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もう誰を攻略すればいいのかわからないよ



 とても美しく映っていた……じゃねぇええええええ!

 なんてこった! ほんとになんてこった!

 麗佳の好感度をあげて爆発を起こし、麗佳から嫌われるつもりだった! そのつもりだったのに!

 昨日の訓練場での一幕のせいか……麗佳から嫌われたくないという感情が、俺のなかに芽生えている。なにこれ? 再放送?

 あんな高慢ちきな同級生のどこがいいのかと問われれば、これまたすまないが口では上手く説明できない。

 そして仁美のほうが何百倍も優しくてかわいいだろと問われれば、やはりそりゃそうだと即答する。

 それでも俺は……好感度表示の能力で、立花麗佳が爆発するのを容認できなかった。

 というわけで残りカウントが『7』になった土曜日。

 行き詰った俺は、夕飯を食べ終えると自室のベッドで寝転がって悶えていた。

 どうしてだ! どうしてこうなった!

 もともとは雛子や麗佳の好感度をあげて、どちらかに爆発を起こさせるつもりだっただろ! 仁美にさえ嫌われなければそれでよかっただろ!

 なのに今では、雛子と麗佳からも嫌われたくないという欲が出ている! 仁美ほどではないにしろ、あの二人のことも気に入りはじめている!

 ロボットアニメとかで敵軍のキャラが主人公と知り合ったせいで、戦場で再会したときに攻撃できなくなる心情がわかっちまったぜ。あいつら、こんなに苦しかったんだな。

 しかし悩んでてもタイムリミットは待ってくれない。カウントが『0』になる前に誰かを選ばなきゃいけない。

 氷室仁美。近藤雛子。立花麗佳。

 この三人のうちの誰か一人に嫌われなきゃいけない。

 その一人を選べないから悩んでんだよ、こんちくしょう!

 あっちを立てればこっちが立たたず。

 くそっ、くそっ、くそっ、どうすりゃいいんだあああああ!


「ボタロウ! 俺どうすればいい!」


 だらしなく床の上に寝そべっているデブ猫に問いかけてみるが「知らねぇよ」とでも言うように、薄く開けた目で一瞥してくるだけだった。猫の手は役に立たない。

 あぁ、くそおおおおおお! こうなったら!


「……エロゲ買いにいこう」


 ちょっと散歩してくる、と両親に言い置いて夜の街に自転車で繰り出す。

 エロゲをプレイすれば、好感度表示についてなにかいいアイディアが思いつくかもしれない。ひらめきを求めて、俺はエロゲを買いに行く。

 おっと、勘違いしないでほしいが、これはあくまでも好感度表示への対策のためだ。エロゲがやりたいから買いに行くんじゃないぜ。そこんところは理解してくれよな。

 ……ウソです、ごめんなさい。ウソをつきました。

 ほんとはエロゲをプレイしたいです。店舗特典のイラストカードがほしくて初回限定版を予約しておいたんです。前々から買おうと心に決めてたんです。よっしゃ、ついに発売日だぜ、ひゃっはぁ~! と狂喜乱舞しているんです。

