夜話1
若い噺家が、頭を上げる。客をなんとか笑わせてやろうと意気込んでいる。
え〜。毎度、今日は一つ、よろしくお願いしやす。いや、しかし、今日は皆さん、静かですね。まるでお通夜みたい。でも、大丈夫ですよ。この私がね、宴会場みたいにして差し上げますよ。お通夜の席の宴会場みたいにね。
誰一人笑わず、若い噺家の額に汗が滲む。それでも不敵に笑ってみせる。
固い客だな〜。まあ、構わず始めますよ。お江戸の時代には参勤交代なんて面倒臭い制度があったそうですな。地方の大名がわざわざ何の用も無いのに、将軍様に呼び出されて、江戸まで出て来て。
『よし出て来たか、じゃあ帰りな。』
酷いもんです。今ならいいですよ。来たついでに歌舞伎町や六本木でも行けば綺麗な姉さん達と楽しく遊べますからね。
『参勤交代ゲーム!』
なんて言ってね。
『将軍様は僕だ。町娘、町人、お前とお前は接吻し候!』
なんてね。盛り上がるかどうかは知りませんよ。
『何、出来ないと申すか!切腹!切腹!腹を出せ、腹を!』
なんてね。切腹させたいのか接吻させたいのか分かりません。この大名が江戸への旅先で泊まるのが本陣。本陣は名主の家なんかが使われたそうで。こいつはその名主の家に奉公に出されていた定吉の話。
『定吉と大名』
「定吉、ちょっとおいで。」
「はい、父ちゃん、じゃない、旦那様。」
「そうそう、旦那様だ。そこそこ賢いね。可愛いやら憎たらしいやら。今日はね、地方から偉〜い、大名様が来るからね。絶対に失礼があってはならないよ。」
「ああ、そうなんだ。」
「何だその口は。」
「知らないの?タメ口も知らないの?」
「知ってるよ。そんな口を大名様にきいてみな、首が飛ぶよ。」
「えっ、この年で失業者?」
「そんなんじゃ済まないよ。お前の首が体から離れて飛ぶの!」
「マジンガーパ〜ンチ!」
「馬鹿野郎、もう戻せなくなるんだよ。」
「えっ!」
「ざまあみろ。顔が青くなったね。」
「何故そんな恐ろしい人を泊めるんですか、旦那様。」
「タメ口も直ったね。こりゃいいや。それは大名様より、もっと偉い将軍様が決めた事だ。」
「日本にもあったんだ、カースト制度、よくありませんね。」
「最下層のガキが生意気言ってんじゃないよ。」
「酷い、人種差別だ!差別反対、常識は反対、俺たち人間、人権守れ!」
「ラップかい?どっかのデモばっかりやってるグループみたいでムカつくね。そんな事、大名様の前でやってみな。」
「褒美に一石ぐらいくれるかな。」
「くれる訳ないだろ、首が飛ぶよ。」
「ラップは二度としません、聞きもしません。」
「首が飛ぶのだけは怖いみたいだね。聞くのは構わないよ。」
「ははあっ!」
「憎たらしいやら、憎たらしいやらだね。」
「大名様の御成り〜、大名様の御成り〜!」
「ほら、いらっしゃった。」
「木にでもなるの?」
「お前、ホントに殺されるからね。」
大名様が到着すると、名主の家はあれやこれやで忙しくなり、定吉も喋る暇もなく、首も繋がったまま。夜になり、ひと段落して、さて、面倒が起きないうちに、飯でも食わせて寝かせちまおうと思っているのに、使用人の姿がない。
「定吉、定吉!」
「へい、旦那様、へい、旦那様。」
「今、ラップっぽくなかったかい?」
「そんな訳ない、何気ない。」
「飛ぶよ、首。」
「へへぇっ!申し訳ありません!」
「それはそうと、他の奴ら何処に行っちまったんだい?誰もいねぇじゃないか。」
「みんな帰っちまいました。」
「えっ?何で?」
「何か失礼があったら首が飛ぶよって。」
「誰が言ったんだい?」
「この私です。隠れる気ない、紛れない。」
「この野郎!どうすんだい!責任とって貰うよ!」
若い噺家が額の汗を拭く。これだけ話しても、今のところ誰も笑っていない。
え〜、こんな訳で、子供だから好かれるかもと一縷の望みをかけて、定吉と名主が大名の部屋へ。大名様はお酒も入って、かなりご機嫌の様子。
