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おまえと友達になりたいんだよ



 悪いものじゃなかった……じゃねぇよ!

 あぁ、くそっ! なんてこった!

 雛子の好感度をあげて爆発を起こし、雛子から嫌われるつもりだった! そのつもりだったのに!

 昨日の出来事があったせいか……雛子から嫌われたくないという感情が、俺のなかに芽生えている。

 あんなろくでもない後輩のどこがいいんだと問われれば、すまないが口では上手く説明できない。

 仁美のほうが何百倍も素直でかわいいだろと問われれば、そりゃそうだと即答する。

 だが、それでも俺は……好感度表示の能力で、近藤雛子が爆発するのを容認できなかった。

 というわけで残りカウントが『8』になった金曜日。

 俺は作戦を修正することにした。

 修正内容。『雛子か立花のどちらかに嫌われる』ではなく、『立花に嫌われる』に変更する。

 以上だ。

 作戦を実行に移すために、昨日と同じく立花を見つけては声をかけてみたが、尊大な物言いであしらってくるだけで、好感度はちっともあがらなかった。

 むしろ俺のイライラがあがった。

 放課後になると、立花のいるクラスを訪れてみたが、とっくにいなくなっていた。

 帰ったのかと思い下駄箱に行ってみると、まだ靴は残っている。

 なんだかストーカーみたいだなと自分の行動に嫌気が差しつつ、校内のあちこちを巡って立花を探す。

 渡り廊下を通り、校舎から離れたところに建っている訓練場に足を運ぶ。

 ここは異能力を使ったパフォーマンスをする部活や、特別授業で異能力の制御訓練を行うときに利用する、異能者専用の体育館みたいなものだ。

 なるべく物音を立てないように扉をあけて、広々とした屋内を覗いてみると……いた。立花を発見する。

 あいつ、なにやってるんだ?

 立花は制服ではなく剣道着を着ていた。異能力で具現したであろう一本の刀を両手で握りしめて、これから果たし合いに挑む侍のように晴眼の構えをとっている。さっきから微動だにしない。気軽に声をかけられる空気ではなかった。

 彫像みたいに佇んでいる立花は唇から呼気を吹くと、自分の周辺に五本の刀を具現させる。

 宙に浮いた五本の刀は、野生の獣が牙を剥くように一斉に立花へと斬りかかった。

 立花は双眸を険しくすると、手にした一振りの刀で至近から攻めてくる五本の刀と斬り結ぶ。

 機敏な足さばき、研ぎ澄まされた剣術、それらを駆使して五人の仮想敵と剣戟を交わし、鮮烈な刃音を絶え間なく木霊させる。

 浮遊する五本の刀を全て叩き折ると、立花は手にした刀と床に落ちた刃の残骸を消し去った。

 壁際に置いてあるタオルをつかみ、額の汗をふいて「ふぅ」と一息つき、剣道着の合わせ目をつかんでパタパタとあおぐ。

 そこでようやく集中力が途切れたのか、扉を開けて立っている俺に目を向けた。


「よう、立花」


 カチンと石化したように立花は固まってしまう。

 上着の合わせ目を開いたままなので、なだらかな曲線を描く胸の谷間がチラッと見えていた。


「ひょっとして、異能力で戦う訓練をしていたのか?」


 ハッとすると立花は石化を解いて、あわあわしだす。


「ち、違うわ! こ、これはそう……体操よ!」

「体操?」

「そうよ! 完璧美少女であるこのわたしが、人目を忍んでこっそり訓練なんてするはずないじゃない! わたしは生まれながらの天才なのよ! 天才には努力なんて必要ないの!」

「でもさっきのおまえは、どう見ても訓練をしているようにしか見えなかったぞ?」


 ぐっ、と唸ると立花は汗をふきとったタオルをムギュュュと握りしめる。

 そして……。


「えぇそうよ! やってたわよ、訓練! 一人でこそこそ人目を忍んでやってたわよ! 汗まみれになってやってたわよ! ほら滑稽でしょ? 笑いたければ笑えばいいじゃない! わたしは仁美さんや雛子さんと違って生まれながらの天才じゃないってね! 好きなだけ笑えばいいじゃない!」


 ガァーとワンコみたいに吠えてきた。

 どうして俺、キレられてるの? 