 おかげでペダルを踏む足にも力が入ります。

 好感度表示のことで悩みながらも、きっちりエロゲを発売日に買いにいくあたり、俺も筋金入りだな。

 電気街のゲームショップまでやって来ると、駐輪場にチャリをとめる。

 この店は一般ゲームだけでなく、ちゃんとエロゲコーナーも設けてあって品揃えが豊富だ。幅広い客層の需要に応えている店って、ほんと素敵。

 ふぃ~、どきどきしてきた。新作エロゲを買うときの、この喜びと緊張といったらないぜ。

 さぁ、行くぞ。

 ゲームショップに踏み入ろうとしたら。


「あっ……朝倉先輩」


 おうふ。自動ドアが開いて、店内から堀田ちゃんが出てきた。


「ど、どうも」


 堀田ちゃんは軽く会釈すると、ショップのロゴが入った紙袋を大事そうに両腕で抱きしめる。


「もしかして堀田ちゃんも、なにかゲームソフトを買いに?」

「は、はい。そういう朝倉先輩は……」

「あ、あぁ……俺もちょっとね」


 言えない。気の弱い後輩に「俺、エロゲ買いに来たんだ(キラン)」なんて言えない。

 いや、べつにさわやかなイケメン風の笑顔で言う必要はないけど。


「えぇっと、それじゃあ俺は何かおもしろそうなゲームがないか、適当に店内を見て回ろうかな~」


 おいおい、おまえちゃんとほしいエロゲを予約しておいてなに白々しいことを言ってんだよ、と自分にツッコミつつ、堀田ちゃんと別れようとする。


「あ、あの、朝倉先輩!」

「ひゃい!」


 ガシッと腕をつかまれた。

 俺、超焦る。

 エロゲ買おうとしているのがバレたのかと思って噛んじゃった。


「な、なにかな、堀田ちゃん?」

「わたし……朝倉先輩に聞きたいことがあって、少しだけお時間をもらえませんか?」


 もう目と鼻の先にほしいエロゲがあるというのに、なんだこの焦らしプレイは?

 だからといって、後輩からの相談を無下にはできない。ここは涙を飲んで、エロゲから一旦遠ざかろう。

 駐輪場に移動すると、二人して店の壁に背中を預けた。

 さっさとエロゲを買いにいきたいので、こちらから口を切る。


「それで、堀田ちゃんの話っていうのは?」

「は、はい。その……」


 軽めに深呼吸をすると、堀田ちゃんは握り拳をつくり、こっちを向いた。


「あ、朝倉先輩って、異能者としては、すっごくレベル低いですよね!」

「ぐはっ!」


 血反吐が出る。出ないけど。出そうなくらい辛辣な言葉をあびせられた。


「ほ、堀田ちゃん……ひどい」

「え? あっ! ち、違うんです! 今のはそういう意味じゃなくて、朝倉先輩ってわたしと同じで能力がショボイと言いたかったんです。決して朝倉先輩を傷つけるつもりじゃなくて、その、だから泣かないでください!」


 泣かないでくださいって言いながら、俺の能力をショボイってけなしてんじゃん。

 ぐすん。近ごろ俺、女の子に泣かされてばかり。

 この子も仁美と同系統で、ナチュラルに他人を傷つけちゃうっぽいな。


「えっと、つまり俺も堀田ちゃんと同じで、異能力に恵まれてないって言いたいんだな?」

「そ、そうです! それを言いたかったんです!」


 こくこくと高速で頷く堀田ちゃん。

 暖簾みたいに長い前髪が、ふさっふさっと波打っていた。


「異能力に恵まれてないのに、どうして朝倉先輩は氷室さんのそばにいられるのかなって」


 俺では仁美につりあわないと、麗佳と同じことを言っているのかと思ったが、そうじゃない。

 これは……仁美側ではなく、俺側のことを聞いている。


「仁美のそばにいて、辛くないのかってことか?」

「……はい。自分と氷室さんを比べて、コンプレックスとかで自己嫌悪になったりしないのかなって」


 それが堀田ちゃんの聞きたいことか。


「今のところ仁美と一緒にいて嫌な気分になったことは一度もないな」

「どうしてですか?」

「俺が仁美と一緒にいるのは、異能力とは何の関係もない。あいつのことが気に入っているから一緒にいるんだ。いちいち自分と比べて、異能力というフィルターを通してはいないよ」


 俺は仁美の異能力に惚れ込んだんじゃない。

 仁美という一人の少女に惚れ込んだんだ。

 たとえ仁美が能力者じゃなかったとしても、そばにいたい。それだけは、確信を持って言える。


「なんでそんなふうに、自分と氷室さんを比較せずにいられるんですか? 異能者なら誰だって少なからず、能力の優劣を気にするはずです」

「そりゃあそうだけど、俺は自分の異能力に不満があるからな」


 できればこんな厄介な力はいらなかった。こんな力につきまとわれるくらいなら、能力を持たない普通の人間でよかった。


「詳しい事情は聞いてないけど、仁美も異能力に不満を持っている。あいつが苦しんでいるのを知っているから、あいつみたいになりたいだなんて思わないよ」


 どんなに最強チートな能力を持っていたって、仁美はちゃんと苦手なことや弱いところもある。もちろん好きなことだってある。

 他のみんなと変わらない、歳相応の女の子だ。完全な人間なんかじゃない。


「能力が弱いせいで、評価されずに悩んでいる人はたくさんいます。せっかく強い能力を持っているのに、それに不満があるだなんて……ぜいたくです。強者には、弱者の気持ちはわかってもらえないんですね」


