないんだった」
その時にはもう、阿霧使役斗は人助けをしにどこかへと姿を消してしまっていた。