 それと一人でこそこそとか、汗まみれになってやってたとか、そこだけ聞くと、なんだか卑猥に聞こえるな。


「雛子じゃないんだから、がんばってる人を笑ったりはしないよ。一生懸命に汗を流すことは悪いことじゃない。陰で努力することがかっこ悪いと思っているなら、それは間違いだぞ」


 少なくとも俺みたいに自主的に努力をしない人間よりは、立花みたいにがんばっている人間のほうが立派だ。

 立花はムッと唇をすぼめると、上着の合わせ目が開いていることに気づいたようで、慌てて背中を向けて身づくろいをした。

 できればもっとおっぱいの谷間を拝見していたかったです。

 上着を整えると、立花はギロリと睨んでくる。

 やだ、こわい。


「それで、あなたは一体なにしに来たのかしら? ……ま、まさか、わたしが流している汗の匂いを嗅ぎつけてきたというの? っ、なんて変態!」

「勝手に人をハイレベルな変態に認定するのはやめろ」

「信じられないわね」

「いや、信じろよ」


 立花の汗をクンカクンカするためじゃなくて、好感度をあげるために来たんだ。クンカクンカしたら好感度が下がるだろうが。

 といっても好感度のことをそのまま説明するわけにはいかない。

 説明して立花に爆発が起きれば問題ないが、最も好感度の高い仁美や、次点の雛子に爆発が起きないとも限らない。なるべく危険な橋は渡らないようにしよう。


「おまえを探してあちこちうろついていたら、ここにたどりついたんだよ」

「わたしを探していたですって? やっぱり汗の匂いを嗅ぐために……」

「だから違うって」


 なんで俺が汗の匂いをクンカするのが大好きな人みたいになってんだよ。そりゃ女の子のいい香りならクンカしたいけど、わざわざ進んで汗をクンカしたいとは思わない。


「せっかく一緒にお祭りに行ったからな、立花ともっと仲良くなりたいんだよ」


 真実は伏せつつ、好感度があがりそうな台詞をかましてみる。

 どうだ?


「ふっ、そういうこと。わたしの美貌に魅せられて話したくなるのは男性としてはごく真っ当な欲求よ」


 好感度はあがらない。そして偉そうな立花がムカつく。

 とりあえず上履きを脱いで訓練場にあがり、立花のもとに近づこうとするが。


「止まりなさい。それ以上こっちに来たら串刺しにするわよ。わたしのそばに来て、汗の匂いを嗅ごうとしても、そうはいかないわ」

「うん。まずはその誤解からとこうか。じゃないと俺達は歩み寄ることさえできない」


 あの人って立花さんの汗の匂いをクンカしたいんだって、とか噂になったらどうしよう? 

 学校での居場所がなくなっちゃう。

 とりあえず相手の要求に従い、降参ポーズをとって停止する。

 ふん、と鼻を鳴らすと立花は警戒の色を薄めてくれた。


「普段からここで訓練をしているのか?」

「誰も使ってないときはね。そうでないときは、うちで異能力を使える使用人たちに協力してもらっているわ」


 自宅でも訓練を積んでいるのか。家にいるときはギャルゲーやエロゲ三昧の俺からすれば、耳の痛い話だ。


「そういえばクラスメイトが前に話していたけど、おまえの父親って……」

「調和機構の幹部よ」


 誇らしげに立花は父親のことを紹介する。

 あの話は本当だったんだな。ということは高給取りか。うらやましい。


「おまえも将来は調和機構に?」

「えぇ。そのためにわたしは幼い頃からお父さまに異能力について教授してもらっているわ。……それなりに、実戦経験だってあるわよ」


 こいつもガキの頃から鍛えられてきたのか。しかも戦闘経験まである。黒い怪獣との交戦で、堂々としていたわけだ。

 けど、なんだろう。

 いつもの無駄に偉そうな立花らしくない。どこか自信なさげだった。


「もしかして、あんまりいい思い出じゃないのか?」


 びくっと肩をすくませると、立花は渋柿をかじったような顔になる。薄紅色の唇をもごもごさせると、控えめな声で語りだした。


「初めての実戦のとき……わたしはなんの役にも立てなかったのよ。結局はお父さまの手で敵を倒してもらった。未熟なわたしは、自分の力量さえわきまえてなかったの。あんなにも自分の非力さを呪ったことはないわ。だからわたしは努力すると決めたのよ。わたしには天賦がないとわかったからね」