 堀田ちゃんの声は、かすかな怒気をはらんでいた。

 強者には弱者の気持ちはわからない、か。

 まぁそうだろうな。そしてその逆もしかりだ。


「堀田ちゃんの物言いだと、まるで弱者だけが不幸だって言っているように聞こえるな。異能力の有無に関わらず、まっとうに生きていれば、誰だって悩みくらいあるもんだろ?」

「でも、強い能力を持っている人のほうが、生きていくのに有利じゃないですか。強い能力を持っていたら……わたしは、こんなんじゃないです」


 吐き捨てるように、堀田ちゃんは自己否定の言葉を口にした。


「堀田ちゃん……もしかして自分のことが好きじゃないのか?」

「好きなわけ、ないじゃないですか。こんな弱いわたしなんて……」


 堀田ちゃんは朽ちかけた花のように、首を曲げてうつむいた。

 俺は自分をザコだと認めているが、嫌いではない。ナルシストってわけじゃないけど、人並みくらいには自分を大切にしている。

 俺にだって、それくらいの価値はあるはずだ。


「強い能力さえあれば今の自分ではなくなると思っているみたいだけど、そいつはそいつのままじゃないかな? どうやったって、根っこの部分までは変われない。仮に強い能力を得たとしても、俺は今の俺のままだろうし」


 今の自分を好きになれないなら、きっと理想に届いたときの自分だって好きにはなれない。

 堀田ちゃんは黙りこくっている。教師から説教を受けているのに、ちっとも反省していない生徒みたいだ。


「これで堀田ちゃんからの質問には答えたつもりだけど……こんなこと聞いて、どうしたいんだ? 仁美と仲良くなりたいのか?」

「……わかりません。わたしにも、わからなくて」

「そっか」


 自分のなかに浮上してくる全ての感情を、論理的に説明することはできない。本人にだって、整理できない気持ちはある。


「暗くなってきたし、そろそろ帰ったほうがいい。俺はゲームショップに寄ってくけど」


 堀田ちゃんを心配しつつ、早く帰るように促しておく。

 あ~ぁ、エロゲ買いに行きたいな。

 どさり、と音がした。

 えっ……と間の抜けた声が出る。

 隣を見ると、堀田ちゃんが膝を崩してへたりこみ、両手で胸を押さえてハァハァと熱っぽい吐息をついていた。


「ど、ど、ど、どうしたんだ、堀田ちゃん! 救急車か! 救急車を呼べばいいのか!」


 俺、動揺しまくりであった。


「大丈夫です……。ちょっと、めまいがしただけですから」

「それは大丈夫なのか?」

「……はい。その、近ごろ体調があまりよくなくて……」


 体調がよくないって……ま、まさか、女の子特有の日か!

