マッド1&マッド3
夕方の工場。任務は急に訪れる。
工場に入る。西日が差して、かなり眩しい。工場内の明暗が、赤く沈んでいく。
斬撃。
正面。
かわして、腕を叩き込む。体勢が崩れたところを蹴り飛ばし、その手にあったものを奪う。鉄パイプ。
ふたり。
打撃。
両脇。
鉄パイプを棒のように回し、横に薙ぐ。三つ、ひしゃげた。パイプと、人が二つ。
人の気配が、西日に紛れてうまく掴めない。十人。見当を付けた。西日、そして壁に向かって走る。そのまま壁を蹴り、反転しながら跳ぶ。西日を背に。十一人。一人多い。
着地しながら、ふたり仕留めた。もうひとり。背を向けようとした。腕ではなく身体全体でぶつかる。容易に転んだ。そのまま蹴り飛ばす。
残りの七人。明らかに、怯えている。叫びながら突っ込んできたひとりの鳩尾に拳を叩き込む。そのまま背に回り、持ち上げ、投げる。ぶつかってふたり倒れた。
三人。全員の手が、西日を反射した。
銃。
全員正面。
撃ってくる。
無理にかわさず、真っ直ぐひとりに突っ込んでぶつかった。銃を持っている手に、肘を打ち付ける。砕ける感触。ふたりは、もう撃ってこない。一呼吸遅れて、叫び声。ひとりを蹴り、ひとりに頭をぶつけた。
のされた男が、十人。
自分の他に、残った男が、ひとり。
抜いていないが、短刀なのが気配で分かった。張り詰めた糸。僅かな気合。近づくと、居合で斬り付けられる。
「お前は、敵じゃないな」
答えはない。わずかに、張り詰めた糸が緩んだ。斬る気配は無い。
そう思ったとき、既に斬られていた。頬を、鋭い風が。吹き抜ける。
「よく分かったな。ありがとうマッド1」
マッド1。ハンターと呼ばれている。対象を逃さないから、という理由で付いたサブネームだが、マッド1自身は名など、どうでもよかった。そもそも、対象を逃す方がおかしい。任務への参加は任意だが、どこかの誰かが自分に適した任務を常に割り振っているのだと思っている。任務内での動きも一切制限されず、任務内容を違反しても、咎められたことは無い。
自由なのだ。
どちらかというと、ハンターではなく獣だった。他よりも機敏で強い。たまたま狩る側に回っているだけで、いつか自分が狩られるのかもしれない。そのときは、全身全霊で、逃げるだろう。そして、反攻に移る。
「お前がマッド3か」
「イエス」
「じゃあ、俺は行く」
背を向けて、歩きはじめる。後ろから、声。
「どうやって、俺を狩るつもりだったんだ」
無視して、工場を出た。
ひしゃげた鉄パイプを使うつもりだった。走って鉄パイプを掴み、投げる。強く速く投げれば、抜かざるを得ない。それを確認して、倒れた男から銃を奪い、間合いを詰める。小さい銃は、ある程度近付いて撃たないと当たらないから、牽制にもならない。使うなら、隙を作ってからだった。鉄パイプ程度なら可能だろう。
そんなことを考えているうちに、日は完全に沈んでいた。
夜。
仕事が終わり、ようやく、自分の時間になった。戦闘の余韻は、もう無い。
勘が頼りの闘いか。
マッド3は、なるべく気配を消し、闘いの気配を消そうと思っていた。工場に入ってすぐに、鉄パイプを持って待機していた団員が簡単に排除された。あれは蹴りというより、身体全体を使った体重移動だろう。間合いが測れない所からの、足。空手や拳闘術よりも、よく練習されたバッティングフォームに近い。
そのまま鉄パイプを取り、回して二人仕留めている。あの動きは、棒術のものだ。上体を低く沈め、腕と腰を伸ばして振り回す。鉄パイプだから、当然曲がる。使えなくなったその鉄パイプを、そのままもうひとりにぶつけて倒している。とっさの機転は、棒術ではない。武器を趣味にする者は、折れた武器を使わない。あの動きは、実戦慣れしている証拠だった。
そのまま、なぜか壁を使って跳び、そのままふたりを押し潰した。身体は大きくなかったが、身のこなしで二人に上手く落下の衝撃を分散させている。ようやく拳銃を抜いた団員に、最短ルートで最速の攻撃。密集して見えにくかったが、肘か掌底。綺麗に骨が砕ける心地よい破裂音。そのまま動きを止めずふたりを制圧。ひとりは胸の辺りに回し蹴り、ひとりは頭突き。回し蹴りは体術だが、頭突きは喧嘩の動きだった。
そして、自分に闘気が回ってきた。短刀は、見破られていたような気がする。相手が動きを見せる前に、こちらの気合が伝わらない間合いで、短刀を投げる。脚を狙う。当たらずとも、動きそのものは制限できる。そのうちに拳銃を取る。位置取りを調整し、西日を味方に付ける。それで、制圧できる。
撃つ気はなかった。横流しの拳銃など、真っ直ぐ飛ぶほうが珍しい。
「こちらマッド3、任務完了。ドラッグの高純度精製工場は制圧した」
『マッド2了解。団員への聴取結果は』
「ダメだ。骨の髄までシャブられて、歯の根も合わない。殺したほうがいいか?」
『マッド1が殺さなかったものに関しては、放っておいてください』
「了解」
マッド1、ハンター。
次に出会って、勝てるだろうか。