その1
ザルツ地方ルキスラ。肌寒くもなってきたこの頃。イレブン傭兵団幹部が1人、ダークドワーフのマギテックシューター、コンスタン・ティン=シュローダーが経営する冒険者の店「眼光と百目亭」の1つザルツ支部。
ここの冒険者は彼の趣味でイケメンの男性冒険者が非常に多く、目の保養になるからだ。 たとえその者に恋人がいても彼にとっては変わらない。
ビールを飲みながら、依頼掲示板を見ているこの2人も例外ではない。
「フハハハハハハ! コルネウス! 次はどの依頼をこなす!?」
のっけから喧しいこの男はシャドウのガエタノ・ラ=デッツァ。幼少時、故郷の訓練が嫌で逃げ出し、そのままロシレッタに住み込みで漁師として働いていた。しかし数年後、その故郷が蛮族に滅ぼされるという憂き目に遭った。
長男ということもあり、責任を感じ、どうにかして再興する方法を探していた矢先イレブンに入団した。
「アンデッドが邪魔で村に入れない……ガエタノ、これにしようぜ」
ツンツンブロンド、左目に眼帯をし、メイスに盾に金属鎧と見るからに重装備な少年の彼はコルネウス=ヴィデッヒ。バジリスクのウィークリングだ。生まれてすぐ親に捨てられ、曾祖母に育てられるという経緯がある。その為かなりのおばあちゃん子であり、彼女のポリシーである『バルバロスらしく生まれついての能力で強くなる』という考え方に染まるのはそう時間がかからなかった。
しかし、入団前に起こったとある出来事のおかげで、ウィークリングである自分は曾祖母と同じようにはなれない。元々劣っている種ならば補えばいいという思考になった。
そのコルネウスが見たのは緊急性の高い依頼が並ぶ箇所。手に取ったのは自由都市同盟街道沿いの村がアンデッドに取り囲まれ、孤立無援状態になってしまった。補給が絶たれてしまい、そのままでは村が餓死するというのだ。
依頼人はその村から出稼ぎに来ていた村人。ある時里帰りしたら数十体のアンデッドに阻まれ、逃げ帰ってきたと書かれている。一度遭っただけだが、そんな状態では普段のように食物を買うのはとても無理ではないかと判断したという。そこで冒険者に護衛をしてもらい村人を付近の村まで脱出させたいようだ。
生憎2人だけでは分が悪いと判断し、酒場を見回す。一緒に戦ってくれる仲間を見つける為だ。そんな時、コルネウスよりも若く、高い声が聞こえた。
「おーい、コルネウス! ガエタノ!」
暗い青をメインとした身動きが取りやすい服を着たこの狐耳のレプラカーンの少年の名はマイン。ディルフラムの出身で、コボルトに育ててもらった経歴がある。両親は既に蛮族に殺されてしまっているが、親代わりの『ししょー』がいるので彼自身はその事を気にも止めていない。そんな彼と一緒に来たのがテラスティア大陸ではほぼ見かけることがない--
「それが次の依頼? 僕達も手伝っていいかな?」
ハンバーガー片手に黒めの革鎧に身を包み、ヘルメットを被っている青年はラウロ。モグラのリカントで別大陸のアルフレイム出身だ。頭には当然モグラの耳がついているのだが、彼らの種族はライカンスロープと間違われて迫害を受けたという歴史がある。それ故ラウロもあまり正体を現したがらない。
「勿論だ! 大量のアンデッドが出るらしい! 俺達ではそういう手合は苦手だからな! フハハハハハハ!」
「オレっち達は敵を引きつけるのが役割だ。多数相手にするのはちょっとな」
「うーん、オイラもそんな戦法だけど、これも縁だし!縁は大事にしろってししょーが言ってた!」
「仲間が困ってるなら助けないとね」
と言った感じで依頼書を掲示板から剥がし、内容を皆に話す。そして受付に持っていく途中にまた新たに声をかけられた。
「待ちな! アンデッドが出ると聞いたら、あ、見逃せねえ、なァ!」
見得を切ったこのナイトメアの男はイヴァーノ=コットラウ。ティダンとヒューレの二柱を信仰しており、子供は宝と言って可愛がることが多い。メイス2つで敵を叩きのめすやり方を得意としており、平団員きっての実力者だ。
信仰的な理由からも今回の参戦はなるべくしてなったと言えよう。
「うむ。民が危機に瀕しているならそれを救うのが王たる者の務め」
その隣にいる王冠を被ったタビットはヴィート=プローディ。イレブン傭兵団が本拠地とするプローディ王国の国王である。
彼だけはこのメンバーの中で魔法文明時代出身である。イレブンと接触する前、王子の時分に一度国を滅ぼされ、自分自身も殺されている。魔法文明は滅びると未来人から告げられ、再興するなら未来の土地が良いとし、現代のエイギア地方に復興させたのだ。実力もイヴァーノと同等の魔導師である。
「あれ? 王様なのになんでここにいるんですか?」
イレブンに入って日の浅いラウロが聞く。実際一刻の王が冒険者の店に依頼の為ならばともかく、冒険者として働こうとしているのは妙な話だ。