 言葉の一つ一つに悔しさが込められている。

 それが立花麗佳にとって、初めての挫折だったんだろう。


「今でこそ、多くの刀を一瞬で造れて自在に操れるけど、昔は半端な小太刀を一本造るのがやっとだった。あそこから毎日毎日、血のにじむような鍛錬を積んで、今のわたしになったのよ。何度も諦めそうになって、押し潰されそうになって、たくさん泣いた。それでもわたしは、走り続けた」


 最初から強者だったわけじゃない。

『ソードアルケミー』という異名がつくまでには、自分自身との苛酷な戦いがあったんだ。


「それから実戦を重ねて、助けた人達に感謝の眼差しを向けられたときはうれしかった。逆に助けられなかった人達の悲しい顔を見たときは、身が引き裂けそうなほど辛かったわ。その両方を目にして知ったのよ。力を持つ者には責任がともない、誇りを背負わないといけないってね。わたしたち異能者は、能力に使われるのではなく、能力を使いこなさないといけないのよ」


 さっきまでの弱気だった立花は、もうどこにもいない。

 ここにいるのは、あらゆる苦難を乗り越えてきた、一人の強い少女だ。


「今となっては、天賦を授からなかったことに感謝しているわ。おかでわたしは自分の進むべき道がわかったんですもの」


 仁美とも、雛子とも違う。

 立花麗佳は、己の異能力に矜持を持っている。

 自分で努力して、時間をかけて磨いた力だからこそ、その誇りはまぶしく輝いている。

 胸の奥に、深く突き刺さるものがあった。

 学校の生徒達がどうして立花に惹かれるのか、わかってしまう。

 みんなが立花に好意を寄せているのは見てくれがいいからでも、能力者として優れているからでもない。

 高潔なんだ。

 力を持つ者として、正しいあり方を立花なら示してくれる。その姿に、みんな心を動かされる。俺の心が、いま感銘を受けているように。


「わたしはこの身をもって証明してみせるわ。天才でなくても、修練を積めば天才を凌駕できるとね。この手で必ず、仁美さんを超えてみせる」

「前々から気になっていたけど、どうしてそこまで仁美をライバル視するんだ?」


 そりゃあ仁美は最強と呼ばれていて、学内では立花よりも優秀だと評されているけど、それにしも意識しすぎだ。


「仁美さんとは……三年前に会っているのよ。わたしがまだ、中学生だった頃にね」

「そうなのか?」


 えぇ、と立花はバツが悪そうに首肯する。


「あのときはお父さまと別行動をとってて、敵である異能者と一人で交戦していたわたしは苦戦を強いられていた。そこにたまたま仁美さんが通りがかって、状況を察するなり敵を瞬殺したのよ」


 それはまた、とんびに油揚げをさらわれたというか、美味しいとこだけを持っていかれたな。


「このわたしがぜんぜん歯が立たなかった敵を! チョイチョイと意図も容易く片付けてしまったのよ! あぁっ、もう! 思い出しただけでムカムカしてきたわ!」


 ダンッダンッと立花は地団駄を踏む。

 やめなよ。床がかわいそうだよ。


「そのあとお互いに自己紹介をして、氷室仁美はわたしにとって目標になったの。それからはよりいっそう、鍛錬にはげむようになったわ」


 仁美の背中に追いつきたくて、立花はがんばったんだな。いい話だ。


「四月に仁美さんがこの高校にやってくると知ったときは、心が躍ったわ。ようやく念願が叶うんですもの。彼女の入学を全力で歓迎した。登校初日に校門のところで待っていたわたしは仁美さんを見つけると自ら駆け寄って、あなたには負けないと宣戦布告してやったわ」


