魔法使い見習い8
「旦那様、手紙には何と?」
ブラーニス家の家宰であるルガードが主人に声をかけた。尖った声を出した割に主人の機嫌は悪くないように見えた。
「ルガード、あの家に誰か知恵袋が仕えたようだ」
主人であるザンクレッツ・ブラーニスはにやりと笑って、手紙をルガードに差し出した。
ルガードが主人の様子を伺いながら、内容を読む。
「……なるほど。確かに」
手紙に書かれていたのは、ベトナーの要望する条件などてはなく、岩塩坑の採掘に伴う契約書の形を成していた。
岩塩の価格については市場の相場を加味した上でブラーニス家が決定する。ただしベトナー家から購入する値の三割を超えないこと。
設備投資にかかる費用はブラーニス家からの借用とし、岩塩の売買益にて支払うこと。
ベトナー家から産出する岩塩はブラーニス家を通して売買すること。ただし専売の期間は投資費用の返済が終わるまでとする。
販売する岩塩には全てベトナー産の名を付けること。
この契約は三年毎に、 互いの了承の元に変更を可能とする。
この契約の一方的な破棄は王国法における契約の法により認めない。
「……契約はさほどおかしなものではありませんな。こちらの利益が三割というのが、相場を考えると高いくらいです」
「ああ、設備投資は全てベトナー家にするのもやりすぎだ。これだけ継続的な利益が得られるなら、我々も多少の投資をせねばベトナーはともかく、周りが黙っておくまい」
「我々から受けた投資を回収して、その後に契約の中身を変えるということでしょう。我々に主導権を握られないようにですか…な?」
「これだけの条件を出して、わざわざ跡継ぎを使者にするくらいだ。ブラーニスを虚仮にするつもりではないだろう……素直に傘下に入らないようにか? 分からんな」
ザンクレッツは可笑しそうに口を開いた。
「それにしてもこのタイミングでベトナーが売りつけてくるのが塩とはな……偶然だと思うか?」
「なんとも……しかしその知恵袋とやらがいるならば中々油断できない相手ではありますな」
ルガードの返答にザンクレッツは目を細めた。
西部で国境付近が戦争が起きるかもと周辺の領地が浮き足立っているせいで、交易の品の流通が減ってきていた。
特に西部に依存率の高い塩の量が減ってきたことにより、他の食料品などの価格も総じて上がってきた。東部の交易の流通量は僅かながら減っており、ザンクレッツはその動向を注視していた。
「西部のいざこざは、すぐに終わるものでもないだろう。国境に関わることだ、中央が入るまでは収まるまい」
「まだ時間がかかりますな」
「ああ、だがこの大きさの岩塩が直ぐに取れるなら、我が領地も多少は落ち着いてくれるだろう。条件もこちらに有利に進みそうだ……気に入らんな」
「ベトナーの狙いはさりとて、我が領地にとっては幸いなこと。この条件ならばベトナーが独占することもないでしょう……確かに我々に有利過ぎますな」
「うむ……」
「誰か手の者を送りますか?」
「いやいい。開発する内に分かってくるだろう……それにしてもベトナーは跡継ぎの教育すら怠っているのかな」
先ほどの会談でのカレンゾの様子を思い出して笑った。
「感情も隠せていないし、腹芸もできない。あれがダレントールだったら怒鳴りつけているところだな」
「若君はよく成長されておりますかと」
「まだまだよ。何か事があった際に腰が座った対応ができるかだ……そうだな。あいつに経験を積ませるのもいいか。ダレントールにこの一件を裁量させる。ルガード、お前はよっぽどの不利益が出ない限り口を出さないよう補佐だけに専念しろ」
「かしこまりました」
「ベトナーの小僧はこちらにつけておきたい。金か女か名誉か、あの小僧が食いつきそうなものを調べておけ」
「はっ」
「後ベトナーに向かう時はお前も同行しろ。知恵袋の正体を知っておきたい」