「しばらく暇ができたのでな。最近は国政であまり直接依頼を受けることが出来なかった。勘を鈍らせず、民達と直接言葉を交わすのが目的だ」
「フハハハハハハ! ヴィートのそういういつまでも初心も忘れない姿勢が俺は気に入っている!」
「残る問題は嫁さん探しだな」
「よせ、イヴァーノ。それは余が気にかけていることの1つだ」
実際まだまだ恋という物を意識すらしていないマインを除けば、他の4人は恋人がいるのだ。世継ぎというとても深刻な問題である。
「それよりも善は急げだ。今この瞬間にもその村は苦しんでいる。少しでも早く救うのが王の務め……」
「悪い悪い。じゃあ、出発、だァ~!」
「しゅっぱーつ!」
6人はまず依頼人の元へ歩みを進める。
「ありがたい! 本当に困っていたんだ! あの村は食べ物自体はある。だが、育てているのは穀物がほとんでな。野菜や果物はないから、他の村と交換しあってたんだ。だから交流が途絶えた今は命そのものは繋げても……病気等にはめっぽう弱くて、子供や力の弱い年寄りがまずいかもしれないんだ……! 俺の弟も……!」
ドアをヴィートがノックすると少しやつれた男が出迎える。栄養バランスの崩壊。そんな状態が村を襲っているのだという。
「おう! 良いってことよ! しかし、兄弟がいるのか。大した兄貴だ。きっと誇りに思っているだろうな」
「フハハハハハハ! 俺達が来たからにはもう安心しろ!」
「やっほー、こんにちは~」
皆一様に挨拶を交わす。そこから依頼人の男が本題に入った。
「本当にありがとう! では今からライダーギルドに行って馬車を借りて、市場で食料を買いに行こう!」
目の輝きを取り戻した依頼人が気迫に満ち言い放つ。だが、6人はこれに顔を見合わせ、彼に向き直る。
「その心配はいらねえぜ!」
「このイレブンで貰ったテーブル掛けが凄いんですよ。どこかテーブルはありますか?」
ラウロは胸に取り付けたポケットの中から1m正方形のそれを取り出す。
依頼人は不審に思いながら、彼をダイニングまで案内する。まあ、安いワンルームなので大した家具もないのだが、村から出稼ぎに来ているのだ。これでも十分生活できている。
「これを広げて食べたいものを言うと・・・例えばハンバーガー!」
「おお!? これは凄い! イレブンに入るとこんなものが貰えるのか? まるで魔法のようだ」
「実際魔動機文明のマジックアイテムだってさ~」
ラウロが声を出すとテーブル掛けからハンバーガーが浮き出てくる。イレブン団員が功績に応じて買うことが出来る独自の非売品の1つだ。
「しかも幾らでも出てくる! フハハハハハハ! これならばアンデッド発生の原因を無くすまで腹を満たすことが可能ということだ!」
「これならば貴殿がこれ以上懐を軽くすることもない。飢えは国を痩せさせる。たとえ他国であろうとも王たる余は見過ごすことは出来ぬ」
「荷物も馬車もなきゃあ、オレっちが完ッ全に守ってみせっからよ! 安心してくれよな!」
などとコルネウスがニカリと笑いながら依頼人の背中を何度も叩く。流石に重戦士の激は痛そうだ。依頼人も顔が引きつっている。
「さあ、今度こそ、あ、出発だァ! それとも馬車がなきゃあ、つれえかい?」
「いや、大丈夫だ。恩に着るよ、イレブン」
そして問題の村の周辺まで来た。街から出た時には晴れていた空が曇っており、ティダン信仰のイヴァーノは苦い顔をする。
「この天気が気になるか? イヴァーノ」
「まあな。つい信仰柄気にしちまう」
彼と付き合いの長いヴィートは言葉をかける。彼らはイレブンで定められたスリーマンセルで組んでいる同期だ。
コンビネーションを高めたり、時分の役割を確定させる為に基本的にはこのPTで依頼に行うよう団長が指示している。
「俺とて曇りは嫌いな部類に入る。なんせいつ雨が降ってくるか、波が荒れ出すか気が気じゃないからな」
ガエタノが話題に乗る。元々漁師である彼にとって雨で仕事が滞る事態は非常にまずい。珍しく高笑いをしていないが、これはシャドウ特有の公私の切り替えに当たる。
今やアンデッドに囲まれる村が近づいているのだ。そんな時に自分達の存在を知らせる真似はいくらガエタノでも行うものではない。
「僕は好きだな。色々混じった匂いが消えて、澄んだ物へ変わって……凄く気持ちがいい。勿論斥候柄かもしれないけどね」
「おいらもーただ姿を消してる最中に振られるとバレちゃうから困るけどねーコルネウスは?」
「へへ、オレっちは冷え性だからちょっと苦手だな。ん? みんな、あれを見てみろ」
コルネウスが指をさした方向を見てみるともう少しで村という所で、白い欠片が散らばっていた。踏むとパキ……という乾いた音がする。
それが気になったヴィートがゴーレム達の護衛に隠れながら、注視する。