 バトル漫画なら、燃える展開だな。


「なのに……あの子、なんて言ったと思う?」

「さ、さぁ? なんて言ったんだ?」

「あなた誰ですか? って言ってきたのよ!」


 うわぁ……それはキツイな。


「意識していたのはわたしだけで! あの子はわたしのことをまったく覚えてなかったの! 一度見たら忘れられない完璧美少女であるこのわたしを記憶から消去してたのよ! あそこまでコケにされたのは初めてだわ!」


 若干涙目になって、また床をダンッダンッする立花。

 自分の美貌を自慢さえしなければ、同情してやったのに。


「仁美に悪気はなかったと思うぞ。あいつってほら、たまに天然な発言で人を傷つけちゃうところがあるだろ? それにいくら立花が美人でも、一度しか会ってないなら、さすがに覚えてないって」

「なんでよ! 覚えてなさいよ!」


 えぇ~。なにその理不尽? 俺に言われても困るぅ~。

 ふん、と鼻を鳴らすと立花はタオルで顔の汗をふくフリをして、目尻ににじんだ涙をぬぐった。


「あの子はわたしが唯一ライバルと認めた相手なんだから、もっと本気を見せてほしいのよ。わたしと違って天から選ばれた人間なのに、無限の可能性があるのに、それを誇ってもいない。戦うときは嫌々で、本来の実力を発揮することはない。いつもどこか、仁美さんは冷めているのよ」


 仁美の強さをよく知るからこそ、立花は怒っているし、落胆もしている。

 そんな立花の顔を見ていたら、不意に頭の中でパズルのピースがはまった。


「もしかしておまえって、仁美のことが大好きで、仲良くなりたいのか?」

「は? どうしてそうなるのよ?」

「だって、日頃から仁美に勝負を挑むおまえって、好きな相手にかまってほしくて突っかかってくる子供にしか見えないぞ」


 指摘してやると、立花はキツネにつままれたような顔になった。

 さっきまで流していたのとは別の、冷たそうな汗がタラ~ンとこめかみからこぼれてくる。


「な、なにを馬鹿な! こ、このわたしが仁美さんを大好きだなんて、まさかそんな……ありえないわ!」

「本当に?」

「本当よ! わたしが自分の心を偽っているとでも言うの!」

「ふぅ~ん。ま、おまえがそういうなら、そういうことでいいんじゃねぇの?」

「ぐっ……なによその目は? 信じてないわね。いいわ、だったら次に仁美さんと顔を合わせたとき、あなたのことなんて大嫌いと言ってあげるから」

「いや、それはマジでやめとけって。そんなことしたら本気で嫌われるぞ」


 うっ……と立花は身を小さくする。

 大好きなのは認めたくなくても、嫌われるのは耐えられないようだ。

 もっとも、仁美をどう想っているのか自覚を持ったところで、立花のことだからこれまでと接し方を変えることはできないだろうが。


「なぁ立花」

「なによっ!」


 あっ、うん。刺々しいね。まだ怒りがおさまってないね。

 どうどうと、立花を両手でなだめつつ尋ねる。


「立花は、どうして戦うんだ?」


 それは父親が調和機構の幹部だからとか、仁美に負けたくないからだとか、そういうことじゃない。

 立花自身が、どんな気持ちを込めて、異能力と向き合っているのかを知りたい。

 質問の意図をくみとってくれたらしく、立花は昂然とした笑みを浮かべる。


「それは、わたしがわたしだからよ。わたしという存在を世界に証明するために戦っているのよ。せっかく力があるんだもの、行けるところまで行かなくちゃもったいないじゃない」


 立花には絶え間ない向上心がある。

 天才ではないが、その精神は強固だ。

 それこそ天才にだって負けないほどに。


「って、なにを言わせるのよ! こんな心の内……クラスの友人にだって話したことないのに」


 眦を決して睨んでくる。

 美人って怒ると怖いよな。つうか、そんな怒るようなことを聞いたつもりはないんだが。


「だいたいあなた、どうしてあんなに仁美さんと親しげなのよ? 彼女は同級生にだって心を開いてないのでしょ? なのに、なぜあなたのような取るに足らない凡人が彼女のそばにいるのよ? どう考えても、あなたと仁美さんではつりあわないわ」