「どうした、その方ら。もっと、こう、近うよれ。」
「近う、近う、そっち行こう。」
「何か言ったか?」
「いえ、あの、その、ラ、ラ、何も言っておりません。」
「そうか。時に名主、奥方はどうした?」
「健在でございます。」
「何故、おらん?」
「定吉、女房は?」
「奥様は一番先に逃げました。」
「何!え〜、今日は伏せっております。」
「そうか、まあ、無理はせずとも良い。うちは、大名と言っても田舎だし、侍に毛が生えた程度のものだからな。」
「伏せってると言うより、走ってる。」
「そこの者、何を先程よりブツブツ言っておる。おもてを上げい。」
「ははっ!」
「何だ、やけに小さいと思っていたら子供ではないか。」
「実は人手が足りませんで、この様な事に。」
「構わん、構わん。わしは子供が大好きじゃ、正直で裏表がない。坊主、幾つだ?」
「6歳です。」
「ああ、すまん、歳のせいか耳が遠くてな。もう一度、頼む。」
「爺さん、もうろく、もう6歳。」
「こらっ、定吉!」
「叱らずとも良い。6歳か、その前は何か言ったか?」
「いえ、滅相も御座いません。」
「滅相、一層、おかみさん失踪して疾走、大名の爺さんに浮かぶ、死相。」
「ぷっ、よさないか、定吉!」
「名主、何を笑っておる。さっきから、この子は何を言っておる。小声で早口で、さっぱり分からん。」
「ラップだ、ラップ、ジジイに分かるか、この自信、示威。」
「裸婦だ、裸婦だと?6歳にしてはませておるの。どの様な教育をしておる。」
「誠に申し訳ありません。」
「まあ、元気がないよりはな。それで、坊主は何が好きなのだ。」
「だから、ラップだ、ラップ、宝だ、力だ。」
「ランプが好きなのか?西洋かぶれだな。」
「結果的に合ってる、いいだろう、この野郎。」
「この野郎とはわしの事か!」
「いえ、この野郎です。」
「こらっ、定吉!名主は父も同然ではないか、いけないぞ。」
「ははっ!母っ!」
「何故、二度言う?」
「母っの方がいい?」
「そうじゃ、一回言えば十分じゃ。」
「母っ!」
「さて、疲れた。その方らには悪いが、もう寝かせて貰う。」
「是非!是非!何卒その様に!!」
「名主、歌舞伎みたいになってるぞ。このまま、ここで眠らせて貰うぞ。定吉とやら、近う寄って肩を頼む。」
「母っ!失礼いたします。ぷふっ!」
「定吉、戻れ、どうした?」
「旦那様、あの爺さんの髷、付け毛ですよ。」
「何?」
「きっと禿げちまって付け毛で誤魔化してるんですよ。」
「細川氏みたいにか?」
「ええ、細川氏みたいにです。」
「しかし、そんな事をばらしたら武士の面目が立たん。絶対にいじるなよ。絶対だぞ。」
「いじらない、いじめない、一応、意地がある。」
「なんだい、一応って。」
「いえ、なんでもありません。大名様、お待たせしました。」
「頼むぞ。」
「頼むなら、頼まれよう、でも、肩より固い頭皮から逃避?」
「何か分からんが、お経の様でちょうど良いの。」
「お経は京都で、今日は東京、余は器用。」
「続けよ。」
「続けて、付け〜毛、余に続け、付け〜毛、付けて、続けて、付けて、器用に続〜け。」
「定吉とやら、今、付け毛と言ったか?」
「いえ、滅相も御座いません。」
「そんな訳はあるまい。わしは歳をとっても耳が良く、遠く先の音まで聞き漏らさん。」
「くそ!騙したな!タヌキジジイ!」
「ラップとやらも、ネタ切れか。子供とはいえ、一国の主の、武士の魂の髷への侮辱、絶対に許されん。よって、切腹申し渡す。」
「定吉!言わねえこっちゃねえ!さっさと何でもして、謝罪しな!許して貰うんだよ!」
「いえ、旦那様、首が飛ぶよりは、ましで御座います。」
若い噺家が、深々と頭を下げても、集まった客は誰一人笑っていない。噺家が頭を上げる。
おいおい、勘弁してくれよ。100パーとは言わねえが、随分と受けるネタなんだぜ、全く、どうなってんだい?まあ、言っても仕方ねえ、よし、そんじゃあ、次のネタだ。