「スケルトンの骨と……殺された人族のものだ」
分かってしまったヴィートは悲しげに目を細める。
「チッ……」
思わず顔をしかめるイヴァーノ。ガエタノやコルネウスも同様に顔を曇らせる。対してラウロやマインはより一層警戒を強める。
「あっ!」
「どうしたの? マイン」
「例の村に向かう足跡は途中で引き返したり、変な方向に向いてる。だけど、反対に村から出てく足跡は途切れてない。途中で襲われてないんだよ」
小柄な彼のほうが、比較的背の高いリカントよりも地面の異変に気がついたようだ。続いてガエタノも疑問を表す。
「どういうことだ? スケルトン共は村人を襲ってない? 襲う相手の区別をつけているのか?」
「だとするとおかしいぜ? 依頼人は村人だったのに襲われてる」
「村を離れてたから分からなくて、出身者でも襲うのかも」
イヴァーノが更に疑問をぶつけ、ラウロが答える。
「実は……少し前に村から意を決して脱出してきた幼馴染がいるんです。入ってくる者は殺されたりもしてたのに、出る者には一切手を出さなかったと彼から聞きました」
依頼人の話を更にイヴァーノが詳しく聞こうとした時ヴィートが何かを感じたのか声を張り上げる
「構えよ皆の者! 件のスケルトン共だ!」
注意散漫だったイヴァーノを除いて全員戦闘態勢に入る。
彼の感知した通り20体のスケルトンの大群が地面から這い出てきた。
『真、第六階位の攻。火炎、灼熱、爆裂――火球!』
これにヴィート、そして初手こそ遅れたものの、彼とパーティを組んで長いイヴァーノがファイアボールの詠唱を行使する。
敵の数が多い場合、前衛同士が接触するよりも先に範囲攻撃魔法であらかた手傷を負わせておくのが定石だ。戦意喪失して逃げれば良し、そうでなくともこちらの前衛の戦いが楽になる。
2人は魔法の手応えを感じ、しかも群れの急所とも言える場所に放った為、大打撃を与えることに成功した。元より常人を遥かに上回るタビットであるヴィートが更に戦いを経て知性を増し、その上的確に狙ったとなれば数の多いスケルトンを吹き飛ばすなど赤子の手を捻るようなものだ。加えて戦友イヴァーノもヴィート程にないにしろ、急所に当てることが適った。これでもう相手の9割以上を燃え散らせ、残るは最後尾にいたことが幸いしたか、1体だけとな
った。いや、崩壊がほんの一瞬だけ遅れただけでは幸運とは呼べないだろう。哀れ仕損じた最後のスケルトンはラウロの拳によってあえなくただの骸骨になった。
「フハハハハハ! 俺達の分も残しておいてもらいたいものだったな!」
「まあ、こっちの被害も0だし、いいじゃねえか」
出る幕がなかったことで少し不満そうなガエタノをコルネウスが嗜める。ガエタノの流派は相手のカウンターを狙う為、自ずと後手になりがちだ。その点、仲間のスキを塞ぐ重戦士であるコルネウスにとっては戦いが早く終わることに越したことはないと思っている。これは飛び道具で挑発することが主なマインも同様だ。消費は少ないほうが良い。
「あ、ざっとこんなもん、だぁ!」
イヴァーノが燃え散らされたスケルトンだった者に向かって見得を切る。
「それにしても二人共凄いなぁ。息もぴったりだったし」
「まあな。余とイヴァーノはイレブンに入ってからパーティを組んで以来、王と成ったこれからももうひとり、アントネラを加えて依頼に赴いている」
大群のトドメを刺したラウロが改めて称賛を送る。ヴィートが名前を言ったアントネラというエルフは当時からスリーマンセルの一人で、主に神官と動き、時には弓師として後方支援を行っている。更に鼓咆も使用できるのだから、2人の援護があれば、イヴァーノだけでも前線を維持できるというものだ。もっとも最近はヴィートが今回と同じくイレブンにあった秘法で強化されたフラービィゴーレムも共に立たせている。このパーティの総合力は平団員屈指と
言えよう。
「す、凄い……これがイレブン傭兵団か! 雇って正解だ!」
「これぐらいで驚いてもらっちゃあ困る。団長初め最高幹部は文字通り地形が変わるほど、らしいぜ!」
「うむ。余達も団長達の全力は見たことがないのだが、数度鍛錬を見たことがある。それ用に用意した城壁相当の岩を10秒もかからず破壊していた」
「………………」
依頼人も開いた口が塞がらないとばかりに顎の力が抜けている。
「余達が全力を出したとて1分で破壊できるかどうか……」
「フハハハハハ! だが、俺達も憧れているばかりではない! ここにいる全員、団長の高みまで昇ると神に誓っているのだ!」
自分達との差とそれを目指すという決意も伝えていく。そんな時だった。奇妙な視線に気がついたのは。
高笑いして注意散漫だったガエタノと自身への脅威以外鈍いヴィートは分からなかったが、野伏と斥候の技術を一端以上に習得している4人には気がついた。