 男の俺にはよくわからないが、かなり辛いと聞く。俺にできることは、極力そのことには触れないようにすることだ。

 ふぅ、と呼吸を整えると、街灯に照らされた堀田ちゃんの顔色が多少よくなった。


「もういいのか?」

「はい。平気です」


 立ちあがろうとする堀田ちゃんだったが、長い前髪の隙間から覗いた目を大きくすると、顔が真っ赤になった。

 素早い動きで地面に落ちた紙袋を抱きかかてバッと跳ね起きる。


「そ、それじゃあ朝倉先輩。わ、わたしはこれで、失礼しましゅ!」


 最後に噛むと、深々とおじぎをして堀田ちゃんはダダダダダッと逃げるように立ち去った。

 すっかり元気になったみたいだ。


「さてと」


 エロゲ買うかな。




 いろいろ手間取ったが、どうにかミッションコンプリート。

 購入したエロゲを自転車のカゴに入れて、鼻歌を口ずさみながらペダルを漕ぐ。

 夜道を自転車で進んでいると、数メートル先にあるコンビニ付近に人だかりができていた。


「なにかあったんすか?」


 野次馬のおっちゃんに尋ねてみる。

 おっちゃんによると、この辺りにまた例の黒い怪獣が出現したらしい。見かけたのは一体だけなので被害は出てないが、調和機構のメンバーがこっちに向かっているそうだ。

 物騒だな。気をつけて帰らないと。

 おっちゃんに礼を言うと、再びペダルを漕ぐ。

 コンビニから遠ざかって、しばらく進む。

 道を曲がると、自転車のライトが正面の歩行者を照らした。

 咄嗟にブレーキをかける。キィィと猿の鳴き声みたいな音がする。

 体が前に押し出されたが、自転車は無事に止まり接触は避けられた。あぶねぇ。


「ふぅ~、大丈夫ですか?」


 正面の人影に安否を確認してみると……それは見知った相手だった。


「赤城さん?」

「おまえは確か……朝倉だっけ?」


 そこにいたのは、パーカー姿の赤城ほむらだった。

 赤城の声には、違和感がある。妙に息切れしているというか、疲労がにじんでいた。


「どうしたんっすか? こんな夜遅くに、そんなに疲れて?」

「さっきまで追いかけっこを……じゃねぇや、闘技場での試合終わりでクタクタなんだよ」


 舐められたもんだ。まさかそんな見え透いたウソに俺が騙されるとでも?

 ……下手に追及したら胸ぐらをつかまされそうなので、おとなしく騙されておこう。

 しかしこんな時間に追いかけっこって、不良の考えることはわからんな。とりあえず自転車には注意してほしい。あやうく接触事故を起こしちゃうところだった。


「なんだよ、人のことをじろじろ見て?」

「あっ、いえ。なんでもないっす」


 見れば見るほど怪しいが、首を横に振っておいた。俺弱い。


「てか、どうして敬語なんだ? 学年は同じだろ?」

「いや、なんとなく……」


 だってぇ、赤城さんっておっかないですもん。タメ口きいたら殴られそうですもん。


「他の同級生もわたしには敬語だし、先輩とかも敬語を使ってくるんだよな。なんでだろ?」


 周りに恐れられている自覚がないのかよ。タチ悪ぃな。


「えっと、それじゃあ敬語じゃなくてもいいんですか?」

「同学年なんだし、いいに決まってるだろ? 名前に『さん』づけとかもしなくていいぞ」

「そ、そうですか……じゃない、そうか」


 ホッと胸を撫で下ろす。

 できればさっさとお別れして家でエロゲをやりたいが、あからさまに早く別れたら逆にからまれそうだ。

 ここは軽くトークを交わしてから、さり気なく立ち去ろう。


「そういえば赤城って、なんで闘技場の選手をやっているんだ? 異能者なら大抵は調和機構に入りたがるもんだろ?」


 調和機構が誇り高い騎士団なら、闘技場の選手は野蛮な傭兵団みたいなものだ。

 どうしても悪いイメージがつきまとう。


「こんなんでもわたし、ガキの頃から訓練を積んできた優等生で、調和機構からの誘いもあるにはあったんだよ」

「そうなのか?」

「あぁ。けど堅苦しいのは性に合わなくてね。誘いを断った」


 雛子のように、赤城にも思うところがあったようだ。


「闘技場の選手はさ、自由に生きて戦っているんだ。わたしも何かに縛られたりせず、自由に生きたい。あの人達と同じように、闘技場で好きなように戦いたい。手軽に小遣い稼ぎもできるしな」


 小遣いって、そんなかわいい金額じゃないだろ。

 おまえがその歳で俺の親父よりも高収入なのは知っているぞ。


「ま、わたしは学校にいる立花や氷室だっけ? あいつらみたいに突出して強くないから、白星と黒星がせめぎ合っているんだけどな。戦うことそのものは嫌いじゃないけど、なかなか思うようにはいかないよ」


 赤城ほどの実力者でも、闘技場で勝ち続けることは難しいようだ。そんなに甘くはないってことか。


「そうだ。次の金曜の夜にわたしの試合があるから、よっかたら見にこいよ」

「時間があいてたらな」


 たぶん行かないけど、社交辞令っぽいことは言っておく。


「じゃあな」


 別れの挨拶をすると、赤城は自転車をよけて夜の闇に消えていった。

 ふぅ……これでやっと帰れる。帰ってエロゲができる。

 待ってろよ。思いっきりプレイしてやるぜ。



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