魔法使い見習い6
「……これは中々」
初老の男性が岩塩を少し削り、小さなカケラを口に入れて目を閉じていた。
「で、カレンゾ殿。この手紙に書いてあることに間違いはないのかな」
カレンゾの正面に座る大柄な男が、初老の男性の顔を見ながら口を開いた。
「はい、我が父モールディ・ベトナーは、自領にある岩塩坑の開発をブラーニス伯爵と共に進めたいとのことです」
「うむ、手紙の通りの規模なら確かにベトナー殿一人の力では身に余るのもわかる。でも何故ウチを選んで頂いたのかな」
ブラーニス伯は銀製のカップを手に取ると、それを口につけた。
「失礼ながら今までベトナー殿と我が家との間にはこれといった繋がりもない。この話を持ちかけてきた理由が知りたいのだよ」
そんなのは自分だって知りたい。
カレンゾはそう言いたい衝動にかられながらも、にっこりとブラーニス伯に笑顔を向ける。
「おっしゃる通り我が家とブラーニス伯との繋がりはあまり強いものとは言えませんでした。しかし我がベトナー家を含むこの東部の平穏と秩序を維持しておられるのは、まさにブラーニス伯爵のご尽力によるものだと我が父が申しておりました」
「ほう。武門の誉れ高きベトナー殿にそう言って貰えるとはな。御尊父は私のような文官上がりの貴族を好んではいないと思っておったがな」
ブラーニス伯は目尻を下げて意地悪く笑った。
「我が家は東部でも最も辺境に近い田舎故、魔獣や賊の類に備えなければなりません。武を重んじておりますが、決してブラーニス伯のような方々を軽んじるはずがございません」
カレンゾはにっこり笑うと、目の前に置かれた銀のカップを一口飲む。豊潤な香りが口中に広がり、熟成された旨味が喉を通った。美味い。
我が家では食卓に出すことすらできないだろう。
そう思いながら、カレンゾは準備していた通りの言葉を連ねていく。
「今日道すがら城下の街を拝見させて頂きました。街に物が溢れ、それを売り買いする商人の多さはとても我が領地とは比べものになりません。ブラーニス伯が東部の物流を安定させておられるからこそと、我が父は考えております」
「ベトナー殿にそれほど言ってもらえるとは、嬉しいものよ」
ブラーニス伯は嬉しそうに答えた。
「力というものには様々あるが、それを持ち続ける力こそ金なのです。金は屋敷の奥深くに溜め込むことでなく、商人を使って領地全体に動かしてはじめて価値を得ます」
「ええ、よくわかります」
本当は半分もわかっていないが、それを悟られないように微笑を保つ。
ブラーニスへの使者となったカレンゾに、フィリムはブラーニス伯との会話の練習をすると言って、毎晩部屋に押しかけてきたのだった。兄上は顔が母上似で整っているので、表面的に笑っていれば何とかなるだろうと失礼なことを言っていた。
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