金髪碧眼の少年が遠くの木陰からこちらを窺うような姿勢で「どうしよう……守れなかった……」と悔し気な表情を浮かべて呟いたことに。そのことについて顔を見合わせた後には姿を消していた。
目配せをして、ラウロとマインが彼について少し調べに行くことに成った。全員で向かうよりも護衛として重戦士を残し、フットワークの軽い者で向かうことにしたのだ。
「おかしいな……」
「ラウロもそう思う?」
「うん。僕達の足跡は浅いとはいえ、付くくらいには柔らかい。だけど、ここにいたはずのあの子の足跡がないっていうのは……」
「あの子もオイラ達と同じような術があるのか、それとも魔法か。どっちにしても皆に教えてよう」
この奇妙な状態について2人は疑問視する。そして仲間達の元へ戻り、少年のことを伝える。
「フハハハハハ、そんな奴がいたのか……気が付かなかった! すまん!」
「とりあえず警戒するに越したことはないね」
「村も近ぇし、知ってるか?」
イヴァーノは特徴を説明して依頼人に聞く。
「ああ、それなら俺の弟のヒイロだ。俺が街へ出たのはあいつの治療費を稼ぐ為でもあったんだ。昔から病弱でな」
依頼人の顔が分かりやすくほころぶ。久しぶりに家族と会えるのだからこの反応も当然だろう。
「それにしても遠くから見ずに近くに来ればよかったのにな……イレブンがいるから驚いたか……?」
確かに武装した6人に囲まれていれば、遠くからだと判断しづらいかもしれない。背の低い場合ならなおのことだ。そんな会話をしながら彼らは村に入った。
訪問者に気づいた村人がどっと押し寄せて来る。
「ああ、よかった…これでこの村を捨てないで済む…」
「すみません、あとでお代は払いますので、この子に栄養のある食べ物を、どうか…!」
などの懇願や物乞い、それと感謝や畏怖の籠もった眼差しと声がイレブンを迎え入れる。よほど待ち望んでいたのだろう。安堵の表情を伺える。
「皆! 久しぶりだな! さっきヒイロをイレブンが見かけたそうなんだが、あいつは元気か?」
依頼人が故郷の仲間に挨拶をひとしきり交わした後、そんなことを聞いた。しかし、村人達はどよめき立ち、口々にティダンやライフォスの名を出して震えながら祈り始める。
「実はな……ヒイロは既に死んでしまったんじゃ……」
「……!!! クソッ!! 俺がもっと早く着ていれば!!」
依頼人はうなだれ、地面へ思い切り拳を打ち付ける。無理もない。
「いや……村が孤立する少し前に病気でな……お前にも便りを出すはずだったんじゃが……この有様でな。今まで伝えることができんかった。村を上手く出られた者もお前を傷つけまいと言わなかったのじゃろう……」
「畜生!!!」
再度強く拳を打ち付ける。皮膚が破け、出血し、土砂も混じってしまったが、そんなことは気にも止めていない様子だった。
「……………………」
イレブン達も目を伏せて、悲しげな表情で黙祷する。しかし、マインだけは違った。
「うーん、じゃあ、さっき見たヒイロはゴーストってことかなぁ……? 確かにゴーストなら足ないから足跡付かないし」
「かもしれぬな……気の毒なことだが……操、第ニ階位の快。地精、治癒――地快」
ヴィートは依頼人の拳の傷を操霊魔法で治す。操霊魔法にはリザレクションという死人を生き返らせる魔法もあるが、不幸なことにヴィートはまだ行使することが出来ない。
もっとも出来た所で当人のヒイロが生き返ることを望まなければ、この世に戻ってくることはない。戻ってきたとしても、穢れは確実に溜まってしまう。
冒険者をしていれば穢れへの嫌悪を忘れがちだが、本来少しでもあれば一般の人族にとっては憎悪や迫害の対象になる。この村にとっても今までの仲間を無碍にすることはないかもしれないが、この事態が解決した時に交流を再開した他の村までそうとは限らない。直接的でないにしろ、何かしら嫌がらせを受けることは十分にある。そのようなこともあり、ヴィートは己の無力さを恥じながら、口を噤んでいた。
「ば、馬鹿な! あの子が恨むなんて……!」
「皆で彼が出稼ぎに出てからも村の仲間としていつも自分の子と同じように大事にしてきたわ……!」
「まあ、それは追々調べるとして……まずはメシだ!」
イヴァーノの言葉を皮切りに、全員テーブル掛けを広げた。テーブルではなく、地面に広げたが、イレブンに戻れば十分綺麗になる。次々に言った料理が出てくる魔法のテーブル掛けに村人達は依頼人と同様のリアクションを取った。この間コルネウスが配給は自分達が行うからとマインとラウロに村での聞き込みを頼んだ。
「あ、なら、オイラはヒイロの家に行きたいな。気になることがあるんだよね」
「それなら俺が案内しよう。こっちだ」
「わかった。じゃあ、僕はアンデッド達について聞いてみるよ。後で皆とヒイロの家で合流しよう」