「物凄くディスられているが、仁美と仲良くなったのは一ヶ月くらい前にたまたま知り合ったからだ。特別な理由なんてないぞ」

「一ヶ月ですって……わたしなんか三年も前に会って、いまだに距離をちぢめられてないのに……」


 ぎちぎちと歯噛みしている。

 実は仁美と仲良くなりたいという本音がダダ漏れだった。そして俺への嫉妬心もダダ漏れだった。

 やばい。このままじゃ好感度が下がって、また『0』になってしまう。

 話題の路線を切り替えねば。


「そういえば、祭りのときに出てきたあの黒い怪獣はなんだったんだろうな? 誰が操っているのかはわかんないけど、いい迷惑だよ」

「あぁ、あれのこと」


 凄んでいた立花の表情が、もとの美しいものに戻った。

 よし、上手くいった。


「あの黒い怪獣の件なら、もう犯人の目星はついているわよ」

「へぇ~、……ってマジか!」

「マジよ」


 両手を腰に当てて、胸を張ってくる。仁美にはない、たわわな双丘のふくらみが突き出される。

 いかん。おっぱいをガン見してる場合じゃない。

 立花の話が本当なら、棚から牡丹餅だ。これで好感度表示の問題を解決できる。


「どうやって調べたんだ?」

「うちの使用人たちに調査させたのよ。それにお父さまのパイプを使って、調和機構からの情報も得ているわ。その二つを照合して判明したのだけど、あの黒い怪獣が出現する現場近くで、頻繁に目撃される人物がいたのよ。それはこの学校の生徒よ」

「その生徒ってのは……だれなんだ?」


 問いつめると、立花は自信満々に生徒の名前を口にした。


「……そういえば、あいつ祭りにも来てたな」

「確かなの?」

「あぁ。ちらっとだけど見かけた。間違いなくあいつだったよ」

「ふっ、どうやら決まりのようね。彼女が犯人よ」

「いや、決めつけるの早くないか? もうちょっとよく調べてから」

「わたしが犯人だと言うのだから間違いないわ。完璧美少女であるこのわたしがね!」


 完璧美少女であるかどうかは関係ない。

 さっきはこいつの言葉に感銘を受けたけど、ここまで不遜なところを見せつけられると、やっぱりあれは何かの間違いだったんじゃないかと思いたくなる。


「本当にあいつの仕業かどうかはわかんないけど、そこまで行き着いたのは大したもんだよ。確証を得たときは、俺にも教えてくれ」


 立花の調査力と情報収集力は、今後の展開に役立つ。さりげなく手を組んでおこう。

 すると立花はなぜか深々と溜息をつき、汗で湿った髪をゆらしてかぶりを振った。


「なるほど、そういうこと」

「そういうことって?」


 もしかして、立花の調査に乗っかろうとしているのがバレたか?