兄である依頼人が快く買って出てくれた。一方ラウロは新たにスケルトン達の情報として、ヒイロも埋葬されている共同墓地を根城にしているらしいこと。入る者は襲うのに、出る者は襲わないという奇妙な攻撃性について村人達から聞いていた。
「久しぶりの我が家なのにこんな気持ちで変えることになるとはな……」
「とりあえず調べて回るね」
今日のマインはやたらと冴えていた。ししょーに教えられていた技術や知識、そして本人の類まれなる素質と幸運によるものだろう。
まず1つ目、スケッチブックと地図。ベッドの脇の机に置かれていた。そこにはヒイロ自身であろう男の子と、どこか嫌悪感を催す煙上の"何か"が描かれていた。地図には共同墓地の中の一部に丸が記してあった。ここに何かがあるのは明白であった。マイン自身には読めない文字がある。合流後、ヴィートに読んでもらおう。
2つ目は引き出しの中にあった。しかも2重構造だ。明らかに他人には見せたくないことが言われずとも伝わってくる……。その見つけた日記の内容には体調が思わしくなく、もう長くはないと悟っていたこと。しかし、そんな時以
前助けてくれた冒険者達が見舞いに来てくれたこと。お土産に『カミサマ』という者をその人がくれたこと。そして『カミサマ』にお願いしたこと。最後のページには『冒険者』になったと書かれていた。
3つ目はベッドの下だ。何か大切なものを隠すにはうってつけなちょっとお洒落な箱を見つけたのだ。鍵はかかっていてマインには開けられなかった。他の2人が来るまで待つことにした。
「ねえ、ヒイロが冒険者に助けられたこと知ってたの?」
「ああ。父さんもも母さんもその時に殺されて、俺は生活費を稼ぐ為出稼ぎに出た。ヒイロには最後まで寂しい思いさせちまったな……それがどうかしたのか?」
マインは皆を待つ間、見つけたものについて兄である依頼人に質問してみることにした。
「もしかしたら知ってる冒険者かなーって」
「多分知ってると思うぞ? 同じイレブン傭兵団って言ってたからな。その箱にもヒイロがせがんで撮った写真が入ってるんだ。名前は確か……何だったかな……エルフの美女の……」
「あ! みんなきたきた!」
「この文字は魔法文明語で『秘密基地』と書かれている……しかし何故知っているのだ……?」
「開いたよーマインー……ンッ!?」
「どうしたぜラウロ……!?」
「フハハハハハ!……全く奇遇な話だ!」
食事を村人全員にし終えたメンバーは予定通りヒイロの家に集まった。そしてヴィートとラウロ情報を照らし合わせるとによれば、やはりここに事件解決への重要な手がかりのようだ。
マインの次はラウロが神がかり的な解錠ツール裁きで開けた。今日はみんなツイている。入っていたのは確かに写真で、それは同じ団員である、
ガエタノの恋人のエルフ、『アリーゼ=ヴィ=フルトヴェングラー』
ラウロの恋人のハイマン、『ルナ・リュウ―ル』
その妹でコルネウスの恋人、『シャム・リュウール』
まさかの半数人の恋人が少年に関わっていたことに動揺する男三人。ちなみに写真にはいなかったが、イヴァーノにも恋人がいる。同じくヒューレを信仰する神官であり、美しく舞うかのような剣さばきで敵を屠る中性的な恋人が。まあ、それは別の話だ。
「余達の同僚がヒイロに関わり合いがあることについては驚いたが、ひとまず置いておこう。この地図から魔法文明語が出てきたならば何かしらこの家の中にセンス・マジックに反応する物があるかもしれぬ。それを探して欲しい」
「あー、ならこれかな?」
「真、第ニ階位の感。魔力、探知――魔知……マイン、お主は冴えているぞ。これにはドール・サイトがかかっている! 何者かそれを通してこちらの様子を伺っているのだ!」
マインがウサギのぬいぐるみを見つけてきた。男の子の部屋にはあまり似つかわしくないものかもしれない。それによって見張られていると看破した途端ヴィートは新たな詠唱を開始する。
「真、第ニ階位の破。魔力、消去――魔破!……これでこちらが監視されることはなくなった」
ディスペル・マジック。呪い以外の魔法効果を消し去る真語魔法の1つだ。ヴィートは確かな手応えを感じ、ただのぬいぐるみに戻したのだ。
「とはいえ、だいぶあちらには見られていた。墓地に向かうことも気づかれているであろうな」
「どちらにせよ、行くことは変わらんのだろう? なら真意を聞くまで! フハハハハハ!」
ヴィートの慎重さにいつもの高笑いで返すガエタノ。他の全員も頷き、依頼人にはこの家で待ってもらうことにする。
「待った。止まってくれ」
墓地に付く頃にはもう夕方。地図の印があった場所に戦闘を歩いていたコルネウスが村に入る前で見たヒイロを発見した。彼にはまだこちらを気がついていないようだ。
どうする?と眼帯をしていない開けている目で聞くとガエタノが答える
「俺がまず囲む。どうも害を加えようとしているようには思えん」
「念の為オイラも行くよ」
「僕も行くよ。3・3で挟み撃ちの形だ」
3人は物音を建てないよう、得物で怖がらせないように武器を抜かずに忍び寄った。
「!? ……なんで、あんた達がここに……!? ど、どうしよう! 今は誰も指示できない……! た、たすけてカミサマ……っ!」
しかしガエタノとラウロの調子が悪かったのか、見つかってしまった。
「ま、待て!」
ガエタノの止める声も虚しく、虚空に響き、少年は地面に吸い込まれるように消えてしまった。
「ごめん……」
「いや、俺こそ言い出しっぺだというのにこのザマだ……」
二人共相当ショックらしくどんよりとした空気が流れる。
「あ! 見て皆! ここ掘り返されてる!」
そんな空気を気にせずマインは異常に気がつく。穴が掘られ地下空間が広がっていることに。そんな地下を降り、少し広い部屋に出た。湿った空気も相まって肌を突き刺すあまり痛くない空気が漂っている。
「シッ……みんな、あそこ」
今度は暗視で暗がりが見えるマイン先導していると、その視線の先を注意深く見ればヒイロと女性が3人いることに気がつく。写真と同じ3人だ。こちらを気取られていないのか、何か話している。
ヴィート以外は聞き耳を立てたが、ラウロとマインは耳周りに羽虫の飛翔音が耳障りで聞こえず、コルネウスに至っては耳にその羽虫が飛び込んできて危うく音を立てるところだった。
「皆どうしよう……! 盗賊さん達がここまで来ちゃった……!」
「慌てないで、君にはカミサマがいるだろう?」
「そうよ! しっかりしなさい!」
「村の皆は大丈夫かな……うう、僕にもっと力があれば……!」
「大丈夫だって! 私が付いてるんだから!」
だが、彼女達がここにいることはありえない。今彼女達は魔法文明時代へ探索に出かけているはずだ。出発前にもイレブンで会合している。
「どうする? どんな不意打ちする?」
不意打ち前提であるのが忍者らしいと言える。
「どんな目的かまだ分からぬが、余の仲間の顔を語るのは感心せんな」
「全くだぜ。俺のシャムになりすますなんてよぉ」
「同感だ。早く化けの皮を下ろしたい気分だ」
「僕も気分悪いなぁ……」
「そういえば、ヴィート。やっぱりヒイロはゴーストか?」
一旦流れを正すべく、イヴァーノが問いかける。しかし、答えは全員の察しの通りゴーストであった。
「そうだな……マインに透明化してもらって、そこからの不意打ちで、3人……ひとまずアリーゼからだ。防陣で防護を上げる。俺がかばうのはラウロとイヴァーノだけでいいか?」
「うむ、本物通り格闘家であったならあいつを倒せば陣営は崩せる。俺達はブレードスカートの都合で相手とは接近しておきたい」
「わかった。頼むぜマイン!」
任せといてよ!と小声で言いながら、マインはコルネウス達と挟む形になるように彼女達の後ろに忍び寄り、まずはアリーゼへこちらに注意を向けるようチャクラムを投げた……が、その体を通り抜けた。確実に身体を捉えたはずなのに!
「酷いことするわねえ……おチビちゃん」
「くっ!?」
透明化も解け、動揺するマインにヒイロ以外の3人が向き直る。
「あ、あんたらもう来たのか……! よ、よし僕だって冒険者なんだ、頑張って退治しなきゃ……!」
遅れてヒイロも気が付き、『カミサマ』を呼び出す。
アリーゼはひとしきりニタニタと笑うと、少年の背後から隠れていたコルネウス達に声をかけた。
「ねえ、イレブンの方々? こーんないじらしく冒険者気取ってる坊やにせめて泡沫の夢くらい抱かせてあげたら?」
「そう、具体的に言えば……貴方達が悪として倒されてやったらどうかしら? ね、本物の冒険者さん達?」
「その顔で不愉快な笑い方は止めてもらおうか!」
ガエタノが出てくるもクスクス、ニタニタと笑う彼女を不思議そうな顔で見上げていた少年は、ふと、気づいたように叫ぶ。
「……? あ、そうだ。カミサマも呼ばないと…『カミサマ、助けて』!」
しかし、その声に反応するものはなく。静寂が一瞬場を支配し、混乱する少年――いえ、ゴーストの少年に悪魔が囁く。
「『カミサマ』なんてハナからいないのよ! そろそろ冒険者のおままごとは終わりにしましょう!」
「いいえ。君がしていたことは、冒険者の真似事ですらないわ。だって、スケルトンを指揮する君は村に来る一般人を襲っていたんだから!」
「そして――あんたの友人もここにはいない」
彼女達の姿をとき、人としての姿も解いて――霧状の、ぼやけた姿へと変貌していく"なにか"は、その黒い靄のような手で少年の頬を撫で……信じていたであろう友人の手に撫でられた少年は、なすすべなく霧の侵入を許したのだ。
「そうか貴様達は……! 魔神レドルグ!」