「ごめんなさい。あなたの気持ちには応えられないわ」

「……は?」

「わたしは自分よりも強い男性でなければ、お付き合いしないと決めているの」

「待て。なにがどうなってそんな話になった?」

「わたしを持ちあげて、特別な関係になろうという魂胆でしょ? 悪いけど、わたしにその気はないわ」


 当たらずとも遠からずだ。

 しかし好感度はあげたいけど、特別な関係になりたいわけじゃない。


「そんなつもりはねぇよ」

「そんなつもりじゃないなら、どういうつもりだというの? はっ! ま、まさか、やっぱりわたしの汗の匂いを嗅ぎたくて」

「もう汗の話はやめろ! 俺もちょっと忘れかけてたのに蒸し返すな!」


 そこまで言うなら本当にクンカクンカしてやろうか? 好感度が下がるから絶対にやらないけどな。


「ここに来たときにも言っただろ? 俺は立花と仲良くなりたいだけだ」

「それって……どういうことかしら?」

「わかんないのか? 友達になりたいってことだよ」

「友達……」


 立花は目をぱちくりさせると、右手で握ったタオルを胸に当てて、視線をそらす。


「そう。まぁ友達くらいなら……なってあげなくもないわよ」

「本当か?」

「え、えぇ……」

「そうか。うれしいよ、立花」


 これで一歩前進だ。好感度をあげやすくなった。


「……友達なんだから、呼ぶときは名前でいいわよ。わたしもあなたのこと、名前で呼ぶから。……ところであなたの名前って、なんだったかしら?」


 こいつ、二日前に教えたばかりだぞ。どんだけ俺に興味がないんだ。


「朝倉友則だ」

「そう。そういえばそんな名前だったわね。……友則」


 立花は左手で長い髪をいじりながら、そっけなく俺の名前を呼んだ。

 先輩とか、さんとか、そういう敬称なしで、女の子にただ名前を呼ばれるのって、かなりくるものがあるな。ドキッとしたぜ。


「あぁ、よろしくな。麗佳」


 頬を掻きながら、俺も名前を呼んでみる。

 立花はヤカンを乗せたら沸騰しそうなくらいに、カッと顔を紅潮させた。


「き、気安く名前を呼ばないでちょうだい!」

「えぇぇぇぇ! なにそれ? さっきおまえ名前で呼んでいいって言ったじゃん!」

「うぅ……」


 自分の発言を後悔しているのか、立花あらため麗佳は、窮屈な首輪をはめられた子犬のようにうなった。


「い、言っておくけど! 異性の友達なんて、あなたが初めてなんだから、これがどれほど光栄なことなのか、ちゃんと肝に銘じておきなさい!」


 ビシッと指差してくると、腕組みをしてフンとそっぽを向く。

 なんだよこいつ……むちゃくちゃかわいいじゃん。

 人を見下してくる高慢な女なのに、そんなツンデレっぽいこと言われたら、ときめいちゃうだろ。

 ピコピコピコピコピコン! 頭の中で聞き覚えのある激しい効果音が響いた。

 ま、まさか……。

 麗佳の好感度をチェックしてみると、やっぱりだ! 好感度があがっている! 

 しかも『1→6』と五つもあがっていた。

 雛子のときとおんなじだ。


「……どうしたのよ? いつも以上に凡人な顔して?」

「いつも以上に凡人な顔って、どんな顔だよ?」

「モブですらないわね」


 それは大変だ。画面にいられなくなる。

 なんでもねぇよ、と適当に答えておくと離れたところにいる麗佳を見た。


「今日は話せてよかったよ。麗佳のこと、いろいろ知れたし、それに見直した」

「っ、わたしのことを褒めるのは当前のことだけど、どんなに褒めたってあなたが友人以上になることはありえないわよ。そこは分をわきまえておきなさい」


 まだ名前を呼ばれることに慣れてないのか、麗佳の声は震えていた。

 俺も麗佳を麗佳と呼ぶことに、まだ違和感があるみたいだ。妙に体が熱くなってくる。


「そろそろ訓練場を出るから、と、友則は先に行きなさい。わたしはシャワー室で汗を流してから帰るわ。こっそり覗こうとしたら殺すわよ?」

「しねぇよ、そんなこと」


 麗佳の豊満な裸体は拝みたいが、覗いたりしたら好感度が下がるどころか本当に殺されかねない。一人で妄想をたくましくするだけにとどめておこう。


「それじゃあ、外に出るわよ」


 麗佳はピンと背筋を伸ばして歩くと、こっちに近づいてきた。


「おまえ、俺がそばに寄るの嫌だったんじゃないのか?」

「汗の匂いを嗅ぐ変態ではないのでしょ? だったらいいわよ。それに……友達だし」


 ごにょごにょと後半は、かなりの小声になっていた。

 汗にぬれた麗佳からは、ぜんぜん不愉快な臭いなんてしなかった。

 それどころか、心地良い香りがする。

 今よりも高みにのぼるために、麗佳が懸命に訓練をして流した汗だ。悪いもののはずがない。

 足並みをそろえて、訓練場の外に出ていく。

 すぐに別れることになるけど、こうして隣にいられることが喜ばしい。

 誇りを持って日進月歩する麗佳の姿は、俺の目にはとても美しく映っていた。



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