その名はまさに悪魔の囁きを耳にする外道の名前。それが3体。霧状の身体で魔法や銀を施された武器でなくては刃が立たず、他者の身体に潜り込んで己を守る卑怯者。ヴィートは数々の特徴からそう結論づけた。
「奴には通常の武器では役に立たん! だが、真に恐ろしい能力は身体を乗っ取る悪魔憑きだ! 精神力で打ち勝たなければ同士討ちになりかねん! そして乗っ取られた者が倒れるまで体内から操る! 故にまずはカウンター・マジックで耐えよ! 操、第ニ階位の付。魔力、抗力――抗魔!」
「だがよ! そうなるとヒイロはどうする!?」
既に異貌化して戦闘態勢を整えたイヴァーノがヴィートの盾になるように位置取りし、聞く。
「余達は神官がおらず、リムーブ・カースを行使できん! この状況では仕方がない! 彼は諦めよ!」
「チッ! 許さねえぞレドルグッ!」
イヴァーノは悪態をつきながら魔神達に唾棄する。それを見ている魔神達は可笑しそうに嗤う。
「ケケケケケッ! 酷い連中だねえ! 可愛そうな純朴な少年を助けないってのかい! ケケケケケッ!」
「黙れッ!! 今すぐ俺達の仲間を騙ったこと、ヒイロを騙したことを後悔させてやるッ!」
「ひゃ~ひゃ~ひゃ~! それは恐ろしい! 死ぬほど恐ろしい! ひゃ~ひゃ~ひゃ~!」
「コルネウス! 奴らは魔法攻撃しか使えん! 今の貴殿では間に合わぬ!」
「畜生! 俺達と相性最悪じゃねえか!」
「ファイア・ウェポンを付加すれば攻撃は通るようになる! それまでは持ちこたえてみせよ!」
「王様は人使いが荒いな!」
ガエタノやマインのサブウェポンであるブレードスカートは近接対象をすれ違いざまにカウンターで切り刻む装飾品だ。そしてコルネウスも同様にその重装甲で固めた石壁と差し支えない。なので直接物理的な攻撃手段を持つ相手には十分効果的なのだが、今回の相手であるレドルグは魔法を詠唱することしか出来ない。パーティメンバーの3人の持ち味が使えなくなったのは中々の痛手だ。
「まずはレドルグを追い出すよ! ゴメンねヒイロ!」
「ぐああああ!!」
忍者としての性か、仲間内の中でもバルバロス並に思い切りが良い。元々蛮族領であるディルフラムに住んでいたことが原因だろう。だが、それは時としてこういう場合強みになる。
「許せ! ヒイロ!」
「が――はッ……!?」
少年の姿が光に包まれると同時に、霧状の魔神は少年から出ていく。ぼやけた魔神の顔は、しかして楽し気に笑みを浮かべていた。
「ああ……僕は、冒険者でも、なくて、人間でも、なく、て……倒されるべき、魔物のほう、だったん、だ……」
絞りだされたような、微かな断末魔ののち、少年は光の泡となり、泡沫の夢を抱いた骸として消えていく。
ぼやけた霧に怜悧な笑みを浮かべて、魔神レドルグ達は今度はガエタノ達に憑りつこうとしている。
「許さない!」
ラウロが魔法の武器として加工されたアイアンボックスを構えて走ってくる。
「ケケケケケッ! どこ狙ってんだ!」
あえなくラウロの両手攻撃は空振りし、拳は空を殴る。
「そっちは囮だ!」
「ぐわ……っ!」
ラウロをフォローするようにイヴァーノが声を張り上げて魔力撃で殴り上げる。
「ッシャアッ! 俺も――」
「コルネウスはまだゆくな! ファイア・ウェポンを施しておらぬ故、やつに攻撃が通らん! まだもう少し待っておれ!」
「なんてこった! ならこのまま! 攻撃支援スフィア起動! 狙いはあのレドルグだ!」
コルネウスも意気揚々と殴りかかろうとしたが、止められてしまった。渋々その場でイレブン傭兵団が功績に応じて所持を許される特殊マギスフィアを起動させる。
それよりも問題な出来事が起こった。
「ぐわああああ!!!」
イヴァーノの中に一匹レドルグが入り込んでしまったのだ! しかも先程倒しかけ弱まっていた一体がだ!
「くっ!? 洒落にならんぞイヴァーノ!」
ガエタノも愚痴る。パーティ随一の攻撃力を持つ彼が敵に回ってしまったことは相当にまずい。一度彼を気絶させなければレドルグが出てこない。
「まずいことになった……! ! そうだ! コルネウス! イヴァーノのメイスを防ぎ止めろ! 念の為、防陣とアルケミストカードで補強するのだ!」
「了解だヴィート! かぁーッ! 仲間を守る盾が仲間の攻撃を受け止めるなんてなんつー皮肉だよ!」
「ケケケケケッ! 入れた!入れた! ケケケケケッ!」
「操、第三階位の付。火炎、増強――炎撃! これで全員レドルグに攻撃が通るようになったぞ! 一気呵成に畳み掛けるのだ!」
ファイア・ウェポン。その呪文は武器に炎を宿らせ、敵対者を焼く。これが付与された結果、レドルグのような実体が掴めない魔物でも傷を負わすことが可能になる。そしてヴィートは更にフラービィゴーレムも前線に移動させ、イヴァーノを攻撃する。少しでも早くレドルグを追い出す為だ!
「不甲斐ない余を許せ! イヴァーノ!」
「不甲斐ないのは俺の方よ! おめえが気に病むことじゃねえ! 遠慮なく殴れぇーっ!」
「ケケケケケッ! 熱い友情ってかぁ~? ケケケケケッ!」
フラービィゴーレムは振り被り、イヴァーノを殴りつける。レドルグが憑依対象を操れるのは限れる。そのスキに自分を攻撃してもらおうというのだ。しかし……イヴァーノは金属鎧等で防御を固めた戦士な為、生半可な攻撃は受け付けなかった。
「とにかく早く他の二匹を片付けてイヴァーノを助けるぞ!」
「ひゃ~ひゃ~ひゃ~! やれるもんならやってみな! ひゃ~ひゃ~ひゃ――ぎゃああああッ!!」
「軽口叩けるのも!」
「今のうちだ! これなら! どうだぁ!」
マインは数が多く魔法付与が出来ないチャクラムではなく、近接用のレイピアに炎を宿してもらい、ルナレドルグの挑発遮り、ガエタノが同時に切り裂く。特にガエタノは十二分に深手を負わせることが出来た。そしてラストのラウロが三連撃続く!
「ガアアアアアアアアア!!!!」
「ギャアアアアアアアアア!!」
ラウロのリカント語の咆哮と共にその体を貫こうと爪立てながら迫る。一撃こそ羽虫に反らされたが、続く二撃で十分な傷を負わせることに成功した。ほぼ息も絶え絶えになったルナレドルグに攻撃支援スフィアの火砲が届く。
「ウッ――しま――!?」
「ッシャア! 続くぜえ! フンッ!! 畜生!!」
残念ながら続くことは出来なかったが、確実に一体は落とせたのだ! だが、その直後内側から囁かれたイヴァーノが最も小柄なマインを襲う!
「避けろ! マイン!」
「っっっ~! やるじゃねえかよイヴァーノ!」
コルネウスは本来攻撃役ではなく、守り手。仲間を敵の凶器から通さない鉄壁である。その厚い防御のおかげでイヴァーノの1撃は防げた。だが、二撃目は…………
「コルネウスと余のゴーレムの壁! 容易く突破できると思うな!」
「頼り甲斐のある仲間だな――ぐっ……!」
操られながらイヴァーノは仲間を褒める。身体は操作されようと心は大丈夫だ。一撃目でコルネウスを殴った際、出血があった。ウィークリングとはいえ、彼もバジリスクの端くれ。毒の血液は身体中に流れている。
「チッ……こうなったらテメェについてやろうじゃねえか――ぐわっ!?」
生身のレドルグがコルネウスに憑く気で襲いかかるが、幸運と言うべきか完全に弾き飛ばした。
「ケケケケケッ! お前も運が悪いなぁ! ケケケケケッ! それにしてもあのウサギ野郎が邪魔だ。真、第四階位の攻。閃光、電撃――稲妻!」
「余を守れ! パペットアーミー!」
ヴィートは自身の魔法生物レギオンに命令し、ライトニングから身を護る。これが魔法文明時代に貴族を貴族足らしめた、貴格である。レギオンを排さない限りヴィートには攻撃が届かない。そういう意味ではレドルグとにているかもしれない。しかし、その余波運の悪いことにマインの方へ向かってしまった。致死量に半分近い程身を焦がしながら、歯を食いしばって立ち続ける。
「死にぞこないが! くたばりやがれぇ!」
「ししょーを超えるまで……オイラは死なない! 超えても死ぬもんか!」
「よく言ったぜマイン!」
「そうだ! それでこそ男というものだ! フハハハハハ!」
根性を見せたマインをコルネウスとガエタノが更に鼓舞する。
「ここから一気に攻勢に出る! 操、第ニ階位の精。高揚、戦意――奮起! しかし、その魔力も残り少ない! 全員持ちこたえよ!」
ファナティック。それは意図的に精神を興奮状態にさせ、相手に肉薄するよう作用させる魔法。今回のように当てることが避けることよりも重要な局面で使用される。
元より状況に高揚した精神が魔力によって強引に引き上げられていく。その御蔭もあってか、マイン、ガエタノ、ラウロの同時攻撃は一回を除いて全て命中した。
「ひぎゃあああああ!!!!」
悪魔着きに失敗した二匹はこれで倒れた。だが、問題はここからだ。イヴァーノを気絶させた上で死にかけの魔神を倒さなければならない
「ケケケケケッ! 雑魚の魔神はお呼びじゃないってな! 真、第四階位の攻。閃光、電撃――稲妻! 今度こそくたばりやがれえ!」
再びヴィート狙いで行使されるが、レギオンが防ぐ。コルネウスに流れてしまうが、しっかりと抵抗した。
「お前らッ! 外すんじゃねえぞ!」
「ゲーッ!! こいつマジか!?」
イヴァーノが両手を広げて仁王立ちして、全員の攻撃を受け切ろうとしている。予想はしていたが、本当にやるとは思わなかった行動にレドルグは同様せざるおえなかった。ラウロの雄叫びを上げた鎧抜きが身体を貫き、出血も8割近い。続くコルネウスのヘビーメイスで頭殴られ、イヴァーノは意識を失った。必要最低限の手傷でレドルグを追い出す手腕は非常に運が良かった。
出てきたレドルグにマインとガエタノが同時に攻撃する。クロスに切られた最後の霧の魔神は消え失せ、辺りには静寂が残った。ガエタノ、マイン、コルネウスは急いでイヴァーノを救命草で応急手当を施した。続いてしっかり、魔香草で体内のマナを補充し、村に帰ったのだ。これで彼らの泡沫の夢事件は終わった。終わったのだ。